第三話 想い人を探すため
結局、渋りまくるフラマであったが、イリスに半ば引きずられる形で近くの町までやってきた。
王国の中の西部地方、そのなかでもど田舎とまではいかないが、どちらかと言えば田舎にあたるのがこの辺りで、コウヒーヌ領という。
穏やかな気候と土地柄からか、一部の貴族の避暑地として成り立つ町がいくつかある。その為か、田舎といえど、貧しい田舎というよりかは、裕福な田舎という印象が一般的だ。
二人がやってきたカリアスという名の町もその例にもれず、栄えた町並みではないが、閑静な住宅街の中に数件の豪邸が並んでいる。また歩道も綺麗に整備されており、人工的に手入れされた木々や花壇が町のいたるところにあることからも全体的に小綺麗さを感じることが出来た。
しかし、だからといって特別目を止めるような光景も、立ち寄る場所もない。
コウヒーヌ領ではよく見かける町の一つにすぎない。
「いったいここになんの用があるっていうんだよ」
とりあえず言われるがまま、イリスの後をついていくフラマはぼんやりと周囲を見渡した。
フラマ自身の当初の予定ならば、この町には立ち寄らず、ここよりもさらに東の町まで行くはずだったのだ。
しかし、そんなフラマの思惑など知るよしもないイリスは、何かを探すようにゆっくりとした足取りで周囲を見ている。
「えーとね、この町には有名な薬師がいるって噂できいてね」
「薬師?」
「うん。ハーミルさんって言ってね、昔は王宮の専属薬師だったみたいだよ」
「今は違うんだ?」
「ずいぶん年寄りみたいだからね、隠居してるって噂だね」
特例でもない限り、基本的にはどんな職業でもある程度年を取ると引退するものだ。一部では生涯現役、と言い張る者もいるみたいだが、王宮の仕事となると、そういうわけにはいかない。規律も厳しく、年齢による失敗は絶対に許されない、そういう場所なのだから。
「じゃあその隠居した薬師に会ってどうすんだよ。なんか薬でももらうのか?」
「違うよ。というかですね、関係なさそうな顔しているけど、フラマにも十分意味のあることなんだからね」
「……へ?」
イリスの言う意味がわからずフラマは惚けた声を出す。
「どういうことだよ?」
「実はね、クリムはハーミルさんに会っているらしいの。四年前、失踪ではないかといわれだしてすぐの時期にね」
「……本当か?」
「失踪する直前、王都でハーミルさんの居場所を聞き出していたらしいから可能性は高いと思うけど」
そこまで言うと、彼女はふいに眉を寄せて、振り返る。
「あなたは王都には行ってないの? 王国騎士の兄を探すのに?」
広い王都といえど、有名なクリムを本気で探していれば辿り着く情報のはずだ。
少なくても王都内で調べればわかることなのだ。実際、イリスは王都でクリムの同僚数名からの証言も得ているし、王都にある巨大な王立図書館ではクリムがこの町を調べた形跡もあった。
「兄貴が失踪してるって知らなければ行くつもりだったよ」
その物言いに彼女は意味がわからず首を傾げる。
すると、フラマは投げやり気味に説明を付け加えた。
「兄貴が失踪したとされているのが四年前だろ? でも、俺が実際にその話を知ったのが二年前で、旅を始めてまだ一年も経ってないんだ。失踪のこともたまたま近くまで遠征に来ていた同僚の一人が親切にも教えてくれたってわけ」
「なにそれ。連絡とか、やりとりしてなかったの?」
いくら離れて暮らしていたとはいえ、身内ならばそれなりの連絡を取り合うものなのではないだろうか。それとも何らかの理由があり疎遠となっていたのか。しかし、イリスが知るクリムは、弟を溺愛していたように思えた。
「もともと筆無精だからか、年に一、二通手紙が来るくらか、来ないかなんだよ。だからか、そんなに気にもしてなかったっていうのがほんとのとこ。でも俺が十五歳を迎える年にさ、騎士になるのに王都に行く予定だったから、久しぶりに手紙を送ったんだ」
王国騎士団の入団試験は十五歳の年から可能となる。フラマも兄と同じように王国騎士団に入団するつもりでいたし、それをクリムも承知しているはずだったのだ。
「けど、いつまで経っても兄貴から返事はない。仕方がないから、入団試験の本部の方に問い合わせたら試験の日取りの連絡と一緒に兄貴の消息に関する問いが返ってきた。その時はじめて失踪しているって知ったんだ。で、同じ頃合いに兄貴と比較的仲が良かった同僚がたまたま近くまで遠征に来ていて、もしかしたら実家にかえっているのでは、と思って訪ねてきたことで俺はやっと事態を把握したってとこだ」
同僚が訪ねてきたとき、フラマが余り事態を把握してない様子を見て、憐れみの眼差しで説明してくれたのを思い出す。
あのとき、ひどく間抜けな顔をしていたのではないかと、今になって思うものだ。
「そのあと、なんやかんやあってさ、ごたごたしているうちに一年が過ぎちまって、やっと旅に出たのが半年以上前の話」
ちなみに、このなんやかんやのごたごたがきっかけでフラマは兄の行方を探す旅に出ることになるのだが、その話を今する必要はないだろう。
しかし、そういった理由でクリムの消息が不明になってからずいぶんと年月が過ぎてしまい、今更王都に行く気にはなれなかった。王都には騎士になるために行く、と以前より決めていたこともあるのだが、フラマとしては兄がいない王都に騎士になりに行く意味をあまり感じられなかったということもある。なんとなく、兄を見つけ出してから王都には行きたい、と考えるほどだ。
それほどフラマにとって、兄とは目指すべき存在なのだが、それを口にすることはなかった。
「それに、俺自身旅に出てみたい気持ちもあったからな。正直、兄貴を探すついでに旅に出たのか、旅をするついでに兄貴を探すのか微妙なとこだな」
なんてことを言うが、実際はどうなのか。兄の失踪を気にし、心配しているのも確かだが、あのクリムのことだからきっと大丈夫なのだろうと気もしている。
しかしそんな心情を初対面のイリスに事細かく話してやる気はないので、そこで言葉を噤んだ。
一方で彼女の方は、ふうん、と気のない返事をするだけだ。
なのでフラマは逆に問うてみることにする。今、一番の疑問を。
「で、おまえはなんで、兄貴を探しているんだ?」
彼女がクリムを探す理由。フラマはもちろん心当たりはない。
そもそもイリスとクリムの関係とはなんなのか。
フラマにそんな疑念の眼差しを向けられていることに気が付いてイリスは、再び満面の笑みを浮かべ言い放った。
「想いを寄せている人を探すのは、乙女の義務よね!」
それはもう、フラマが思わず逃げ出したくなるような笑みだった。
◇◆◇
なんとか逃げ出さずに踏みとどまることに成功したフラマは、再びイリスの後に付き従った。
先ほどのイリスの発言を追及することはしなかった、というか出来なかった。
本当か嘘か、気になるのは事実だが、話を続ければ疲れる予感がしてならない。
彼女と出会ってからすでに、精神的にだいぶ疲れているので、これ以上自ら突っ込んでいくのは得策ではないだろう。
それに、どちらにしてもフラマにはあまり関係のないことだと思う。
そのうち精神的に回復し、イリスに慣れてきたらもう一度訊ねてみようと思い直し、この話は頭の隅に追いやることにした。
どんなにフラマが嫌がったとしても、彼女とはクリムを探す為にしばらく一緒に旅をすることになるのだろうだから。
先の心労を思いフラマは小さく息を吐き出したのだった。
「あ。……ここ、かな?」
数回、周囲を見回してイリスは呟く。
どうやら目的の場所を見つけたようだ。
元々閑静な住宅街ではあるが、さらに奥、というよりかは町外れと言える場所にこぢんまりとした一軒家があった。
「すみませーん」
イリスはなんの躊躇もなく、コンコンと、扉をノックし声をかける。
一度目ではなんの反応もなかったが、十三回目のノックでその扉はゆっくりと開かれた。
「……なんじゃ。しつこいやつだな」
しわがれた声が聞こえ、開かれた扉からは七十歳は超えているだろう老人が姿を見せた。
老人は皺の入った顔を数刻前のフラマ以上に渋面にしている。
「あ、すみません。聞こえていないのかと思って。ハーミルさんですよね?」
おくびれもなく言うイリスに、ハーミルと思われる老人の皺がさらに増えた気がした。
笑みを浮かべるイリスとそれを睨むように見てくる老人の様子を横目で見ていたフラマはため息をつく。
――まあ、あれだけしつこくノックされ続ければそうなるわな
そしてしつこいだけでなく、彼女はそうとういい性格をしているようだ。
なにしろ、こんなことを付け加えたのだから。
「ちょっとお話しをしたいので、中にいれてもらえます?」
初対面の人間をいきなり家にいれろと言う。
なんとも図々しい女だ。
そう思う人は少なくないだろうし、当の老人はもちろん、フラマも思ったのだった。
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