第三十六話 道は逸れて旅をする

 太陽が昇るころには雨はやみ、晴れ渡った青空が広がっていた。

 部屋の窓からそれを確認したイリスは満足げに頷く。

 身支度を簡単に整え、旅のメンバーと合流するために部屋をあとにした。


「おはよう、フラマ、ヴァン」


 一階に降りるとすでに二人の姿があり、明るく声をかける。二人も朝の挨拶を返したところで、イリスはもう一人の姿を探した。


「ねえ、アガサスさんは?」

「ここだよ。おはよう」


 突然背後から声が聞こえ、驚きながら振り返ると寝ぼけ眼のアガサスが立っていた。寝癖のついた髪にイリスは少し眉を寄せる。


「……おはようございます。寝癖、ついてますよ?」

「ああ、いいよ。気にしない」

「……そうですか」


 本当に気にも留めていない様子で、イリスは複雑な表情をする。しかしそれ以上言及することはなく、話を切り替えた。


「とりあえず、晴れたけど……どうする?」


 元の道は昨日の土砂崩れで塞がってしまっている。復旧するにままだ数日はかかるだろう。周辺地図を広げると、迂回に使える道が二つある。イリスとフラマは地図を指しながら考える。


「でも、聞いた話だとこっちの道は通れるか分からないって言ってたよ。最近は全く使われていないんだって」


 それは崖沿いにある道で、遠回りな上に、危険なため街道が整備されてからは使われることがなくなったのだとういう。下手をすると、昨日の雨で崖も崩れ落ちているかもしれない。


「じゃあこっちの道しかないか。遠回りだが、仕方ない」

「そうだね」


 もう一つの道は小さな山を越え、村をいくつか経由して、再び主要街道に戻るというものだ。この道も利用頻度は少ないが、崖側よりかはまだ利用する者もいるという。山を越えた先にある村に行くにはこちらの道を辿るしかないからだ。


「今から向かえば昼過ぎには山を下りられるだろうってさ」


 宿の主人から聞いた話によると、なだらかな山で数時間もあれば山越えは可能だと言っていた。麓には『ナノカ村』があるという。小さな村だが、みな親切だから事情を話せば一晩の宿ぐらいは提供してくれるだろうと教えてくれた。


「昼過ぎに着くんだったら、先に進んでもいいんじゃないか?」

「それが、ナノカ村から隣の村までは馬車で一日はかかる距離にあるんだって。……野宿になっちゃうよ?」

「……着いてから決めるか」


 先に進みたいのは山々だが、それを聞くと躊躇ってしまう。野宿が出来ないわけではないが、好んでしたいわけでもないのだ。


「どう? 決まった?」


 大方話が纏まったところで、外を眺めていたアガサスが呑気に近づいてきた。中途半端に口を挟まれるよりかはずっといい。

 本人もあまり気にしていないようだ。


「山を越えてナノカ村に行く」


 簡単に説明を終えると、それぞれに朝食を済ませて山を目指した。


◇◆◇


 聞いていた通り、山道はとてもなだらかであった。

 街道ほどではないが、それなりに道は整えられており、歩く分に困りはない。前日の雨で多少ぬかるみはあるが、険しい道ではないので慎重に歩みを進めていれば危険もなかった。

 太陽が真上を通過する頃には下りに入っており、一旦の目的地であるナノカ村までもうすぐと言うところだ。


「そういえば、このあたりにも昔の研究施設があったかな」


 のんびりとした口調で突然切り出したアガサスにイリスは首を傾げる。


「それは、今はもう使われてない、って意味ですよね?」

「そうだろうねー。僕も一回だけ見に行ったことあるけど、機能していなかったから」

「……何しに行ったんですか」

「戦時中の研究とはどういったものか興味があったんでね。まあ、目ぼしいものはなにも残っていなかったけど……当然だね」


 重要な研究の痕跡であれば国がすでに回収しているだろう。それが現代まで放置されていることなどないはずだ。

 アガサスがその研究施設を訪れたのは、テルマを追放されて暫く経ってからのことだ。だが、彼が足を踏み入れた時にはただの廃墟となにも変わりなかった。


「……ちなみに、その研究施設で何を研究していたか知りたくない?」

「いえ、別に……」


 妖しく笑うアガサスにイリスは少し距離を置く。無意識のうちにフラマの方へ寄って行っていき、フラマには首を傾げられた。


「別に大したことじゃないよ。戦時中ならよくあった研究だ」


 イリスの些細な行動に微笑し、アガサスはそう前置きする。

 そう、それは戦時中なら本当によくあった研究内容だった。戦争に勝つために、力が必要なのでどこの国、どの時代も変わらない。


「魔力をね、増幅させる研究だよ」


 現代ではあまり考えられないが、当時は魔法による戦争が活発だった。より強力な魔法を放ち、敵を一掃し、蹂躙する。強力な魔法を放つ為には、大きな魔力が必要だ。だが、人が持つ魔力には限界があり、魔力の全てを出し切ることは不可能とされている。


「それは……今では禁忌とされています」

「今ではね。でも昔は違ったってことだよ」


 人が持つ本来の魔力より強力な力を外部的に備え付ける研究をすることは、現代では禁忌とされている。それは必要以上の魔力が生命力に影響をもたらす可能性があると指摘されているという理由が一つにある。それ以外にも理由は提示されているのだが、とにかく現代では認められていない。

 しかし禁忌と定められたのが、戦争終結後だというのも事実であり、それ以前に研究がなされていたのも確かだ。


「まあ、だからあそこの研究所に多少興味を持って調べさせてもらったんだけど……見事に何もなかった。ただの廃墟だよ、あそこは」


 禁忌と定められた時点で国が全て撤去したのだろう。建物だけがその場に残され、放置された。そんな場所は、実のところ国中に多々ある。


「君も興味があるなら、行ってみるかい? 案内してあげるよ?」

「……結構です!」


 意味ありげな笑みを含ませて言われると、イリスはただ一言断りを告げ、前を見据えて歩き続けるのであった。

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