第三十三話 雨と雷と旅人

 予想外の襲撃にアガサスの仮研究所が崩壊してしまい、同時にマリーやジャック達の研究資料も消えてしまうという惨事から十日過ぎた頃。

 テルマの街からさらに南下したシュンユール領のとある街道の真ん中にフラマ達はいた。

 通常ならばこの街道は主要な街と街を結ぶ要の道として多くの人や馬車が行き来をしている。

 しかし現在は多くの人や馬車が道の真ん中で立ち往生していた。


「あーこれじゃあ進めないねー」


 気の抜けたような声でアガサスが言う。

 視線の先には広い道を塞ぐように大きな岩と土砂が山を作っていた。


「どうする?」


 アガサスが振り返れば渋い顔をしたフラマがいる。その両隣にはイリスとヴァンの姿もある。


「……どうするって、迂回するしかないだろ」

「まあ、そうだね。じゃあさっさと行こうか」

「いや、というかだな。なんであんたが仕切ってるんだよ!」


 さも、当然の如く共に行動するアガサスは、先の一件で宣言した通り、本当に勝手についてきていた。

 そしてこの十日の間に自然と馴染んでしまっている。

 アガサスの勝手には二日目で諦めたのだが、やはり納得いかない部分もある。思わず叫ぶフラマに、イリスとヴァンは苦笑するしかなかった。


「まあまあ、いいじゃないか。それより早くしないと雨が降りそうだよ」


 見上げれば確かに灰色の分厚い雲が広がっており、今にも泣き出しそうな空模様だ。


「流石に雨に打たれながらの野宿は嫌でしよ。近くに町があるみたいだから急いだ方がいいと思うなー」


 同じ様に立ち往生していた人々も徐々に来た道を戻り始めている。少し戻れば三ツ又に道は分かれ、それぞれが町に続いているのだ。

 先に進めない以上ここに滞留しても意味がないのでどちらにしても引き返さなければならない。

 アガサスの意見はもっともなので、一行は渋々ながらも、しかし少し足早に近くの町まで引き返すことにした。


◇◆◇


 ウルイの町に着いてすぐに雨が降り始めた。最初は小雨であったが、宿を見つけた頃には本降りとなり雨水の叩きつける音が激しく唸る。

 主要街道付近の町ということで、広さの割に宿が数件あり、フラマ達は探すのに苦労することはなかった。

 しかし数件ある宿も、同じ様に引き返してきた人々でどこも程なくして満室になっていた。宿の主人が言うには、ここまで人で賑わうのは久方ぶりとのことだ。


「この雨にもよるけど、街道が使えるようになるには早くても数日かかるだろうって言ってたよ」


 プレートに乗った野菜をフォークでつきながらイリスは言った。

 宿には一般向けの食堂も併設されており、早めの夕食をとるためにその一角に席をとった。

 夕食はシュンユール領の特産品を使ったものばかりで、全体的にあっさりとした味付けである。

 イリスと同じ料理を食べてたフラマは、窓から見える雨の様子に眉を寄せた。


「いつ止むか、わからないな」

「連日雨が降っているからね。例えこの雨が止んでも、もう暫くは無理じゃないかな。あの様子じゃ復旧には相当時間がかかると思うし、いっそのことここで過ごすかい?」


 一人お酒を飲むアガサスは呑気に笑う。彼が今口にしているのはここで一番値の張るお酒である。夕食に一番良いもので晩酌するのが習慣で、そんなことをしていればすぐに路銀が尽きそうなものだがその心配は無用のようだ。

 さらにここ最近の食事代は全てアガサスが支払っていた。本人曰く"ついで"らしく、お金は余っているから気にしなくてもいいらしい。

 正規の研究者として働いている時に散々溜め込んだものがあるのも理由の一つだが、追放されてからも様々な理由で資金繰りに困ることはなかった。

 その怪しい出所を聞くのも躊躇われ、それ以上の詳細は知らないし、関与する気もない。


「……急ぐわけじゃないが、迂回できるならするべきだろ」

「まあ、僕はどっちでもいいけどね。でもこんなことならマリー達とゆっくり話してくればよかったかな」


 どの口がそんなことを言うのかとフラマはあからさまに顔を歪める。

 仮研究所の崩壊と共に消滅してしまった研究資料は、最終的にアガサスが復元してジャックやマリーに返すことができた。彼が元の内容をほとんど暗記していたことと、どういう仕組みか知れないが、魔法で記録を残していたという。

 そしてあろうことか、アガサスは簡単に変装だけすると直接返しに行ってしまった。これには研究者二人も大いに驚いていたのだが、アガサスは気にする様子もなくマリーに二、三話しかけて立ち去ったのだった。

 その様子を傍から見ていたフラマ達はハラハラしていた。時折ジャックやマリーに説明を求められているような視線を受けたのだが、どう答えてよいかわからず、挨拶もそこそこに街を離れてしまったのだ。

 そんなこんなで今現在に至るのだが、どうにも振り回されている気がしてならない。


「……なんか、雷が鳴りそうですね」

「えっ、うそっ?!」


 黙々と食事をしていたヴァンが窓の外を見て何気なく呟く。すぐに反応したのがイリスで、ほぼ同時に空が光った為、思わず外を凝視してしまう。

 空が光り、少し間をおいて低く唸るような音が響く。


「遠いな」

「そうだね……でもヴァン、よくわかったね」


 光と音の感覚から近くに雷が落ちたわけではなさそうだ。それでもすぐに予期したヴァンにイリスは感心した。


「おれの住んでいた村もよく天気が変わったんで、雨とか雷とかなんとなくわかるんです」

「へー……」


 そういえばそんなことを村長が言っていたな、と朧気に思い出す。そういうところに住んでいれば天気に敏感になるのだろう。

 少し経って再び空が光ったかと思えば、今度は先程よりも短い間隔で雷鳴が響く。


「近づいてきてるね……」


 雷鳴と稲妻が度々起こるとなぜかイリスは不安げに窓の外を見た。

 それにヴァンは首を傾げる。


「イリス先生、どうかしましたか?」

「……え?」


 一瞬間を空けて反応したイリスは目を瞬かせた。


「ああ、君は雷が怖いわけだ。意外だね」

「そ、そんなことないよ!」


 可笑しそうに言うアガサスにイリスは慌てて否定した。そのあとも何度か否定の言葉を述べていたが、すでに興味をなくしたのか誰も気には止めていなかった。


「まあ、今日はどっちにしても宿で大人しくしているに限るね。そういうわけで、僕は部屋に戻るよー」


 いつの間にやら夕食を終えていたアガサスは、そう言うや否や、あっさりと部屋に戻ってしまった。

 ちなみにアガサスとイリスは一人部屋でフラマとヴァンが同室となっている。

 イリス以上に自由奔放なアガサスを見ていると、つきたくもないため息が出そうになるので、フラマは本日の夕食に集中することにした。

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