第三十話 研究者の望み

「まず確認したいんだが、あんたは兄貴……クリムのことを知っているんだな?」

「んー知っていると言えばそうかな。僕は友だと思っているんだけど、クリムには拒否られてるからなーあはは」


 なんとも明るく語るアガサスにフラマは眉を潜めた。兄の交遊関係に詳しくはないのでなんとも言えないが、社交的な兄が拒否を示すということが想像できないのだ。


「そういう君はクリムの弟なんだね。知らなかったよ、弟がいるなんて。まあそんな話したことないから当然だけどね」

「はあ」


 曖昧に頷きながらフラマは改めてアガサスという男を見る。薄い眼鏡をかけていることで知的で落ち着いた雰囲気を思わせるが、年の頃は兄のクリムとそれほど変わらないように思えた。


「弟君はクリムを探しているんだ? あ、わかっているとは思うけどここにはいないからね。僕も最後に会ったのは四年前だよ」


 四年前、と何度も出てくる言葉にフラマはため息をつきたくなるのを堪えた。一体、四年前に何があったのか全く計り知れない。言葉にせずともその表情からフラマの思いを読み取ったアガサスは小さく笑った。


「残念ながら僕も彼に何があったかは知らないよ。あの時は特に自分のことで精一杯だったからね。ただ興味深いことを話していたからよく覚えているよ」

「興味深いこと?」

「ああ、禁忌とは何か、かな」

「……はあ?」


 クリムは騎士であって研究者ではないので禁忌に触れるという機会は滅多にないはずなのだが、なぜかそういうわけにもいかないらしい。やはり『奇跡を呼ぶ花』の書物と何らかの関係があるのだろうか。


「何をもって禁忌となるのか、って口にしていたよ。それは僕も考えていたことだからね。『奇跡を呼ぶ花』のことも話していたね。僕の愛書。君たちは……知っているのかな?」


 その問いかけに三人は各々に頷いた。ハーミルに聞いてきた話が、ここでまた繋がる。


「それなら話は早いね。奇跡の花があったとして、何が出来るのか、起こるのか、気にしていたよ」

「じゃあ……兄貴は奇跡の花を見つけて何かをしたいんだな」


 何をしたいかまではわからないが、そういうことなのだろう。クリムは昔から自分が決めたことは何が何でもやり遂げる節があった。

 それが例え傍から見れば無茶難題であったとしても、成し遂げてしまうのがクリムという男なのだ。


「僕があと知っていることと言えば、クリムは南の研究所に向かったっていうことぐらいかな。南には孤島が幾つかあってね、古代魔法に関する遺物なんかも見つかったりしているだよ。それに纏わる研究所もあるしね。噂じゃ奇跡の花に関する研究もしているって聞いたことがある」

「やっぱり南に行くしかないか……ほんと、なに考えてるんだか」


 渋面で唸るフラマにイリスは物言いたげな視線を暫く向けていたが、結局何も言わなかった。もちろんフラマはその視線に気がついていたが、何も言ってこないならばと放置することに決める。


「クリムは何がしたいんだろうね。気にはなったんだけど、僕の望みと違うだろうから深くは突っ込まなかったんだよ」

「アガサスさんの望みって……?」


 ふと、気にかかりイリスは訊ねる。

 それに対しアガサスは力を抜き、少し俯いた。僅かに見えるその表情からは哀愁が伺える。


「……僕はね、会いたい人がいるんだ。僕の望みはもう一度彼女に会うことだよ」

「会うのが難しい人なんですか?」


 アガサスの言葉の意味をなんとなく悟ることはできたが、イリスは敢えて更に問うことにした。


「世間一般では死んでしまった人に会うということは難しいんじゃないのかな」

「……そうですね」


 予想通りの答えにイリスは硬く頷いた。

 出来るはずがないことを、理から外れていることをしようとすればそれは確かに禁忌と見なされてしまうだろう。


「アガサスさんは、その人を生き返らせたいんですね」


 だから彼は異端者の烙印を押され追放されてしまったのだろう。

 アガサス以外の誰もがそう考えてしまっていたのだが、当の本人だけが首を傾げていた。


「何か勘違いしてないかい? 僕は彼女にもう一度会いたいとは望むけど、彼女を生き返らしたいとは思っていないよ」

「……え?」


 言っている意味がよくわからずイリスは思わず聞き返す。隣に座るフラマの表情が怪訝なものになるのも仕方がないだろう。


「そもそも死者を無理矢理蘇らせるなんて冒涜もいいところだ。安らかに眠っている者をこちらの都合で起こしてはいけないよ」

「えっと、それはそうだと思うけど……でも死んでしまった人に会いたいんですよね?」


 矛盾してないかと思うがどうやら違うらしい。


「会いたいと望むことと生き返らしたいということはイコールではないよ」


 なんとなくわかるような気がしなくもないが、それでもしっくり来ずフラマとイリスは揃って首を傾げた。

 しかしヴァンだけは寂しそうに顔を曇らせる。


「なんか……わかる、気が、します……」


 途切れ途切れに呟く声はとても小さい。それでもしっかりと周りには聞こえていた。


「ヴァン……?」

「会いたいけど……生き返らせたいわけじゃないんだ。そんなことしたら、きっと怒られるよ」


 誰にとは言わなかった。フラマとイリスにはそれが誰を指すのかすぐにわかったから。

 寂しそうに、それでも真っ直ぐ顔を上げてアガサスを見る。見られた側はそれに笑顔を返す。


「まだ幼い君はきちんと現実を見れているね。そうやって前を見据えていればきっと道は拓けるよ。僕は君みたいな子供は好きだな」


 笑顔で突然の告白を受け、ヴァンは驚きで数回瞬きをし、困り顔をフラマに向けた。弟子の視線を受けたフラマもどう答えたものかわからず眉を寄せる。

 そんな師弟の表情を見てアガサスは吹き出しながら席を立ち、近づいてきたと思えば何故かヴァンの頭を撫でていた。


「ははは! 僕が話せることはこれぐらいかな。君たちは実に興味深いよ。クリムの弟に将来が楽しみな少年。でも……」


 そこで言葉を切るとアガサスはゆったりとした足取りでイリスに近づき、その顔を覗きこむ。


「僕が一番興味を惹かれたのは君だね」


 怪しく光る灰色の瞳をイリスは黙って見返した。彼女の顔にはよく見る笑みどころか何の表情もない。


「君にかけられている魔法はなんだい?」


 確信をもって問いかけるアガサスに、しかしイリスは何も答えない。双方の視線が沈黙の中ぶつかる。

 長い静寂かと思われたが、実際はほんの一瞬であり、いつの間にかイリスはそこに完璧な笑みを張り付けていた。

 それはフラマが彼女と出会ってから何度か目にしたことのある、あまり快く思えない笑みだ。


「アガサスさん、なんの話か分からないですよ。そして近いです。離れて下さい」


 言われるがままアガサスは一歩下がりその目を細める。

 笑顔のイリスを眺め、何か口にしようとしたところで、盛大な爆発音が鳴り響いた。


「……一体何事だろうね」


 つい先ほどまで口にしようと思っていた言葉を飲み込み、遮ってくれた爆音に対してアガサスは一人呟く。その眼差しが剣呑なものへと変わった。

 静寂の中に突如響いた爆発音それまでの雰囲気を一掃させる。

 驚きで一同は立ち上がると周囲を見渡し、音の出所を探った。

 今いる部屋でないことは確かなので、部屋の外に続く通路に目をやる。

 するといつの間にか入り口に人影があった。


「お話し中のところ邪魔するわね」


 そして人影は可愛らしい声を発したのだった。

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