第二十七話 怪盗現る

 フラマやイリスが外に出るとすでに研究者達の姿はなかった。

 追放者に侵入されたという第三研究所がどこにあるかわからず周囲を見回す。すると空が点滅する赤い光りで染まった。それはフラマ達が泊まる宿とは反対の方角だ。


「あれは……」

「警報信号だね。ってことはあっちかな?」


 警報信号は魔道具の一種で国から認可された者のみ所持している。それは騎士や警備隊といった治安維持をする者が主だ。

 魔道具は魔力の大小に関わらず誰でも同じように魔法を扱うことの出来る代物である。

 事の始まりは戦時中魔法で合図を出していたことにより、戦争が終わった頃から魔道具の研究が本格化した。現王が即位してすぐにある研究施設が実用化に成功し、現在は一部の人間が使用している。しかし一般人が魔道具を所持することはない。


「聞いたことはあるが、初めて見たな」

「わたしも……そうだね」


 赤い光りの方へ走りながらフラマは感心したように呟く。

 一般知識として教わることはあれど大きな街でない限り滅多にお目にかかることはないのだ。

 また警備隊が所持しているのは主に赤い光りを放つが、用途別に違う色の光りを放つものがある。


「これはまた……」


 慌ただしい様子にフラマは顔をしかめた。

 程なくして目的の場所に辿り着くとそこは警備隊と研究施設の関係者と思われる人達が右往左往している。

 それだけでなく建物の一部から黒い煙も上がっており、駆け回る人もいれば、茫然とする人もいた。

 建物に近づくと立ち尽くしているマリーの姿があった。

 フラマが声をかけると驚いたように振り返る。その顔色は心なしかよろしくない。


「……大丈夫ですか?」

「あら……さっきの……ええ、大丈夫よん。ちょっと、驚いただけだから」


 首を左右に振り、マリーは疲れたように笑った。


「マリー! やられた!」


 声のする方を見れば無精髭のジャックが怒り任せに駆け寄ってきた。


「ちくしょう! 例の研究資料を盗られた!」

「そうなの……」


 表情を暗くする二人の研究者にイリスは首を傾げる。


「そもそも二人はなんの研究をしているんですか?」

「……そうねえ、古代魔法って知ってるかしらん?」


 それは以前イリスがフラマ達に語った言葉だ。まさかここでその言葉が出てくると思わず少しばかり驚く。


「おい、マリー!」

「いいじゃない。減るものじゃないわ」

「そういう問題じゃなくてだな……! ああ、もう勝手にしろ!」


 目を吊り上げるジャックを無視し彼女は勝手に話し出した。


「ここは『古代魔法専攻第三研究所』といって、古代魔法の解読を主にしているのよん」


 その中で二人は日々古代魔法の解明に明け暮れているらしい。

 現代魔法しか知らない人が古代魔法を扱うにはどうしたらいいのか、ということが根本の主題となる。


「古代魔法の一種で治癒魔法っていうのがあるんだけど、最近もしかしたら蘇生術があったかもしれないって、研究をしていたのよん」

「えっ、それって……」

「禁忌じゃないかって思うでしょん?」


 イリスの考えを先回りしてマリーは苦笑しながら言う。

 死者蘇生の研究は絶対の禁忌とされているはずなのだが、正規の研究施設が取り扱っているとはどういうことなのか。


「第三研究所はあくまでも蘇生することを目的としてたわけじゃなくて、古代魔法の解明の先に蘇生術があったことを証明しようとしているのよん」


 古代魔法の解明は国から認可されている。解明された先が蘇生術であったならそれは禁忌にならないと言うことだろう。もちろん解明されたあとに使用することを目的として含めると禁忌とされてしまうのだろうが、そのへんの線引きが難しいところだ。


「おれ達はまだ研究の途中だったんだが、その資料が全部盗られたってわけだ」


 あらかた話してしまったことで諦めたのかジャックが重い口を開いた。盗まれてしまったことに苛立っているのがわかる。


「盗んだ犯人の目星って……」

「さあな。一部の間じゃアガサスじゃないかって噂してる奴もいるがどうだか」


 アガサスとは先程の店で少し話題になった人物だが、どんな根拠があって犯人として挙げられているのか今一解せない。


「……でもあれはアガサスだと思うのよん」


 その口振りに一同は疑念の眼差しを向ける。


「なんでそう思うんだよ」

「遠目だったけど、見ちゃったのよね……」

「見間違いってことは」

「さあどうかしらん? ただ、そうね。女の勘ってやつかしらん?」


 おどけてみせるマリーだがその顔は確信している。


「ま、お前が言うならそうなんだろう。あいつとは同期だったか?」

「ええ。年下だったけどね」


 アガサスはとても優秀な研究者だった。だからマリーと同期であっても彼女よりもずっも若くして入所してきたのだ。彼が初めてこの研究所にやってきたときは若干十六の歳だった。


「マリーさんは、その人と仲が良かったんですね」

「良かったといえるかは微妙だけど……いろいろあったのよん。それは秘密だけどね!」


 悪戯っぽく笑う彼女に釣られてイリスも笑う。決してそれ以上深く訊ねることはなかった。


「……さて、一体どうするかだな」


 腕を組んで唸るジャックにマリーも思案する。彼らの頭の中には盗まれた資料も知識として残っているが、だからといってこのまま放置しておきたくはない。盗んでいったのが一般人ならまだしも、アガサスとなると非常によろしくないのだ。

 天才と呼ばれる彼の手に渡れば、もしかしたら禁術の手がかりとなり得るかもしれないのだ。

 話し込んでいる間にも街の至るところで警報信号が点滅している。犯人を追っている警備隊が見つけては合図を出しているのだろう。


「……随分あちこちに出没しているようだな」

「まるで怪盗みたいだね」


 イリスの例えは的を得ているのかそうでないのか微妙なところだ。

 そもそも今どき怪盗など存在するのか。それこそ物語の中でしかフラマは聞いたことがない。

 空を見上げると点滅する赤い光りが街中を照らしている。いくら逃げ回っているからと言ってこんなにあちらこちらで信号が出されるものなのかと、フラマは怪訝そうにした。


「怪盗といえば……探偵とくるのが定石かしらん?」

「『怪盗vs探偵』シリーズだとそうですね!」

「あらん、随分と古い本を知ってるのね」


 手を合わせて意気揚々と答えるイリスに少々瞠目する。

 フラマは知らないのだが、一昔前に流行った全二十巻のシリーズ本である。マリーもジャックも愛読していたようで嬉しい反応を示した。


「でもそうねえ……アガサスが怪盗なら誰かが探偵にならなくちゃいけないわねえ?」


 意味深に微笑むマリーにフラマはその場を一歩後ずさる。


「ねえ、もしかしたらアガサスなら貴方達が欲している情報を持っているかもしれないわよん?」

「持ってないかもしれないですよ」


 嫌な流れになりそうなのでフラマはつかさず反論する。このままだと追いかけろとか言われかねない雰囲気なのだ。


「じゃあ言い換えましょう。アガサスを追いかけてくれたら貴方達が欲している情報が手に入るわよん」

「それはどういう……」

「ついでに研究資料も取り返してくれると凄く嬉しいわ」


 明らかに何か思惑があるだろマリーの言い様に言葉を詰まらせる。なんの根拠もないのに短絡的に動くわけにはいかない。


「おい、マリー。おふざけも程々にしておけよ」

「ふざけてなんてないわよん?」

「ああん?」


 苛立ちからマリーを睨むジャックだが、彼女がそれを気にする様子は一切ない。それにまたジャックは気分を害するのだが、それなりの付き合いでもあるので、彼女の考えていることがなんとなくわかってしまった。


「どうするかは自由だけど、この機会を活かすことをお勧めするわん」 


 決して強制するわけではないという意味だろうが、明らかに面倒事である。

 フラマは悩む間もなく断りを入れようとしたのだか、それを遮るように隣の人物に先手を越された。


「マリーさん! それ、いいですね!」

「おい」

「いいじゃない。折角なんだし」


 どの辺が折角なのか理解に苦しむフラマは眉間に皺を寄せる。


「なによ。またフラマの嫌々病が始まったの?」

「なんだそれ。俺からすると厄介な事になるとわかっていてなんで自ら首を突っ込もうとするのかわからないな」


 変な病名の名付けにもイリスの考え方にも呆れてしまう。避けれるものなら避けた方がいいに決まっているのに彼女はそれをしないのだ。


「わたしはね、あとで後悔したくないだけだよ。出来ることは出来るときにしたいの。やって後悔することもあるかもしれないけど……でもやっぱりわたしは何もせずにただ過ごすのは嫌だなって思うよ」


 イリスの言うことが全く分からないというわけではない。むしろ理解できるぐらいだ。それでも嫌なものは嫌だと思うし、他の選択肢があるなら楽な方を選ぶのが一般的ではないのだろうか。


「まあこれはわたしも教えてもらったんだけどね」

「誰に?」

「うーん? 今は秘密だよ。でもいつかフラマに話してあげるよ」


 懐かしむように目を細めて笑うイリスはそれ以上そのことについて話す気はないようだ。ただ、どうあってもアガサスを追う気は変わらない。


「話が纏まったところで二人には期待してるわねん。なんていったって貴方はあのクリムの弟君なんだからね!」


 突拍子もなく兄の名前が出てきて二人は驚く。マリーやジャックに兄を探しているとは話してもそれがクリムだとは一言も話してないのだ。

 二人の驚き様に憶測が確信へと変わったマリーは悪戯っぽく笑う。似ているというだけで、確証があったわけではなかったのだが読みがあたった。


「あらん、驚いた? アガサスを見かけてね、ふと思い出したのよん。そういえば貴方に似た人が以前アガサスと話しているところを見たなーってね」


 バラバラだったはずの話が一つに繋がってしまった瞬間だ。

 驚きで言葉を詰まらせた二人はマリーを凝視する。ジャックも初耳だったみたいで同じように凝視していた。


「あとでアガサスに聞いたら王国騎士のクリムって人だって教えてくれたわん」


 それは彼が変わってしまったと感じ始めた直後のことだった。何かにとり憑かれたかのように妄信的になったのだ。


「何を話してたかまでは知らないけど……あれは四年前のことよ。有意義な情報じゃないかしらん?」


 それが本当の話だとすると、兄を探している身としては放っておける内容ではなかった。

 数秒押し黙ったフラマは深いため息をついたあと肩を落とす。


「じゃあ情報の対価として研究資料、よろしくねん!」


 それを了承と受け取ったマリーは艶やかに微笑む。まるですべて謀れている気がしてならない。

 笑顔の女二人に圧されるフラマに事の成り行きを見守っていたジャックだけが憐れみの視線を投げかけていた。

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