第二十五話 研究都市
テルマの街は一言で表すなら『大きい』だろう。街の広さもそうだが、建物が大きい。様々な研究施設が街の至るところにあり、そのどれもが広大な敷地を有しているのだ。
もちろん人口も多いはずなのだが、大半が研究者ということもあり、そのほとんどが施設に籠りっきりである。従って街の中で見られる人の姿は少なかった。
「思っていたより遠かったね……」
身体を伸ばしながら言うイリスに他の二人も同意を示す。
キビの町からは直接馬車が出ていなかった。隣町から馬車が出ていると聞き、徒歩二時間程で移動する。そこからテルマまで馬車に揺られること五時間程してようやく街の入り口に到着した。朝から宿を出発したのだが、現在は昼食時を疾うに過ぎている。
「お腹空いた……」
ぽつりと呟くヴァンの言葉にフラマとイリスも空腹を思い出す。誰のかわからない腹の鳴き声に一同は苦笑した。
「とりあえず何か食べようよ」
「そうだな……えっとこの辺か?」
大きな街に加え、外部の出入りが激しい街なので入り口に簡単な案内板があった。研究施設は細かく表記されているが、それ以外は簡単に地区で表しているだけだ。一重に外部から来る研究者用に作られたものだとすぐにわかる。
フラマは旅人にはあまり親切でない案内版に眉を顰めながら、『商業地区』と書かれた場所を指した。
「これ、なんですか?」
案内板の横にまた別の掲示板があった。背の低いヴァンは背伸びをして見上げている。
「お尋ね者……じゃなくて追放者リスト?」
フラマはそこに掲示している内容に目を通して更に眉を顰めた。
大きな街だとお尋ね者を掲示している場合がある。これは王国内で罪を犯した人物を掲示しているのだが、どうやらこの街の掲示版は違うようだった。
「それは研究施設を追放とされた者達の名前だよ」
突然背後から声がかかり、三人はそちらに目をやる。そこには薄い眼鏡をかけ、警備隊と思われる帽子と制服を着た男性がいた。
「この街は初めてかな? 旅人なんて珍しいね。あ、僕はこの街の警備隊だよ」
三人の怪訝な表情を見て取り、男性は慌てて己の所在を付け足した。
大きな街にはそれぞれの警備隊が存在し、街を巡回してはその治安を守っている。大概の事件はこの警備隊が解決をするのだが、手に余る場合のみ王都から騎士が派遣されることもある。研究都市と言われるテルマにも、もちろん警備隊が存在しているだろう。
「一度研究施設から追放された研究者は二度と正規の研究施設には踏み込めないんだよ。たとえ違う分野、違う街だろうとね。だから研究施設には追放者リストが手配されるんだ。で、テルマはいたるところに研究施設があるだろう? 言い換えれば街自体が研究施設みたいなものだ。だから入り口にこうやって追放者リストを掲示しているってわけさ」
にこやかに説明する警備隊にイリスとヴァンは感嘆の声を漏らした。
そしてイリスは追放者リストを上から下まで目を通した。そこに載る名前は数えきれない。とてもじゃないが、名前だけ掲載しても第三者がその人物を特定できるとは思えなかった。
「結構いるんですね、追放者って……」
「そうだね。理由は様々だけど、少しでも国の方針から逸れてしまうと異端者扱いになってしまうんだから仕方ないさ……ところでお嬢さん、君は……」
その笑みを一層深くする男性にイリスは小首を傾げる。しかし男性はすぐに視線を逸らし警備隊の帽子を深く被りなおした。
「いや、なんでもないよ。商業地区にはここから真っすぐ進み、大通りを右折すればそのうち辿り着くさ。それじゃあ、また」
そう言って軽く会釈をすると警備隊は立ち去ってしまった。
「……胡散臭いやつ……」
話を聞きながらも男性の姿が見えなくなるまでずっと目で追っていたフラマは嫌そうにそう言う。
「どうしたの?」
「いや、あんまり関わりたくないと思っただけだ」
警備隊の服装ではあったが、あの笑みが怪しいとフラマはどことなく感じていた。作り笑顔を張り付けてはいたが、何か思惑がある目だと直感が告げている。どういったものかまでは知る由もないが、関わり合いにならないほうが無難だろう。
「とりあえず行くか」
相変わらず不思議そうな目でフラマを見る二人に苦笑し、先を促した。商業地区の場所はあの男性が説明してくれた通りで相違なさそうだ。
もう会うこともないだろうと、頭を切り替える。
しかしどうしても拭いきれない嫌な予感が残っていた。
◇◆◇
昼食時を過ぎていたためか、商業地区内にある飲食店はどこも空いていた。三人は敷居が低そうな店に適当に入り遅い昼食をとる。
食べ終え満足したところで、フラマは疑問に思っていたことをイリスに訊ねた。
「そもそもなんでこの街に来たかったんだ?」
フラマからすればなんの魅力も感じない街だが、イリスからするとそうではないのだろうか。問われた彼女は逆に驚いてみせた。
「そりゃあ、有名な街だし。どんな風に研究がされているか気になるじゃない?」
「いや、俺は別に……そもそも一般人が見学なんて出来ないんじゃないか?」
「あら、世の中何があるかわからないわよ。もしかしたら何かきっかけがあるかもしれないじゃない!」
イリスの言い分は確かにゼロではない。しかし全く興味のないフラマからすれば、それこそどうでもいいというものだ。
そんなフラマの考えが見て取れたのだろう、彼女は不満そうに頬を膨らましていた。
「あ、あのですね、これからどうしますか?!」
険悪な雰囲気になってしまう前に話題を変えようとヴァンが声を上げる。
気を使わせてしまったことに、二人はばつの悪そうな顔をしてお互いを見合わせた。
「そうだね……まあわたしの興味本位もあったけど、ちゃんと別の目的もあるから」
「別の?」
「研究者が大勢いるってことは、もしかしたら『奇跡を呼ぶ花』についても何か知っている人がいるかもしれないでしょ? 花自体は知らなくても、南にある孤島の研究施設については聞きかじっている人がいるかもしれないじゃない。噂程度の情報であっても、ないよりはましかなって思ったわけですよ」
どうやらきちんと本来の旅の目的を理解していたようだ。そこまで言うとイリスは最後にコホン、と咳払いをし、次いで付け足すように言う。
「まあ禁忌とされるかもしれない内容を、仮に知っていてもここの人達が話してくれるかはわからないけどね」
『奇跡を呼ぶ花』自体が禁忌なわけではないので微妙なところだろうとイリスは踏んでいる。しかし正規の研究施設で勤める研究者からすれば異端者扱いされるかもしれない内容に自ら触れようとするとは考えにくい。
フラマは感心すると同時に当然かとも思う。彼女は出会った時からフラマよりもずっとクリムを探すために、様々な情報を手に入れようとしていたのだから。
今回もその延長線上なのだろう。
「じゃあなにか関係ありそうな施設でも探して、試しに話でも聞いてみるか」
成果がでるかどうかは別として、フラマとしては彼女の考えにも一理あると思い直し、賛成の意を込めて頷いた。
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