第二十四話 師匠と先生

 村を旅立ってから数日、フラマ達はナダの町から大河を渡りキビの町へとやってきた。

 キビの町はコチュク領にある。ここはコウヒーヌ領と比べると一つ一つの町が大きく、それに比例して人口も多い。

 またコチュク領には研究者が多く存在し、キビの町からさらに南下したところには大きな街があるのだが、そこは王都に次ぎ研究所が多数存在している。


「ねえ、どうせならテルマを経由して行かない?」


 目の前で繰り広げられるフラマとヴァンの組み手を見ながらイリスは地図を片手に呼び掛けた。

 三人は宿の裏手にある空き地で時間を潰している。

 今日中に町を出発してしまうと野宿になりかねないので手頃な宿をとることにしたのだ。

 宿を取ったはいいが、まだ夕暮れになる手前の時間帯で、特になにも予定がなく手持ちぶさたとなってしまった。そこでフラマとヴァンを誘い、組み手をすることにしたのだ。師匠とされることに抵抗が拭えたわけではないが、何も教えないわけにもいかない。

 またシランのことがあってからすぐに旅立ったものの、やはりヴァンの元気はどことなくなかった。空元気なのが手に取るようにわかる。

空いた時間は思考に浸りやすい。体を動かすことは気分転換になるので、フラマなりの気遣いだろう。それに気がついたイリスは誰にも気づかれないように小さく笑みをこぼしたのだ。

 組み手を見学しつつ、この先の道のりを地図を見ながら考えていたイリスは遠くない位置に『研究都市テルマ』があることに気がついた。


「……テルマ? 聞いたことあるような……」


 ずっと黙っていたはずのイリスに呼び掛けられたので、二人は一旦組み手をやめる。そして彼女から差し出された地図を覗きこんだ。フラマはその名前に聞き覚えがあるのか思い出そうと眉を寄せる。

 地図はコチュク領とその周辺のもので、主要な町の名称が描かれていた。その名前をじっと見つめてみるが、寸前のところで思い出すことは出来なかった。


「もう。研究都市テルマって言ったら有名じゃない」

「研究……ああ、なんか研究者がうろうろしてるって噂の街だよな」

「うろうろって……間違ってはないだろうけど」


 もう少し違う表現はないのだろうかと、イリスは口を尖らす。


「テルマってどういう街なんですか?」


 おとぎり村の周辺以外を全くと言っていいほど知らないヴァンは首を傾げた。

 それに気を取り直してイリスは簡単に街の紹介をする。


「そうだねえ……コチュク領の中では一番大きな街で、いろんな研究施設が密集しているんだよ。特に盛んなのが歴史的な研究で、古代魔法の研究もされているって聞いたことがあるかな」

「古代魔法……ですか」


 魔法に疎い二人は聞いたことのない名称に揃って首を傾げた。これは余り認知されていないことなので仕方がない。


「大昔は主流だったけど、今じゃほとんど使える人がいない魔法だよ。現代魔法じゃ不可能なことも可能だったみたい」


 代表的な古代魔法を挙げると、召喚魔法や治癒魔法がある。名前の通りの魔法なのだが、現代魔法では存在しない。

 ここ百年の間に召喚魔法を成功させたという記録は残っておらず、治癒魔法も現在確認出来ているのは所在不明の賢者と呼ばれる人物だけである。

 それほど希少で謎が多い魔法なだけに専門で研究をする者も少なくないのだが、成果が上がることはほとんどないというのが現状であった。


「一度行ってみたいと思ってたんだよねー」

「って、単にイリスが行きたいだけじゃないか」

「そうだよ?」


 フラマとしてはテルマに寄ってもそうでなくても、どちらでも大差ないので構わないのだが、正直に答える彼女に少し呆れてしまう。


「おれも行ってみたいです!」

「じゃあそれで決定ー」


 意気投合する二人はフラマを置いて話を進める。恐らく何を意見したところでテルマ行きは変わらないのだろう。代わりに地図を眺めて道程を考える。徒歩で向かうには遠すぎるので馬車を使う必要があるだろうが、果たしてこの町から乗合い馬車が出ているだろうか。


「それはそうと、一つ気になっていることがあるんだけど……」


 イリスはヴァンをじっと見ながら口にする。凝視された方は思わず一歩下がってしまう。


「あの、なんですか……?」

「ねえ、ヴァン。魔法の練習もしてみない?」

「……へ?」


 予想していなかった言葉に呆けた声をだす。それは横で聞いていたフラマもそうだ。


「わたしね、たぶんヴァンには魔法の才能があるんじゃないかなって思うの」

「そう……ですか?」

「うん。数日見ていて感じたことなんだけど、魔力の流れがわかりやすいんだよね。これってある程度魔力が生命力から溢れているってことなんだよ」


 魔法は魔力が生命力から漏れることによって使用出来るようになる。生命力に包まれたままだと魔力を感じ取ることはまずないのだが、ヴァンからは僅かだが魔力の流れを感じ取ることができた。

 未だ微かなものだが修練を積めばそれなりに開花するかもしれない。


「ちなみにフラマからはぜんっぜん感じ取れないから、きっと才能ないんだろうね」


 余計な一言を加えるイリスに言われた本人は顔を引きつらせた。

 もちろん修練次第ではフラマも魔法を多少は使用できるようになるかもしれないが、その可能性は低いだろう。


「もしかしたらヴァンはシランちゃんのことがあるから嫌かもしれないけど……」


 そこで言葉を濁す。確かに数日前にシランを失ったばかりのヴァンには魔法自体に良い思いはしていないかもしれない。経緯はどうであれ、最終的な要因は魔力の消費に寄るのだから。

 しかしヴァンは首を横に振る。


「大丈夫です。おれ、魔法使えるなら教えて欲しいです」


 ヴァンはもう逃げないと決めている。どんなことでも正面から向き合おうと決めているのだ。

 だからシランの時間を延ばし、そして奪った魔力や魔法のことももっと知りたいと考えていた。

 そんな心の内を誰に話すわけでもなかったが、二人はヴァンの顔つきから何となく感じとることができ、頬を緩ませる。


「……そっか。じゃあこれから時間が出来たら魔法の練習もしよう。基礎魔法ぐらいなら教えてあげられるよ」

「はい! よろしくお願いします! えっと……イリス師匠!」


 直角に体を曲げて言うヴァンの言葉にイリスは数回瞬きをする。

 どうやら彼の中で教えを請う相手を師匠と呼ぶ概念があるようだ。

 言われ慣れない名称にむず痒く感じた為、声を出して笑った。


「師匠は……ちょっといいかな。どうせならわたしのことは先生って呼んでよ」

「わかりました! イリス先生!」

「うん! よろしい!」


 そちらの方がしっくりくるとイリスは満足げに笑う。そんな様子を傍目で見ていたフラマは心の声を無意識に小さく呟く。


「ってか、単にそう呼ばれたかっただけじゃないのか」


 きっと彼女にも聞こえたであろうその呟きに、応える者はいなかった。


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