其の弐 右腕品評会

 早速だが、前言撤回だ。俺とリリスが向かっている場所は近所のデパートである。異世界転移とやらをする前に、この世界の洋服などを物色したいとリリスがいうので、こうして足を進めることにしたわけだ。まあ、頷いた俺もそうだが、泥棒目的になるわけで──少し歩けば化け物の群れが顔を出すのだ。窃盗ごときの犯罪を咎める余裕がある人なんていないだろうし、呑気に買物をしている場合でもない。


 そこかしこで血まみれの肢体したいが転がり、それらを貪るのは、異世界からやってきたたち。そんな状況で他人を気遣う余裕なんてないだろうからな。俺自身も肉片にされて実感している。いつも通りの日常は終った。まさか自分がという体験をするとは思っていなかったけどな。それに、リリスの腕一本で殺害されていく魔獣たちの光景を魅せられたのだ。これからの日々は異常が通常になり、いちいち驚いていられなくなる。鼻歌気分で歩くリリスは笑みを浮かべたまま「よくある光景よ」というのだ。どう考えても、リリスたちの世界は物騒らしい。


「そんで? その魔獣ってのは、何なんだ? どうみても化け物だとしか思えん。まさか、リリスの世界にいる動物になんのか?」

「そうともいえるけど、そうじゃないともいえるわね。あたしたちの世界では意思疎通のできる生命体なら、いち個体、いち生物として考えるの。例えそれがたった一輪の花だとしてもね。なら尊重をするし、殺害もするわ。。生命体ではあるけど、だからね。ただの食料ともいうし、害獣だというヒトもいるわ」


 食料って、リリス。食べるのかアレを。薄い二枚羽を背中から生やしたカマキリが巨大化したような、気味の悪い音を鳴らす化け物だぞ。俺は嫌だ。


「本当にどんな世界だ。俺なら食わんぞ。まとまな食い物はあるんだろうな? それとさ。悪魔や精霊以外はいるのか?」

「いるわよ。いなきゃ、勇者なんて存在が召喚されるわけないじゃない。シュウ。食べ物なんて好みじゃない? 意外と美味しいから、食べてから否定してね。それと、あたしたちの世界を代表するヒトは『デミヒューマン』になるわね。一応、説明しましょうか」


 かつて、俺らの世界から転移した『人間』が、リリスたちの世界にいる人と結ばれた。その子孫が『デミヒューマン』と呼ばれ、生命力と繁殖力が他の種族よりも高く、たった数世代で増殖といえるほどに繁栄した。その結果として、ひとつの集落から始まったデミヒューマンが国と呼べる規模に拡大し、リリスたちの世界を代表する国家『アーカム』が誕生したという。


 さらに、勇者のような召喚された存在ではなく、いわゆる『落とし子』と呼ばれる『転移者』を抱き込むことにも成功しており、独自の文化を発信し続けている。もはや、強大な国家といえる『アーカム』を代表する種族といえばデミヒューマンになるので、世界の覇権を握る種族だといっても過言ではないそうだ。リリスが鼻で笑う。


「あくまでも、各種族のバランスを考えたうえでのことだけどね。数だけは多いのよ」

「それってどうなんだ?」

「分かりやすいのは大事よ? 続けるわね」

「ちょっと待てって。一度にいわれても覚えきれん」

「覚える気がないだけでしょ? まあいいわ。その都度、説明してあげるから。気になったらいってちょうだい」

「助かる。ありがとう」


 そんな会話をしながら辿り着いたデパート前では、もう見慣れてしまった魔獣が溢れ、肢体を貪る光景に変化はない。数十体はいるだろう魔獣の群れの視線を集めたリリスの右腕が発光し、右腕のひと振りで魔獣たちは血を噴き出して逝った。ここまでの道中でも思っていたが、かすり傷ひとつ受けないリリスは強い。俺なら攻撃する前に一撃で殺られている。まあ、黄泉帰るんだけどな。


「これでいいわ。さ、シュウ。物色しましょう」

「豪快だねぇ。俺はありがたいけどな」


 すでに略奪が行われた、残骸のようなデパート内を闊歩する音が響く。適当に洋服を見繕った俺は息を吐いてしまった。どこの世界でも女性の買物は長いらしい。異世界でも共通項なのか、リリスが例外なのか。気にしても仕方ないことは分かる。分かるんだが……結局、ベビードールなのね。


「どう?」

「エロいわ」


 リリスが選んだのは淡い紫色のチャイナ風、ベビードールだ。胸元や太股はみえているのに、黒一色のロングブーツとロングカーディガンで白すぎる肌を隠している。やはり、痴女だな。リリスの紅く鋭い瞳、ふっくらとした唇を舐める仕草が様になっている。くるりと一回転して首を傾げ、微笑む姿が上機嫌にみえた。いい女だ。素直にそう思う。


「ありがとう。シュウ? あなたの服、どうにかならない?」

「そういや、心の声を読み取れるんだっけか。プライベートは考慮してくれよ。……俺の場合、死んだら全裸だからな。脱ぎやすく、着やすい服にした」


 俺が選んだのワークブーツとロングのトレンチコートだ。もちろん、コートの下には何も着ていない。殺られたら全裸だから仕方ないだろ。薄く笑って「それもそうね」という、リリスが呆れていた気がする。


「ね、シュウ? 不便そうだから、

「は? 何いってんの?」

「二つ造るから、気に入ったのを選んでね」


 か細い声でリリスが何かを口にして両手を掲げると、窓ガラスを突き破るような音がした。俺の背後からリリスに向かうのは紅黒い液体だ。まるで生物のように波打つソレは、リリスの眼前に集約されていった。吐き気を感じるほどに血生臭い。蠢く液体が右腕になっていく様は、リリスが悪魔であることを思い出させた。これを義手にしろというのか。


「勘弁してくれ」


 次に出来上がったのが、深緑の右腕である。色合い的に魔獣が素材になってるのかね……ちょっと待て。さっきのはアレか。人間が素材になっているとでもいうつもりか? 深緑と紅黒い右腕が脈動している。今日一番の悪夢のような気がしてきた。


「さ、シュウ。どっちがいい? 深緑の腕なら副作用があるけど力強いわよ。紅黒い腕は副作用がないだけで、左腕よりも少し強い程度だと思うわ」

「なあ、リリス。これは選択肢じゃない。副作用があるのは嫌すぎるし、紅黒い腕しか選べんだろ」

「そう? 常に痛みを感じる程度なんだけど……ま、いいわ。紅黒い腕ね。コートを脱いでちょうだい。接続するから」

「常に痛いとか嫌だろ。……脱げばいいんだな」

「直立のまま動かないでね。あんまり動いたら痛いだけよ。そうなったら失敗すると思うから」

「おっ、待て!」


 痛ッ。──俺の右肩に浮かびながら近づいた右腕は、接続しようとする箇所に細い触手が生えていた。右腕が右肩の切り口に触れた瞬間に電撃を受けたような痛みが走ったのである。突然のことで避けるような動きをしてしまったせいか、痛みが強くなっていく。歯を食い縛っても呻き声が漏れ、リリスが身体を押さえつけなければ失敗していたのだろう。


「仕方ないわね。しばらく寝てなさい────」


 ────視界がちらつく。目覚めた俺は左腕よりも二回りは太い右腕を抱えるようにうずくまっていた。リリスが着せたのだろう。トレンチコートの右腕の部分が千切れている。紅黒かった右腕は濃い褐色になり、五本の指と爪が鋭くなっている。どこかの魔獣だといわれても納得できるような右腕だな。掌を握ったり開いたりしながら座り込む。俺の意思で自由に動くようになっていたから安心した。掌の大きさを比較しようと、左手をみると浅い褐色肌になっているじゃねぇか。なんか、侵食されてる気分になるわ。おい、リリス……いないな。周囲をみてみたが、手鏡が置かれているだけだった。


「見ろってことかね」


 ────マジでか。刈り上げた茶髪から、真っ白い長髪になってやがる。黒目は紅目になっているし、全体的に褐色肌になっていた。右腕の肩付近が一番濃いな。やはり侵食。程好い筋肉がオプションですかね? 筋トレ、怠けてたからなあ。ちょっと嬉しかったのは腹筋が割れていることだな、うん。……それなのにさ。天然パーマは生き残ってるんだよ。癖ッ毛は強い。いらん情報だわ。それはもう、深い息を吐いた。深呼吸でもして気分を入れ替えよう。いろいろ変わりすぎだろうが。


「あ、シュウ。起きたのね。適当に飲み物? みたいなのを持ってきたわよ」

「ペットボトルか。それはアイスコーヒーだな。……なあ、リリス。ブラックコーヒーは好みだからありがたいが、この姿をみて何かないのか?」

「そそるわ」

「いらん。感想じゃなくて状況? 俺の状態を教えてくれ」

「簡単にいえばじゃないかしら? いろいろと状況が複雑だから、一概にはいえないけどね。ヒトよりも悪魔、いってしまえばみたいにみえるわね」

「簡単にいいやがって……どうなってんだ」

「別にいいんじゃない? 意外と便利だと思うわよ? こっちの言語もわかると思うし……それに、シュウの目的に関係ないでしょ?」


 ────まあ、確かに。


「それじゃ、そろそろ転移するのか?」

「それでもいいけど……何か持っていくのはない? あたしたちの世界に転移したら、しばらく戻れないわ」

「戻ることはできるんだな」

「あたしが転移してきてるでしょ。ま、往き来するのは大変だから、なるべくしたくないの」

「そんなもんか。……分かった。もうちょっと物色するわ」


 キャンプ用品などを物色することにしたが、思った以上に手をつけられていない。洋服もそうだけど、食料や武器になりそうな物から略奪されていた。お陰様で、目当ての物を手に入れることが出来たわけだが、異世界の食事事情が心配なんだよな。あの魔獣を食べるとか、考えたくない。お。粉末のスポーツドリンクか。そりゃ残るわな。そうだそうだ。インスタントコーヒーも持っていこう。


「あの魔獣も美味しいわよ? 特に腹部ね。裂いて引きずり出すのが苦労するの。少し手が汚れるのが難点だけど、本当に美味しいから食べてみない?」

「嫌だわっ。絶対に遠慮する。グロすぎるだろうが」

「そう? ──確か……カニバリズム? だったかしら。もうちょっと、こっちの世界のことを知らないといけないわね。ちょっと大変だわ」

「ぜひ頼む。マジで頼む」

「シュウもよ? あたしの世界のことを勉強してよね」

「はいよ。勉強はするから、まともな食料を頼む。マジで頼むからな」


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