第14話 人をやめて異世界

 しばらく言葉が出なかった。


 いくら心の片隅で疑問を抱いていたといっても、俺は人であると思っていた。だってそうだろう?いくら翼がはえたといっても頭が変になった訳でもないし、その変調も感じられない。翼がはえて体に変化はあったが翼がはえただけで、それ以外は前と同じなのだ。

 必死に以前と同じ個所を探す。しかしどうしても気になってしまう点があるのだ。セキナから質問を受けが後では気が付いてしまう。


 子ども達の相手をしていた時がそうだ。俺は相手が子どもだから顔に手が当たっても、蹴られても痛いとは感じなかった。それにあれだけ翼を引っ張られても何も感じなかった。引っ張られている感触はあったが痛みは皆無だったのだ。


 もしかしたら魔法が使えた理由も人で無くなったことに起因しているかもしれない。


 他にも気づいてしまったことがある。この翼だ。今朝起きた時は翼の重みで歩くとふらついたし、立つことも困難だった。けれど今は違う。気が付いたら普通に歩けていたし、荷物を持ってミリルの父親の元まで走ることもできた。

 まだ起きてから半日だ。多少はそれよりも過ぎているかもしれないが所詮は数時間。いきなり背中に自分の身長と同等かそれ以上の大きさの翼がはえて自由に動き回れるのはおかしい。


 いくら自分に疑問を持っても人である理由を探し続けしまう。目が覚めた直後はこれで水が飲めると翼に感謝していたほどなのに。


 自分の小ささが嫌になる。


 それでも俺はーーー


 いや、違うか。流石に現実を見よう。


 実際に起きてたことだと。


 翼以外にも体が丈夫になったりと目には見えない形で変化は起きていた。きっと俺が気づいていないだけで他にも変化が起きている可能性も十分にあるのだろう。

 人では考えづらいことが起こっていたと受け入れる。


 認めよう。


 俺は人ではない。


 納得できないし、思うところだって確かにある。だが、理解した。理解しよう。


 俺はすでに人ではなく竜人と呼ばれる存在だと。


「説明を頼む」

「わかしました」


 セキナは俺の内心の葛藤がおさまるまで黙って待っていてくれた。それなりの時間がたっているにも関わらずだ。

 やはり、セキナはいい娘である。


 よし、少しはましになったかもしれない。


「竜人というのは竜の血を体内に取り入れ、竜の力をその身に宿したものを指しましす。

 シンヤさんの場合だと竜の幼生体、シンヤさん風に言えば蜥蜴を食べたことが原因と思われます」

「蜥蜴って竜の子どもだったのか」

「違います。蜥蜴は蜥蜴で別にいますがシンヤさんの話にあった、その凶暴性を考えると竜の幼生体で間違いないと判断しました。それに、何よりの証拠である翼がはえた前日に蜥蜴を食べたと伺いましたからね。因みに翼がはえた人間というのは竜人の代表的な特徴です」


 竜の血を飲んだことに心当たりはない。しかし、蜥蜴ーー竜の幼生体を口にしたのは確かだ。それも生焼けのやつを。

 それでも一応、俺は火を通して食べた。血を飲んだという感じではなかったはずだ。それに内臓の詰まった、最も血の多そうな胴体は避けていた。

 こう思うのもまだ納得しきれてない証拠か。


「竜の血は少量でも口にすれば竜人になるのか?」

「なります」

「だが俺が食べたのは幼生体とやらの手足だぞ。それに火を通した」

「でも煙でしっかり焼けず生焼けだったのでしょう?

 本当に一滴でも、血として口にすれば竜人となるんですよ」


 疑問に思うこともあるが現に竜人の証らしい翼がはえているのでこれ以上は悪あがきだろう。


「そうか。俺が竜人になったと考えたのはそのことが理由なんだな?」

「他にもありますよ。今のシンヤさんの状態です。魔法を使うと極度の疲労に襲われる、これも竜人の特徴です。まだあります。強靭な肉体、自然治癒能力の異常な高さなどです」


 どれも身に覚えがある。


「シンヤさんの話を聞いたときにほぼ予想はついていました。先ほどの治療の疲労と質問でさらなる確証を得た、という感じですね」

「もはや竜人でないと否定できる要素が無いな」

「辛いですか?」

「辛いというよりは戸惑いが大きな」


 人では無くなったと言われ、驚いたし焦りもした。辛いという思いも確かにあるがこうも変化が大きいと戸惑いが一番大きい。しばらくは落ち着く時間が欲しいところだ。


「何ができるか分かりませんがなんでも言ってくださいね。わたしはシンヤさんのお世話係ですから」

「ありがとう、セキナ」


 セキナの心づかいが嬉しい。セキナに気を使わせてばかりいるのも申し訳ないし、とりあえず普通にふるまおう。


「セキナはなぜ竜人のことを知っていたんだ?それとも竜人はここでは有名なか?」


 ひとまず質問することで心配してくれたセキナの気を逸らすことにする。


「竜人なんてシンヤさん以外にいませんよ。おとぎ話の存在です」

「おとぎ話?その割には詳しかったり、断定口調だった気がするが?」

「竜人はわたしたち竜の渓谷の住人に伝わるおとぎ話の存在で、その特徴が伝わっているんです。あの質問などはそれをそのままシンヤさんに聞いただけです。

 シンヤさんにあった時は竜人だなんて全く思いませんでした。怪しい人だなとは思いましたけど。特徴が分かっていて、目の前に同じ特徴の人がいてもすぐには思いつかなかったいくらいです。竜人はきっとシンヤさんが初めてですよ」


 あのとき態度の理由が判明した。おおよそ予想通りだ。


 それはそうとして。


「根拠がおとぎ話でよく自信が持てたな」

「おとぎ話だけではありませんよ。一番の根拠は師匠が同じ考えだったことです。

 初めは神の加護が理由で師匠に紹介したんですが、シンヤさんの話を聞いてもしかしたらと思いました。因みに師匠は初めから、なんとなく竜人のことを察していたようですが」


 流石にセキナの考え過ぎだったのか首を横に振って否定する婆さん。

 しかしセキナの婆さんに対する信頼が厚い。それほどの人物なのかこの婆さん。


 ほんの僅かだが婆さん呼ばわりでいいのかと思ってしまった。だが今更変えるのもおかしな感じがする。よし、婆さんのままでいこう。よく考えれば許可は取っていた。問題ない。


「他に聞きたいことはないさね」


 今まで黙っていた婆さんがにやけながら口を開く。気づいてやがるなこの婆さん。やはり侮れん。あと不気味だから婆さんのにやけ顔は見せないでくれ。


「魔法を疲労無く使う術はないのか?婆さんなら知ってそうだが」


 意地でも婆さん呼ばわりを続ける。ほんの少し表情が変わる婆さん。してやったり。


 それはともかく。


 婆さんの表情よりも大事なことなので質問した。せっかく魔法があるのだ。ぜひ使いたい。しかし、今も感じるこの疲労はいただけない。


「竜人には魔法を疲労なしでは使うなんてことできないさね」


 竜人になった弊害。それは魔法の行使に伴う極度の疲労。

 非常に残念だが使えない訳ではなさそうなので良しとしよう。体も頑丈になり、ゆくゆくは空も飛べそうなのだからそれくらいは我慢すべきだ。


「残念だがしかたないか」

「早とちりするんじゃないよ。行使に難儀する魔法よりもいいものが竜人には使えるさね」

「なんだそれは?」


 高まる期待。くい気味に聞いてしまう。


「竜法さね」

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