第12話 魔法を使って異世界

 俺と婆さんの前に置かれる茶托と湯のみ。

 机はないので畳の上に直に置かれる。


 セキナも座ってから湯呑を傾ける。入っていたのはただの水だが話しつかれた今、このただの水が非常においしく感じる。

 死にそうになって水のありがたみを実感した後だからなおさらだ。


「ふぅ。一息つけたさね」

「ああ、うまい水だ。ありがとう、セキナ」

「ただの水で大袈裟ですよ、シンヤさん」


 はにかみながら答えるセキナ。フィールといいこの世界の少女は本当にいい娘だ。


「さて、シンヤ。悪いが外の子ども達の面倒をしばらく見てくれんさね」

「構わないがうまく面倒を見れるとは思えないぞ。それに面倒ならセキナの方が適任だろ」


 屋敷に着いた時のセキナの手並みは見事だった。


「問題ないよ。そろそろ子ども達が昼食をごねる頃だから、準備ができるまで子ども達の意識を逸らせれたら十分さね。

 ちゃんとあんた分も用意するよ」

「よし、まかされた」


 婆さんの言葉に従い立ち上がり外を目指す。


 飯は大切だからな。







「なんというか本当に素直な方ですね、シンヤさんは」

「ああ、きっと子ども達も気に入るさね」


 昼食に釣られて部屋を出たシンヤさん。本当にわかりやすい。

 師匠に向き直り姿勢を正す。


「その様子ならわしが言いたいことは理解しているようさね」

「シンヤさんの話にあったおかしな点についてですね?」

「そうさね。セキナ、言ってごらん」

「全部で四っつです。一つ目はなぜ竜に襲われるような場所に飛ばされたのか。また、どうやって飛ばされたのか。

 二つ目はラック鳥について。そもそもラック鳥は大人が一人乗れる程度の大きさで、本来空は飛べないこと。

 三つめは翼の生えた理由。加護を失った理由は分かりましたが翼がはえた理由にはなりません。

 四つ目は今でも活動をしていたことから上位竜と思われる存在に襲われてけが一つ負っていなかったこと。これらですね」


 わたしや師匠は巫女としての修業を積んでいる。だからシンヤさんが嘘をついていないことは確かだ。シンヤさんの話は真実味に乏しかったけれど師匠も私と同じ意見だからなおさら確信が持てる。


「そんなところさね。個人的にはシンヤの負傷を治したというフィールという娘も気にはなるけどね」

「そうですね。いくら治癒魔法の使い手でも竜が付けた傷をそう簡単に治せるとは思えません」


 シンヤさんの話では竜に負わされた火傷を特別な準備をせず治したという。珍しい治癒魔法の使い手の上に確かな腕。気になります。


「三つ目と四つ目の理由は何となく想像がつくさね。信じがたいがね。

 一つ目は見当もつかないし、二つ目に関しては何かの間違いであってほしいさね」

「しばらくは周囲の警戒を強化しましょう」

「恐らく無駄さね。必要ないよ。わしの勘がそういってるさね」

「そうですが。では住人には知らせずにおきますね。

 では、シンヤさんにラック鳥の事を口外しないようにと伝えてきます」


 確認も終わり、シンヤさんのもとへ行こうとしたけれど師匠に呼び止められた。


「セキナ、シンヤのことどう思うさね」

「自分にとても素直で直感に従って生きる人だと思います」

「そうかい。ならきっとセキナとお似合いさね」

「なんですか急に?」


 さっきまでの真面目な雰囲気はどこへやら、師匠が変なことを言い出した。


「自分に素直で直感を信じる。大いに結構さね。だが言ってしまえば考えなしの馬鹿さね。

 その点セキナはしっかり者で考えて行動ができる娘さね。いい具合に釣り合っていると思わんかい?」

「会ったばかりの方にそんなことは思いません!」


 師匠相手だが思わず大声を出してしまう。


「そうかい、でも唾をつけるなら早くした方がいいさね。フィールって娘に取られるよ。それとも第二夫人か愛人を目指すのかい?」

「そんなこと目指しません!」


 また師匠に怒鳴ってから、扉を開けて部屋を出る。


「せっかくの機会なのにねもったいないさね」


 扉を閉めるときにこれみよがしな師匠の声が聞こえた。


 いったいどんな顔でシンヤさんに会えばいいのでしょう。







 昼食に釣られて屋敷の前で遊んでいた子ども達の相手をした。


 正直言おう。


 化け物かこいつらは。

 

 子ども達の相手を始めて約十分。


「あ~つばさのにいちゃんだ!」

「あそんで~」

「それさわっていい?」

「げんき?」


 他にも何人かが一斉に群がってきた。

 俺が答える前に年少の子が翼に触りだし、それに競うように男の子を中心に翼を掴んだり、引っ張ったり、抱き着いてきたりと一瞬でわやくちゃになる。

 翼のコントロールがまだうまくできないので不用意に翼を動かすことができず、結果的に子ども達のなすがままだ。

 その間女の子たちは赤ん坊の面倒を見たり、病気大丈夫?と話しかけてきたりとおとなしい。しかし、この状況を見ても特に何をするわけでもなくおしゃべりを続ける。助けは期待できそうにない。

 不幸中の幸いというかいくら子ども達に引っ張られても翼が傷むことはない。翼を触ろうとして体を蹴られたり、手が顔に当たったりするが痛くはない。

 所詮は子どもの力だ。


 なす術なく子ども達が、主に男の子が飽きるのを待ちつつ女の子の話し相手を隙をみてしていると、ちらほらと大人を見かけるようになった。

 婆さんも言っていたがもう昼食の時間だ。流石に大人たちも集落に戻って食事の準備を始めるのだろう。

 大人たちは俺を見て怪訝な様子をし、翼を見て更に怪しげな視線を向けてきたが、子ども達が喜んでいるので問題ないと判断したのか家へと入っていった。


 それでいいのかと思わないでもないが、面倒ごとが避けられるならそれが一番だ。意外と役に立つ子ども達である。


 若干失礼なことを思っていると俄かに集落の入り口が騒がしくなってきた。


 何か起こったようだが、子ども達の面倒を見なければならない。それによそ者がしゃしゃり出ることもない。

 そう思い子ども達のなすがままになっていると、屋敷から出てきたセキナが集落の様子に気が付き入口へと走り出した。すると、様子を確認したセキナがすぐに屋敷へ戻ってくる。


「シンヤさん手伝ってください!」


 ただならぬ雰囲気に子ども達を何とか引きはがし、セキナの後を追い屋敷に入る。


「何があった?」

「薬草の採取に失敗して住人の一人が大けがを負いました。すぐに治療が必要なので治療にいるものを一緒に運んでください」


 婆さんの部屋に戻り、セキナが事情を説明する。その傍らに出された指示に従い必要な物が入っていると思われる荷物を抱える。


 セキナと共に急いでやってきた集落の入り口には頭から血を流し、脇腹に木の枝が突き刺さった中年の男が横たわっていた。

 男は気を失いピクリとも動かない。そばで妻らしき女性が必死に呼びかけるが起きる気配はない。

 周りを住人が囲み、見守る中セキナが男の診察を始める。

 祈るような面持ちでそれを見つめる妻らしき人物。


「巫女様。主人は大丈夫ですよね?」


 妻の声は聞こえているはずだが険しい顔で診察を続けるセキナ。荷物から薬草や布を取り出し、準備を整えてから妻に向き直る。


「手は尽くします」


 端的なその言葉で妻をはじめ、周りの住人が理解する。助かる見込みは殆んどないと。

 暗くなる住人たちの表情。


「治癒魔法を使えば何とかなるだろう?」


 あまりの雰囲気に思わず口を挟んでしまう。


「シンヤさん。この集落に治癒魔法の使い手はいません。とても珍しいんですよ治癒魔法の使い手は」


 俺にとっては意外な真実だ。フィールはなんてことないように俺のけがを治してくれたのでありふれたものだと思っていた。フィールに対して深まる感謝の念。もしやフィールとの出会いも加護の影響か。


「治癒魔法はそんなに難しいのか?」

「とても」


 強い断定口調。その様子で治癒魔法が珍しいことは理解した。理解したがどうしてもフィールの印象が強いため簡単にできそうな気がするのだ。


「それでも、ある程度治癒魔法が使えたらこの男は助かるよな?」

「そうですね、ある程度では完治は無理ですが、少なくとも一命はとり留めると思います」


 目の前で血を流す男。何もせず見捨てるのは寝覚めが悪い。それに何よりも腹が減ってきた。


「試してみるか。

 セキナ、俺でも魔法は使えるか?」

「なぜそんな当たり前なことを聞くんです?

 それに試してって・・・もしかして治癒魔法が使えるのですか?」

「使ったことはない」


 再び沈む雰囲気。俺とセキナの会話を聞いてもしかしたらと周囲の人々は思ったのかもしれない。心なしかセキナの表情も暗くなっているように感じた。


「とりあえず質問に答えてくれ。治癒魔法を失敗してその患者の様態が悪化することはあるのか?」

「治癒魔法が失敗したら治らないだけです。悪化はしません」


 その言葉を聞いて横になっている男に近づく。周りの視線を感じるが気にしない。変人扱いを受けていた俺にとっては、他人を意識の外に追いやることなどお手の物だ。


 あの時のフィールの様子をよく思い出し、胸の前で手を組む。意識は大けがをした男の頭の傷に向ける。目は閉じない。そうした方が集中できる気がした。


「癒しを、そして安らぎを」


 フィールと同じように言葉を発して、頭の傷を見続ける。

 するとフィール程ではないが弱々しい光が発生する。頭の傷が光に包まれたことで少しずつふさがり、血が止まった。どうやら出血量の割に傷は浅かったようだ。

 気づけば周囲が驚きに包まれていた。


「シンヤさん治癒魔法を使えたんですね!」

「みたいだな」

「みたいだなって。そう言えばさっきも治癒魔法を使ったことが無いみたいなこと言ってましたよね?」

「フィールの様子を思い出して、とりあえずやってみた」


 絶句した様子のセキナ。

 それなりのことを俺はしたようだ。しかし参ったな。予想以上に反応が大きい。これでは早く昼食が食べたくてとりあえず手を出した、とは口が裂けても言えない。


「とりあえず治療の続きするぞ。指示をしてくれ」


 ここまできたらやりっ切ってやる。一分でも早く昼食にしよう。悪いことをした訳ではない。きっと大丈夫だ。


「っ!はい、わかりました。では腹部に刺さった枝を抜くので合図をしたら治癒をお願いします。

 奥さん!旦那さんは助かりますよ。そこにある布を持って止血を手伝ってください」


 セキナが男の妻に喝をいれ、セキナの指示のもと一気に準備が進む。治療の手順はセキナが腹に刺さった枝を引き抜き、同時に妻が布で傷口を覆い出血を抑える。そして俺がすぐさま魔法で治癒だ。


「いきます!3・2・1今!」

「っ」

「癒しを、そして安らぎを」


 男の妻が傷を抑えると同時に魔法をかける。


 みるみる血で染まる布。枝を放り投げたセキナが新しい布で上からさらに押さえつける。


「シンヤさん頑張って!」


 言われなくても全力で取り掛かっている。ただ、さっきよりも怠さを感じる。思うように魔法が行使できない。

 体の疲労が加速度的に増す。疲れるが俺が言い出したことだ。このまま死なれたら寝覚めが悪いなんてもんじゃすまない。血に染まる布越しにあるはずの傷をにらみつけ更に集中する。

 しばらくして布に血が広がらなくなった。

 布をめくって傷を確かめるセキナ。


「止まってます!これで大丈夫です!」


 その言葉を聞いて俺は地べたに座り込む。

 布に広がる血の面積が変わらなくなったとき、間に合わなかったのではないかと嫌な考えがよぎったのだ。


 いったいいつからいたのか、一命を取り留めた男とその妻の下にその子どもらしき女の子が駆け寄る。

 病気の心配をしてくれた女の子だった。


 一命を取り留めたとは言えまだ治療は終わっていないらしく、忙しそうなセキナ。

 手伝おうかとも思ったが体が怠すぎて動けない。これは魔法の代償だろうか。フィールは俺の傷を完治させても平然としてたのに俺は止血だけでグロッキーだ。

 フィールの凄さが分かる。ますますつのる感謝の念。


 耐えきれず地面に寝そべった俺にセキナが声をかけ、治療がひと段落したことを告げる。どうやらあの男は婆さんの屋敷に担ぎ込まれたらしい。


 あまりの怠さにセキナの肩を借りて屋敷へと戻る。情けないとは思ったがうまく力が入らないのだ。


 婆さんのいる二階ではなく一階にある食堂へと連れられる。

 そこには長机が一つあり、部屋の隅に椅子が並べられていた。予め用意されていた椅子に腰かけ、机に寝そべる。


「大活躍だったようさね。感謝するよ」


 食堂にやってきた婆さんに礼を言われた。片手を上げて返事とする。あの急な階段をどうやって降りたか謎だ。


「本当にお疲れさまでした。わたしからもお礼を言わせてください。ありがとうございました」


 セキナの労りが嬉しい。婆さんには悪いが感謝されるなら美少女が一番だ。


「竜に襲われても生きている男のこんな姿が拝めるとは、長生きするもんさね」

「師匠、冗談が過ぎます。シンヤさんは本当に頑張ってくれたんですよ。

 すいませんシンヤさん。これでも師匠に悪気はないんです。とりあえずお水をどうぞ」


 セキナからありがたく水の入った湯呑をもらい一気に飲み干す。


「さあ、落ち着いたようだし昼食にするさね」

「シンヤさんの分もありますよ。これが今日の食材です」


 水を飲んで顔を上げていた俺にセキナが笑いかける。その笑顔に少しテンションが上がったのは内緒だ。

 セキナが用意してくれた食材を見る。


 それは血の滴る取れたての肉だった。


「セキナさんちょっと待ってください」


 思わず敬語でこぼれ出る声。


 おかしいな。


 あれだけ焦がれた昼食が全く欲しくない。

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