第10話 やっと知った異世界
「おまえ、日本人か?」
俺が問いかけたのはフィールよりも長い、腰にまで届く黒い髪に俺と同じ黒い瞳をもつ少女。
異世界に来て出会った二人目の人物は日本人と同じ特徴を持つ少女だった。しかもこの少女、フィールに負けず劣らずの美少女だ。凛とした雰囲気や姿勢のいい姿からしっかり者の印象を受ける。
彼女が身に着けているのは赤を基調とし、ところどころに三日月に似た白い模様をあしらったワンピース風の丈の長い服。
両手には大きな袋を抱えており、重そうだ。
「ニホンジン?わたしの名前はセキナですよ。どなたかと勘違いしていませんか?」
思わず出た問いかけにセキナと名乗った少女は答え、気遣いを見せる。
「それよりもあなた、人ですか?」
名前を教えてくれた彼女に俺も自己紹介を返そうと口を開く前に尋ねられた。
途端に厳しくなる視線。セキナが見つめる先は俺の翼。警戒するのも当然だ。異世界といえども流石に翼をもつ人間はいないだろう。
「やっぱりおかしいか?」
「聞いてるのはわたしですよ」
翼をはためかせながら聞くと怒られた。
「あー悪かったよ。たぶん人だ」
「たぶん?ふざけないでください」
ふざけているつもりはない。俺だって翼がはえた人間を人と定義していいか疑問なのだ。
「人だよ、人。少なくともそのつもりだ」
俺をじっと見つめるセキナ。全身を余すことなく視界に収め観察されているとわかる。
30秒ほど過ぎてセキナが警戒を解く。
「嘘は言ってないようですね。失礼しました」
言葉と共に頭を下げられた。
「気にしてないって。信じがたいのは自覚してる」
フィールに会った時も信じてもらおうとひと悶着あったからな。全部は信じてもらえなかったけど。
それにしてもこのセキナって子かなりいい娘じゃないか?こんな怪しい俺を疑いながらも質問には答えてくれたし、ちゃんと謝ってくれた。
「俺の名前はシンヤ。頭なんて下げなくていい」
「ありがとうございます。シンヤさん。
ところで先ほど大声を出していたのはシンヤさんですか?」
「なんかまずかった?」
「いえ、今なら大丈夫です。助けを求めるような声が聞こえ気になったのですが・・・大丈夫ですか?」
改めて俺の格好を見て心配そうな顔をするセキナ。
まあ、やつれた顔で服がぼろぼろ、そのうえ水浸しの格好の人間をみたら誰しも同じ反応をする。
「体が怠いけどまぁ問題ない」
「そうですか?随分とやつれていますけど。
でもけがもなさそうなので大丈夫でいいんですよね?」
あったばかりの俺を心配してくれるセキナ。やはりいい娘だ。
ただ気になったことがある。
けががない?少なくとも昨日蜥蜴に噛みつかれた時の傷が右足にあったはずだ。
右足を見る。傷が見当たらない。おかしい。確かにあったはずの傷がない。かなり痛かったし、一晩で癒える傷ではなかった。傷が無くなった原因があるとすればこの翼か。
「どうかしましたか?」
「何でもない」
「それなら良かったです」
突然右足を上げたり、後ろを向いたりした俺を気にかけるセキナ。無難な返事を返す。
「セキナこそ心配してくれてありがとう」
「どういたしまして。ところで、よろしければ私の暮らす集落まで来ていただけませんか?」
「いいのか?自分で言うのもなんだが怪しいぞ俺」
「大丈夫ですよ。最初は気づきませんでしたがシンヤさんは心配いりません」
「そうか。納得しているならいいんだが。
なら、ありがたく同行させてもらおう」
「はい、それでは案内しますね。ついてきてください」
セキナの言い回しが多少気になったが、ずっとここにいるよりも人のいる場所にいた方が絶対にいい。もしかしたらまともな食事にありつけるかもしれない。
サバイバル覚悟で谷を降りてきたが運が良かった。見た感じセキナ一人のようだし、彼女が住む集落までは女の子一人で歩き回れる程安全なはずだ。
道中は俺が荷物を持ち、この谷のことを聞いた。
セキナの説明によるとこの谷は竜の渓谷とよばれ、驚くことにこの異世界ゼーティアを北から南へ大陸の端まで横断しているという。
あの岩壁のでかさは感じていたが森の国どころか大陸を横断していたとは。意外な場所で意外な事実を知れた。
どうでもいいが俺はここを谷と認識していたが渓谷とどう違うのだろう。
それはともかく。
竜の渓谷は大陸の中心をまっすぐにはしる。異世界ゼーティアにある大陸はただ一つ。まさに世界を真っ二つに割く大渓谷だ。
竜の渓谷という名前からわかるようにこの谷は竜が支配しているという。支配といっても食物連鎖の最上位に位置するだけでこちらから手を出さなければ基本的には何もしてこないらしい。
竜の渓谷に住むすべての生きものにとって時たま響く竜の鳴き声は今から動くから邪魔すんじゃねえぞという意味らしい。また、竜の鳴き声には二種類あるらしく一つは邪魔するなという鳴き声で、もう一つが渓谷に住む全ての生物を震え上がらせる竜の咆哮。この咆哮は竜が苛立ったり、怒ったりしたときに発せられその場に居合わせようものなら死を覚悟するものだという。
そしてその咆哮がここ三日で三度ほど響いているという。竜の咆哮のせいでこの渓谷に住む上位の竜種以外は怯えて身を隠し、今だけこの周囲は比較的安全になっているとのこと。
竜に見つかればどうせ終わりだから邪魔がほとんどいないうちに色々と収穫していた、と意外と肝の座ったセキナの考えが明らかになる。
竜の咆哮。心当たりがありすぎる。やっぱりあの叫び声はあの竜だったか。どうやら相当怒っているらしい。睡眠の邪魔をしたのはそんなにまずかったか。
このことをセキナに伝えようか迷っているとセキナが住むという集落に辿り着いた。湖から30分といったところか。
「ここがわたしたちの住む集落です。
火の民の集落へようこそ」
俺の目に集落全体を囲む木の柵とそれに囲まれた木造平屋建ての住居がいくつか映る。想像よりも少し集落が規模の大きい。見張りの人員は特にいないようで、セキナに続いて村の入り口らしき柵の隙間を通る。
集落の中に入ると様子がよくわかる。集落の奥にある他の建物よりも大きな家。この集落的には屋敷といっていいかもしれない。おそらく長かそれに準ずる者が住んでいる。それ以外の家は似たような大きさだ。
人は見当たらないが、洗濯物が干してあったりとどこの家にも生活感を感じるので人はちゃんと住んでいるようだ。
「こっちこっち~」
「あっまってよ~」
「おねーちゃ~ん、おねぃちゃぁん」
「おーい!ないてるよー」
「あ~ごめんね~」
「おぎゃー、うぎゃー」
「よしよし、泣かないでね~」
奥の大きな屋敷に近づくにつれ赤ん坊の泣き声や子ども達の遊ぶ声が聞こえてきた。
見えてきた屋敷の周囲は開けており、子ども達が遊んでいた。
「騒がしいな」
「ごめんない。今、住人総出で薬草や木の実を取りに行ってるから子ども達を長の屋敷で預かっているんです。普段はなかなかいけない場所に行ける貴重な機会ですから」
「それで住人を見かけなかったのか」
セキナと話しているとこちら気が付いた子ども達が近づいてくる。年齢はみんなばらばらだ。
「ミコさまおかえりなさい」
「そのひとだれ~?」
「うわっ、このひとつばさがある!」
「え!ほんとに?」
「わ~へんなの~」
「つばさのひとがもつふくろいっぱいだ~」
「びょうきなの?」
群がる子どもに戸惑っているとセキナが慣れた様子で対応する。
「はい。ただいま。この人の名前はシンヤさん。病気ではないそうですよ。長に会うために来たんです。だからそんな態度取ってはいけません。
あっだめですよ、シンヤさんがもつ袋に触っては。大切なものが入ってますからね」
俺がもっていた袋に触ろうとしていた小さな子を注意してから、子ども達に遊びに戻るよう告げるセキナ。
「すごいな」
「慣れですよ。慣れたら誰にでもできます。
さあ、シンヤさん。先ほど子ども達にも言いましたがシンヤさんには長に会っていただきたいのです。よろしいですか?」
「むしろこちらからお願いしたいくらいだ。俺もここの長にお願いしたいことがあったからな」
「そうですか。ではすぐにお連れしますね」
セキナに案内されて屋敷の玄関をくぐり、少し歩いてから階段を登る。急な階段で多少登りずらかった。
階段を登った先はまっすぐ通路が続きその先に赤い扉がある。また、通路を挟んで左右二つずつに扉があったたが色は赤ではなく材料である木の色そのままだ。
セキナが赤い扉を開け中に入る。俺も続いて部屋に入り、扉を閉めようとしたが翼が部屋に入り切っておらず扉にぶつける。
「申し訳ない」
謝りながら今度こそ扉を閉めた。ついでに抱えていた袋を床に置く。
笑いをこらえていたセキナが表情を引き締め部屋の奥に座る白髪の婆さんに挨拶する。
「ただいま戻りした。師匠」
セキナに師匠と呼ばれたこの婆さんが長なのだろう。部屋には他に人は見当たらない。
婆さんは扉の近くにある椅子ではなく、一段床から高くなった畳のようなものが敷かれた床に座っている。婆さんはセキナと同じデザインの服を着ているが年に合わせてか色が全体的に薄くなっており、白い三日月の模様は輪郭がぼやけていた。
「おかえり、セキナ。そちらの方は誰さね?」
セキナが俺に目線をやる。
「はじめまして、シンヤといいます」
俺の全身を観察するように眺める婆さん。
「これはまた、変わった方を連れてきたさねぇ」
「やはり、気づかれましたか」
「セキナも気づけたのさね。それは重畳重畳」
「では、間違いないんですね?」
「わしも驚いとるさね」
俺を置き去りにして進む会話。たまらず口を挟む。
「俺がどうかしたのか?」
婆さんもいたが思わず敬語を忘れた。
「自覚はないようだね。ま、当然さね。
セキナ教えておやり。」
「はい、師匠。
シンヤさん。あなたには神の加護が宿っています」
「信じられるか」
即否定。
この数日で何度死にかけたと思っている。
そんなもんあるわけない。
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