第9話 水を求めて異世界

 目が覚める。


 目の前が真っ暗だ。


 どうやら賭けに負けたらしい。

 元々分の悪い賭けだったが、夜中の筆舌に尽くしがたい激痛が致命的だった。


 フィールごめん。


 ラック鳥、捕まえられなかった。


 フィールは帰らない俺のことを少しは心配してくれただろうか。

 無理だな。フィールにとって俺の印象は治療の恩をただ飯と覗きによって仇で返したグズ野郎で決まっている。あった時は妄言ばかり吐くし、格好も変態的だし、裸足だし、印象が良くなる要素は皆無だ。


 せめてライター、返したかったな。


 ほんとごめん、フィール。


 際限なく気分が沈み、自らを貶す言葉に埋もれていった。


 そんな心境とは反比例するように視界に少しずつ明るさが戻ってくる。


 なんのことはない、顔を地面に押し付けて気を失っていたために日が登るまで死んだと勘違いしていたようだ。


 恥ずかしい。


 一通り(頭の中で)のたうちまわる。


 こんなことで体力を消耗したくない。


 気分が落ち着いたところで立ち上がろうとしたがバランスを崩し、立ち上がれなかった。無様に尻もちをつく。

 再び立ち上がろうとして、体の違和感に気づく。思ったように体が動かせない。けがや疲労で動きにくいというよりは、重い荷物を背負ってバランスがとれないという感じに近い。

 なんとなく後ろを向く。


 翼があった。


 赤く大きな翼が背中と垂直になるようにまっすぐに生えていた。


 180センチを超える俺の身長より大きな翼だ。こんなものが背中についていたら上手く立ち上がれるわけがない。


 俺はさっきまで身長よりでかい翼をまっすぐにはやしてうつぶせで気を失っていたのか。


 シュールだ。


 そんなことはどうでもいい。とりあえず翼を動かそうとする。翼に意識をやって分かったが背中の筋肉がバッキバッキに固まっていた。体育座りの姿勢で肩を回したり、上体を捻ったりして背中を解す。

 十分程そう過ごし、いよいよ翼に意識を向ける。


 動かない。


 しばらく続けると翼がぴくぴくとしだしたが痙攣しているようにしか見えない。

 さらに続けることで痙攣よりはましになったがあまり動かない。

 そこで翼ではなく肩甲骨を動かすつもりで背中に意識向ける。


 大きく動く翼。


 このままいけば羽ばたくような動きができそうだが、まだどこかぎこちなさがある。


 少し意識を変えて、肩甲骨寄りの翼というか翼の付け根の少し上あたりを動かすつもりで意識を向ける。


 バサッ


 砂が少し舞った。感覚を逃さないうちに何度も繰り返す。


 砂と少し離れた位置にある薪の燃えカスが宙に舞う。


 翼が生み出す力に逆らわないよう気を付けて立ち上がり、膝を曲げて軽く前傾姿勢を意識する。ほんの僅かだが体が浮いた。

 恐らくだが10センチほど浮けたところでバランスを崩し膝をつく。


 行けるかもしれない。そう思った。


 翼を畳んで立ち上がる。今度は倒れなかった。

 走ろうとしてバランスを崩しかける。たたらを踏んだが倒れることなく歩き続ける。


 時々上体をふらつかせながら洞窟に入り、可能な限り早く歩いて谷を目指す。体感時間では20分ほどで崖からせり出す足場までこれたと思う。


 立ち止まることなく足場から空中へ身を投げ出す。


 体を包む浮遊感。

 すぐに落下が始まり、頭が下へ向く。

 迫る地面をしっかりと見据えて思いっきり翼を広げる。


 ガクンっという抵抗を感じ、すぐに全力で翼をはためかせる。

 うまく飛ぶことはできないし、落下を止めることもできないが落下のスピードは確実に落ちてきた。


 目が覚めてから状況把握もそこそこにすぐさま翼に意識を向けたのはこれが理由だ。


 翼がはえた理由はこの際何でもいい。翼とは飛ぶためのものだ。ダチョウそっくりのラック鳥が飛べるのだから翼があって飛べないとは思わなかった。


 誰もが一度は自力で空を飛びたいと思ったことがあるだろう。その夢が完全とはいかないまでもかなっている現状に何の感動も抱くことなく翼を動かし続ける。

 

 着地予想地点と目指すべき湖の場所を確認するために周囲を見回す。


 まずは湖を右手に確認。これが最重要。気持ち的にはいつ脱水症状で死んでもおかしくない。

 落ちてきた岩壁に沿って右側へと進めば無事につけそうだ。


 次に着地点。手ごろな位置にひらけた場所は確認できない。突っ込むしかないようだ。

 まだそれなりのスピードで落下しているが、地上までの距離は十分にある。このペースで減速すれば多少のけがで地上に辿り着けるはずだ。


 さらに減速し、このままいけば枝に体をひっかかれる程度のけがで済むと思った時、空が暗くなった。下ばかりを見ていた視線を上げるとそこには竜がいた。

 

 竜といっても俺が襲われたあの竜ではない。見るからに種類が違う。形はプテラノドンに似ているが翼が4枚あり、目が一つだ。同じなのは体表の色くらいか。俺を最初に襲った竜の体表は真っ赤だったが、目の前のこいつは色に鮮やかさがない。


 頭の大きさの割に巨大な一つ目と見つめ合ていると、空中で体当たりをかまされた。


「っおぁーーーー」


 体が大きく吹き飛ばされる。


 空中にいたおかげか痛みは感じなかった。体勢を立て直そうと必死になるが錐もみ状態から抜け出せない。飛行はおろか浮くことが精一杯の俺には急な姿勢制御は困難だ。

 自分のいる位置の把握もままならず、翼を広げようにも空気抵抗でうまく広がらない。

 かなり谷底に近づいたとはいえ真っ逆さまに落ちて助かる高さではない。墜落を回避するために焦っていると再び衝撃。どうやらまた体当たりを食らったようだ。

 かなり強い衝撃だったが一度目に続き痛みは感じない。体の感覚があてにならなくなってきた。


 なす術もなく吹き飛ばされ墜落を覚悟した俺を襲ったのは、地面にぶつかる衝撃ではなく全身に感じる冷たさ。


 青い視界とそこに混じる白く、形を変えるいくつもの粒。

 思わず開いた口から同じような粒がこぼれた。


 直後に感じる息苦しさ。

 

 状況を理解するがいくら待ちに待った水とは言え、このままでは水を飲むどころではない。

 慌てて口を閉じて急いで水面を目指す。

 目指すがなかなか水面に近づけない。翼が邪魔で上手く泳げないのだ。


 それでも必死になって泳ぐ。不格好だろうと、醜かろうと構うものか。全力で生にしがみつく。

 

 水面から顔を出す。息は何とかもった。翼の重みで沈まないように立ち泳ぎを続け、主に上空を中心に周囲を見渡す。

 プテラノドン擬きがいたので息を吸って水中に身を隠す。

 息が続かなくなり再び水面から顔を出し、周囲を確認。


 プテラノドン擬きは見当たらない。


 体勢を平泳ぎに変えて泳ぎながら念願の水を飲む。


「ごはっごほっ」


 泳ぎながらなので当然むせる。

 一番近くの草地にいったん上がり、すぐ水面に顔をつける。


 水を飲む。ひたすら飲み続ける。


「助かったーーーーーー!」


 異世界に来てから一番大きな声を上げた。


 命をつなぐことができた。


 空中でプテラノドン擬きに襲われたが結果的に無傷で地上に降りれたので良しとしよう。

 水面に映る俺の顔はかなりやつれているが、水は確保できたしこの谷の様子を見る限り食べ物もありそうなので何とかなるだろう。


 草の生えた大地に横になる。


 プテラノドン擬きがいたことからすぐにでも移動すべきだとわかっているが、ひとまず休憩だ。

 五分休んでから、次の行動を起こそう。


 体感で五分経った頃近くの茂みから音がする。

 とっさに身構えていつでも逃げれるよう準備する。最悪飛ぶか、湖に潜ってやり過ごせばいい。


「誰かいるんですか?」


 俺の意識は茂みから出てきた黒髪、黒目の女に奪われる。


 日本人ーーーーーーなのか?

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