第8話 食べれたよ異世界
ヤモリの黒焼きって聞いたことがあるだろう?
ヤモリと蜥蜴って確かほとんど一緒だった気がするんだ。蜥蜴じゃなくてイモリだったか?ま、どれも似たようなものだ。
死んだ婆さんが言ってた。
「焼いて食べられないものはない」
婆さんの後を追うように死んだ爺さんも言っていた。
「男の料理は火が命」
火と動物性たんぱく質(蜥蜴)があるのでとりあえず焼いて食べることにする。
幸いなことに火はライターがあるので簡単に起こせる。薪は亀裂まで戻って枝を折ればいい。
偉大なる教えを残してくれた祖父母とフィールに感謝して調理開始だ。
「しまった」
問題が発生した。
蜥蜴の捕獲方法だ。さすがに共食いを続ける群れの中に手を突っ込む勇気はない。
おかしいな。いくらおびただしい数がいるとはいえ枝を折ったりして蜥蜴発見から三時間経っているにも関わらず数が減っていない。これだけ時間が過ぎればかなり数が減っていると思ったが予想が外れた。
穴はすり鉢状になっているため穴の底にたどり着くことは可能だ。
けど、正直近づきたくない。
だがやるしかない。
近づきたくないので今まで目を逸らし、考えないようにしていた自分の格好に目をやる。膝から下が燃え尽きて半ズボンのようになった服。空から落ちたり、木々に突っ込んだりして穴だらけになった上着。もとい学ランの上。かなり格好が変態臭い。
しょうがないだろ、俺にだって言い分はある。登校中だったんだぞ。さぼったけど。その後竜に火を噴かれて足をやられたら誰だってこうなる。
一瞬でもうわーとか思ったやつはフィールを見習え。あの子は何も言わなかった。俺のこんな格好を見ても。察してくれたんだよ。家についてからはそっと靴を差し出してくれた。流石に替えの服は無かったが女の子だ。しかたない。サイズの合う靴があっただけでも僥倖だ。
あの子は本当にいい子だ。俺が是が非でも恩返しにこだわる理由を少しは理解してくれたと思う。
それはともかく。ライターを取り出しズボンにしまい、ぼろぼろになった学ランを脱いでぎりぎりまで蜥蜴の群れに近づく。近づいてから脱いだ学ランを群れの一番外側にいる蜥蜴に被せる。蜥蜴を巻き込むようにして丸め即、その場を離脱する。
賭けだったが一瞬にして蜥蜴の群れに飲み込まれることはなかった。
丸めたままの学ランの上を地面に置き、踏む。とにかく踏む。汚れや靴跡お構いなしにとにかく踏む。息が切れてもひたすらに踏み続ける。
「ぜぇ、はあ、っあぁ、はあ」
踏んでないところが無いくらいまで踏んだのを確認し、息が整うのを待つ。その間も靴跡だらけの学ランから目は逸らさない。
ゆっくりと学ランを広げて内側を確認する。
いくつかの小さな黒い影が飛び出す。避けようとしたが影の一つが右足に噛みつく。
「痛っ!」
とっさに手で影ーー蜥蜴を掴み足から引きはがす。その時も痛みを感じた。
その場から痛みをこらえて飛びすさり、他の蜥蜴の行方を確認する。
見つけた。蜥蜴は広げた学ランのそばで共食いをしていた。数は三匹まで減っている。いや、今二匹になった。残った二匹の内の片方がもう片方の腹に食いついて引きちぎる。食いつかれた方もひかずに相手の首へと噛みつき、相手の命を奪う。しかし、腹を噛み千切られたせいか勝った方も徐々に力尽き息絶える。
蜥蜴に食いつかれできた右足のけがと襲い来る影がなくなったのを確かめてから学ランに近づく。
広げられた学ランは何度も踏みつけたせいでつぶれた蜥蜴の体液で汚れていた。
「これはもう着れないな」
足の肉がわずかに抉れ、学ランが犠牲になったが目的の食料を手にすることができた。
足の痛みに耐え、折ってきた枝を適当に重ねてライターで火をつける。だが、思うように火が付かない。何度も繰り返してようやく火が付いたが炎が思ったほどたたず煙が多い。
蜥蜴の死体は全部で八体。そのうち五体を思い通りの火力が出なかった火に放りこむ。
薪を追加して待つ。やはり煙が多い。あまりの煙さに涙が出る。しかしせっかく取った蜥蜴を黒こげにするわけにいかないので何とか耐える。
蜥蜴の表面が黒くなってきた。そばに置いてた枝で引き寄せる。煙のせいで三体分しか回収できなかった。
火が絶えないように注意しつつ蜥蜴の足を引き千切る。
焼け具合の確認だ。
足はまあ良しとしよう。ミデアムだと思えばいいさ。
胴体は無理だな。一番食べ応えのありそうな部位だが、火が通ってなさそうだし第一内臓が怖い。
婆さんの言葉を信じて足を口にする。爺さんの言葉を守れたかは微妙だ。
味はうまいとは言えなかったが食べられないこともない。こんな状況で贅沢は言うまい。三体分の足をすべて食べる。
約一日ぶりの食べ物に反応してか腹が鳴るが残るは三体分の手足。足りるとは思えない。
少しばかり真剣に考えてから穴だらけになったシャツを脱ぐ。シャツの下に着ていたインナーも脱ぐ。
上半身裸は嫌なのですぐシャツだけを着た。
必要なのはインナーの繊維。インナーといってもちゃんとしたものではなくインナー代わりに着ていた普通の安い服だ。学ランの上やシャツに比べ穴は少ないがそれでも何か所か穴が空き、そこから糸がほつれている。
引っ張る。引っ張る。とにかく糸を引っ張る。
薪をくべつつ、糸が切れても何度もそれを繰り返す。千切れた糸は結んだり、より合わせたりして三十センチ位の長さにする。それを折ってきた枝から手ごろな長さのものを選び先端に糸を括り付ける。
即席釣り竿の完成だ。釣るのはもちろん蜥蜴。餌は食べ残した胴体だ。
穴を降りて竿が届く位置にまで近づく。さっきよりは多少ましだ。
餌が焦げているので心配だったがすぐに食いつかれた。まさに入れ食い状態だ。
竿を回収し、学ランを手袋代わりにして餌から蜥蜴を引き離す。そして、そのまま握りつぶす。一匹ずつなら何とかなる。噛みつかれさえしなければこっちのもんだ。
効率は最初方法より悪いが、安全な永久機関がここに誕生した。
痛いのはもう嫌だ。
足を食って、残った胴体は餌にして蜥蜴を捕まえて足を食う。
完璧だ。
地味だけど。
細かいことは置いといて、ひたすら蜥蜴を食べ続けた。
腹が満ちる。
腹は満ちたがのどの渇きがいよいよ限界を迎えそうだ。
地味な作業だったとは言え握力をはじめ色々と体力を使い、汗も流した。
日も暮れ始め、水を口にすることなくおよそ二日が立とうとしている。
三日は水なしでも生きられるというがそれはじっとしていればの話だろう。俺みたいに木を登ったり下りたり、蜥蜴を捕まえたりすればその限りではないはずだ。
さっきまでは作業に集中していたおかげか、のどの渇きをこれほどまでに覚えなかった。
地味な作業で助かった。
冗談はさておき、完璧に思えた永久機関も枝がこれ以上調達できないために停止した。そもそも崖に生えた木から枝を折ってくることに問題があったのだ。
明日を迎えるのに必要と思われる水が確保できず、明日を生きるための食料のめどは絶たれた。
「どうしろって言うんだよ」
涙がこぼれた。
自身の直感といくつもの幸運に救われて今まで生き延びてきたが、今度こそ完全に手詰まりだ。
日は落ちた。
今から水を求めて動くのは危険すぎる。今いる岩壁の中に水が沸く場所はない。谷の方に行っても何もない。だが岩壁の亀裂まで戻り、今いる場所とは別の亀裂に入れば可能性があるかもしれない。
どうしようもなくなれば谷底に向けて飛び込んでやる。
竜に追われて空中ダイブした時はなぜか助かったんだ。今度もなんとなるかもしれない。谷底に落ちてから這ってでも湖にたどり着いてやる。
とにかく今は動けない。この案を今実行に移せば、視界不良から足を滑らせて転落死一直線に間違いない。
今は明日の朝日が拝めることを祈って眠ろう。これも一つの賭けだがな。
眠ることすら賭けになる。
「笑えない冗談だ」
何度目になるかわからない異世界の恐怖を感じながら眠りに落ちた。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
「ぐぁーーーーーーーー!」
突如感じたあまりの痛みに獣のような叫び声を上げ目を覚ます。
両手で自分の体をかき抱き、あたりを転げまわる。
痛みは一向におさまる気配を見せない。転げまわった程度でごまかせる痛みではないのだ。竜に足をやられた時よりもはるかに痛い。
なんだ、この全身を内側から引き裂くような痛みは。
全身からこぼれる汗。なんだまだ水分残ってたじゃないか。全身の細胞を引きはがして好き勝手に細胞の位置を組み替えるかのような痛みのせいで妙な感想が頭に浮かぶ。俺はブロックじゃない。思考すらままならない痛み。
全身を襲う痛みに涙を流し、うめき声をあげ、鼻水が顔をよごす。ただ耐える事しか許されない。終わらない痛みに痛覚が麻痺しはじめ、意識が朦朧としてくる。
やっと気絶できると思った。
だがここは異世界。
何度も俺が安心し、希望を見出した後に絶望を与える世界だ。
俺の希望は打ち砕かれた。
さらなる痛みよって。
ただでさえ叫ぶことしかできない痛みが背中を中心にさらに増す。まるで自分の中にいるもう一人の自分が背中を突き破りこの世界に誕生しようしているかのような痛み。
背中から何かが突き出てきた。
その瞬間、もうこれ以上はないと思った痛みをさらに超える激痛が俺を襲い、今度こそ俺は意識を失った。
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