第6話 しがみついて異世界

「見るなっ!シンヤ!」


 叫び声と共に投げつけられる桶。見事に俺の額に命中した。それと同時に宙に舞った桶の中で畳まれていた服がフィールから数歩離れた地面に落ちる。

 どこぞのノーコンドラゴンとはえらい違いだ。なにせフィールは一発目から当ててきたからな。

 桶がぶつかった額は痛いがフィールからは目を逸らさない。逸らせない。フィールの髪よりは少し薄い青い瞳と視線がぶつかる。

 顔の赤さが増すフィール。彼女の足元にあった昨日の服が投げつけられ強制的に視界が遮られた。さすがにこれ以上は申し訳ないので潔く後ろを向く。


「すまん。わざとじゃないんだ」

「動くな。家だけ見ろ」


 フィールの言葉に従いさっき出てきた玄関だけを見る。

 俺の背後でフィールが移動する気配がした。とっさに桶を投げたから今日着る服が散らばったのでそれを回収しているのだろう。ぶっきらぼうな話し方に合わない行動に思わず頬が緩む。幸いなことに背中を向けているのでこの表情を隠す必要はない。


「薪、取ってきて」


 色々と押し殺したようなフィール声に迅速に従い家の裏手に回る。

 俺が昨日食べ過ぎたせいで今朝は忙しいのだ。さあ、朝食の準備をしよう。


 

 食事中フィールに何度も頭を下げるということがあったが、朝食は無事に終わった。身支度も整ったのでこれで目的のラック鳥捕獲に取り掛かれる。


「ラック鳥、捕まえてきます!」

「準備は?」

「なにかいるのか?」


 意気込みの程を表すために威勢よく言った俺にあきれたような雰囲気をするフィール。仕方ないじゃないか。着の身着のまま異世界に来てしまったんだからさ。ハクを追っている最中はあったはずのカバンだって気づいたときには無くなっていた。身支度が整ったと言っても基本的には昨日と同じ格好でせいぜいが顔を洗い、寝癖を直す程度だ。

 俺が昨日した話を思い出したのか仕方ないなという顔をしてフィールが俺に向かって何かを投げる。


「それ、持って行って」

「これは?」

「火が起こせる」


 なるほどライターか。そういわれれば銀色の見た目といい、長方形の形といい少し高めのライターに見える。試しに蓋らしきものを親指ではじくと蓋が跳ね上がり、小さな火が出る。

 完全にライターだなこれ。


「ありがとう。必ず捕まえてくる」

「捕まえたら帰ってきて」


 どうやらまだ今朝のことを怒っているようだ。しかたがないので真面目な顔をして頷き返す。


「行ってきます」


 必ず捕まえてやるぞラック鳥。だってこんな森で何日も野宿とかできないからな。




 フィールに治療してもらった場所までたどり着く。ここに来るまででずいぶんと疲れた。疲れたので近くに生えていた大きめの木の根元に腰かけて体を幹に預ける。がっつりと休みたいが休み過ぎて時間が足りず野宿になっては目も当てられないのでほどほどにしようと思う。

 視線をすぐそばの岩壁にやり、見つからないとわかっていても俺が落ちてきた洞窟の出口を探す。上へ上へと視線をずらしていたら首が痛くなった。とりあえず顔を前に向けるが木しか見えない。


「ラック鳥どこにいるんだ」


 まだろくに探してもいないが愚痴がこぼれる。

 このままじっとしていたら本当に野宿直行になるので立ち上がり思いっきり伸びをする。

 

 本気で探すか。


 その場から岩壁に沿って移動をはじめる。岩壁が近くで餌となる木の実がなる木のそばで比較的よくラック鳥は目撃されるらしい。ここまでのことが分かっていても捕獲が困難とはラック鳥、恐ろしい奴だ。

 

 運のいいことにラック鳥が出そうな場所は割とすぐに見つかった。出現場所が分かっているなら待ち伏せをすればいい。そこでじっと身を潜めていればラック鳥も気が付かないだろう。

 ただ待つのも暇なので隠れる前にラック鳥が食べるという木の実がなる木からいくつか木の実を拝借する。この木の実、見た目はグミっぽく、色は基本的に緑なのだがいくつか青い木の実がなっていた。食欲をそぐような色の青いやつより緑の木の実が良かったが俺でも取れる位置にあるのは青いやつしかなかった。

 無理に木に登って落ちたくはないので青い木の実で妥協する。

 取ったいくつかの木の実を抱えて木の実のなる木が見える隠れるのに最適な位置にある茂みに身を隠す。ハクを見るために茂みに隠れ続けた時は苦にならなかったが、いつ来るかわからないラック鳥を待ち続けるのはかなりしんどい。

 しんどいがどうしようもないので抱えている木の実を地面に置き一つ口にする。


「うまい」


 口にしたとたん蜜柑のような香りが広がる。思いのほかいい香りに青い見た目とは違い食欲がわく。香りもいいが味もいい。というかこれ蜜柑だな。食べてて気づいた。これは嬉しい誤算だ。俺は蜜柑が大好物なのだ。二つ目、三つ目と次々に口に放りこんで五つ目で止める。待ち伏せは始まったばかりだ大事に食べよう。


 待ち続ける辛さにじっと耐え、何時間か経ち数が減りポケットにしまった青い木の実が残り二つになった時ラック鳥が現れた。

 黒いからだに白く長い首、体から生える二本のたくましい白い足。フィールに話を聞いた時からなんとなく思っていたがラック鳥はダチョウにとてもよく似ていた。というか特徴はダチョウそのものだ。ただしでかい。でか過ぎる。あの背中には余裕で大人が三人くらい乗れるのではないかというくらいの巨体だ。あれを捕まえて連れて来いと?無理ゲーすぎますよ、フィールさん。

 ラック鳥の巨体に怯えて様子を見ることしかできない。

 俺に見られているとは知らず当のラック鳥は木の回りぐるぐると回っている。餌である木の実を求めてやってきたはずだが一向に木の実を食べる気配がない。

 なぜかその場でじっとするラック鳥。どことなく哀愁が漂っている気がする。

 当初の予定では食事中のすきを見てラック鳥に飛びつき何とかしようという作戦だったが、あの巨体では飛びつくことすら困難なのでチャンスでも何でもない。

 捕獲方法を仕方なく真剣に考えてみたが無理ゲーという結論しか出てこない。

 だんだん考えることが面倒になってきてフィールに恩返しの内容を変えてもらえないかお願いしようかと思い始めた。

 一度そう思うとそれが一番いい考えの気がしたので残り二つになった蜜柑味の木の実をポケットから出し一つ食べて立ち上がる。茂みから出たので当然ラック鳥が俺に気が付くが警戒心が強いらしいのですぐに逃げるだろう。そう思ったのだがラック鳥がじっと俺を見てくる。逃げるそぶりを一向に見せない。正直こんな風に人間以外と見つめあっていると竜に追われたことを思い出しそうになるで見つめないでほしい。

 俺の思いが通じたのか白い首を天頂にさす太陽に向け思いっきり伸ばすラック鳥。俺も後ろを向きその場を離れようとしたらラック鳥が迫ってきた。それもかなりのスピードで。


「ギョエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 という叫び声を耳にしてとっさに横へと身を投げ出し突進を避ける。


「なんなんだいったい」


 文句を言いながら体を起こしラック鳥に向き直ると避けた俺に再び標準を合わせてくる。突然の展開に理解が追いつかない。追いつかないが避けられたことに腹を立ててか大きな翼をバサバサと羽ばたかせるラック鳥を見て回避に専念する。

 今度は大きな翼をはためかせながら迫ってくるので先ほどのように横に避けるわけにはいかない。横に避けては翼に殴打される。かと言ってダチョウと鬼ごっこをして勝ち目があるとも思えない。せめてあいつの大きさが普通であれば横に回避できたのだが。

 土煙をあげて迫るラック鳥。このまま体当たりを食らって無事に済むとは思えない。何か助かる方法はないのか。考えろ。今俺には何がある。上着の左のポケットにはフィールに貸してもらったライター、右には蜜柑味の木の実。他には何もない。


「クソっ!」


 やけくそになって右のポケットから木の実を取り出し、思いっきりラック鳥に投げつける。いくらやけくそになっったといってもフィールから借りたライターを投げる気にはならなかった。

 目を瞑り衝撃に備える。しかしいくら待っても来るはずの衝撃は来ない。恐る恐る目を開けるとラック鳥は俺が投げつけ地面に転がっていた木の実を翼を広げたままじっと見て止まっていた。投げつけたと思っていた木の実だがコントロールが悪く地面に叩きつけてしまったようだ。

 突進が止まったのでとにかくラック鳥から距離をとり、近くの木によじ登る。ダチョウは空を飛べないから木の上なら安全だと思った。いつ動き出すかわからない奴から逃げ続けるより、安全な場所でやり過ごしてしまおうと思った。かなり手間取ったがラック鳥はその場を動かず嘴で木の実を何度かつついてから口にする。

 木の実を飲み込んでから体の向きを俺がいる方に変える。そのままこちらに近づいてくるラック鳥。まるで何かを要求するような視線を向けられて、あの青い木の実がラック鳥の好物だったのだと理解する。

 きっと奴は木の実を食べた時に発する匂いで俺が好物を食い尽くした犯人だと理解したのだろう。今ならわかる。ラック鳥の視線はまだ持ってるよな?と言っていると。

 反応を返さない俺にいらだったのか俺が登っている木に体当たりをかましてきた。決して落ちるわけにはいかない。全力で木にしがみつく。


 繰り返される体当たり。しがみつく俺。


 だがいかんせん体力のない俺はラック鳥の猛攻を耐えしのぐことができずに木から落ちそうになる。このままではまずいと思い直感に従って体当たりを繰り返すラック鳥の背中めがけて飛び降りる。

 一か八かだったが背中にしがみつくことに成功する。体を覆う羽もサイズに比例してか一枚一枚が大きいのでつかむ場所には困らなかったのだ。

 衝撃に驚いたのか体当たりをやめて岩壁に沿ってどこかに向けて走り出すラック鳥。


「ぬおーーーー」


 俺は振り落とされないように叫びながらも必死にしがみつく。このまま走り続けるかと思われたラック鳥だが、再び翼をはためかせ始める。嫌な予感がした。勢いに乗ったスピードとはためく翼。そしてラック鳥は鳥だ。

 予感は当たり、徐々に離れていく地面。どうやら異世界のダチョウは飛べるらしい。ラック鳥にしがみついてるので前しか見えないがそれくらいは分かる。


 どこをどう飛んでいるのかは不明だが一分ほどしがみついていると、岩壁から幹をくねらせて太陽に向かって伸びる木々が目に入ってきた。岩壁から木が生えている理由は不明だがラック鳥はその木々に突っ込んでいき、背中に張り付く俺を木々の中を突き抜けて払い落とすつもりなのだろう。しがみつく握力ももう限界だ。このままでは確実に払い落とされる。


「やるしかないか」


 覚悟を決める震えた声が口からこぼれた。


 今度はあの木に飛び移る。


 しくじればーーーー死だ。

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