第5話 ありがとう異世界

 修繕の跡が目立つ屋根と壁。ひびの入った窓。玄関の軒を支える柱は傾いていた。フィールの家の目の前にある湖がきれいなので余計にボロさが目立つ。


 あまりのボロさに不安を感じる。ボロ家の食事が美味しいというイメージはない。

 

 だが食事は問題なく食べれた。

 

 準備が整い、食事をとるころには夕方になっていたがとても美味しかったのだ。


 メニューはパンみたいな主食とレタスのような野菜とパプリカのような野菜の盛り合わせ。この野菜の盛り合わせにかかった胡麻ドレッシングに似たものが非常に良かった。これらに加えてスープ。スープの具材は日本にはないものだった。見た目は南瓜に近いが白菜のような甘さがあった。もう一つの具材は何かの肉団子だ。種類は不明だがスープの味がしみ込んでおり、しっかりした味だった。おそらくこの肉団子が出汁の役割もしているのではないだろうか。少なくとも海鮮系の出汁ではない。

 また、キノコのようなものを和えたパスタとズッキーニとブロッコリーに似た野菜の蒸し煮。それに加えて非常にまろやかな味わいだった白いスープ。


 さんざんおかわりし、腹を満たす。

 食事の間は正直な話、恩返しとか完全に頭から離れていた。


 だが腹は満ちた。

 今度こそしっかりと恩返しだ。椅子の上で姿勢を正し、空になった器が置かれているテーブルを挟んで対面に座るフィールに向き直る。


「美味かったです。ごちそうさまでした。」


 まずは食事のお礼。


「見ての通り無一文で何も持っていませんが、なんでも致します。なにか私にできることはありません   か?」


 誠意が伝わるようになるべく丁寧な言葉遣いを心がける。


「普通に話して。」

「わかった。俺にできることを言ってほしい。」


 恩人本人の希望だすぐに応えよう。


「とりあえず。片付け。」


 空の食器を指すフィール。


 フィールと一緒に皿を流し台らしきとこに運ぶ。シンクのように窪みがある台とその脇にある水瓶。きっとここで洗うのだろう。皿洗いの方法は異世界でも日本と一緒のようだ。

 

 皿を洗う。洗い続ける。こんなに洗う皿が多いのは俺が食べ過ぎたせいだ。本来は明日の朝食にまわすはずだった作り置きの料理まで食べたからだ。因みにパンとレタスと肉団子のスープが朝食になるはずだったメニューである。

 申し訳なさが心に迫ってくる。隣で皿を洗っているフィールを見れない。

 会話の無いこの状態が辛い。俺が罪悪感を感じているのが主な原因だが。


 GhyK-------------------


 突然響いた音に驚き手に持っていた皿を落としてしまう。しょうがないだろ、あれは間違いなくドラゴンの鳴き声だ。まさか俺を探しているのか?あれから何時間も経っていまさら?あいつは俺が安心した瞬間を狙っているんじゃないのか。そんな考えが頭をよぎる。


「大丈夫。」


 焦る俺にフィールが声をかける。


「竜が突然鳴く。よくあること。」

「追いかけてきたんじゃ?」

「それはない。」


 その言葉に安心する。考え過ぎだったようだ。


「縄張りから竜は出ない。」


 重ねてかけられた俺の懸念を否定する言葉をきっかけに会話が本格的に始まる。


「竜って言うんだな。ドラゴンのこと。」

「竜の方が一般的。」

「そうなのか。そういえばこの場所なんていうんだ?」


 今更だが俺がずっと異世界と言ってきたこの世界の正しい名前が気になった。

 皿を洗い終わったのでテーブルのところに戻り椅子に腰かける。


「ここはヴィーダ。通称森の国。」


 椅子に座りコップに水を注ぎながら答えるフィール。俺の分も用意してくれた。


「森の星じゃなくて森の国っていうのか。」

「?」


 俺の言葉を聞いて怪訝そうな視線を向けてくるフィール。そこでようやく俺とフィールの間にある祖語に気づく。フィールには俺が異世界から来たことを言っていない。つまり俺はこの異世界のどこかにある山からなぜが移動してきた男だと思っている。異世界の名前は知っていて当然なので今いる国の名前を聞いたと思い国の名を言ったのだろう。

 異世界の名前はいまだ不明だがこの世界に国があることは分かった。まあ、それでどうなるわけでもないが。


「いや、何でもない。それより、俺にできることないか?」


 とりあえずごまかす。ごまかしてから本来の目的に入る。


「ラック鳥が欲しい。」


 意味のわからない単語が出てきた。


 詳しい話を聞くとここ森の国は広大な大地が広がり、その上土地の大半は森に覆われているため非常に移動が困難らしい。

 そこで役立つのがラック鳥。強靭な足腰と体力を誇るこの鳥が移動の足と荷物運びに最適らしく森の国では非常に重宝される。

 しかしその強靭な足腰と体力ゆえに捕まえるのが非常に困難であり、捕まえてもしっかりと調教しなければ逃げ出してしまうという。

 ここで問題になるのが調教方法だがそのやり方はフィール自身が把握しているので大丈夫らしい。


 とにかく逃げ足の速いラック鳥を捕獲し連れてくる。

 これがフィールの要望だ。


「わかった。全力で取り組む。生息場所は岩壁の近くだったな。」

「そう。明日からお願い。」


 意外なことに生息場所は治療をしてもらった場所の近くらしい。だが、警戒心も強いラック鳥は人の気配を感じると姿を隠してしまうため注意が必要とのこと。


 見つけるのも大変で見つけてからも大変。


 正直ハードルが高いがやるしかない。恩は必ず返す。そうしないと俺はただのたかりになってしまう。


 明日に備えて今日はもう休もう。フィールも明日からでいいと言ってくれているしな。


 もう休むことを告げるとフィールは家の隅に置かれたベッドから一枚の大きな布を俺に差し出す。どうやら寝具を貸してくれるようだ。

 礼を言って、俺は布にくるまり床に転がりフィールはベッドに横になる。


 長かった一日がようやく終わる。




 翌朝。


 良く晴れているのだろう、ひびの入った窓から差し込んだ朝日で目を覚ます。


 家の中の様子を見てフィールがいないことがわかる。水でも汲みに行ったのだろうか。

 家の目の前にある湖で顔でも洗おうと思い傾いた玄関の柱を見ながら家を出る。


 視線を前に戻すと半裸のフィールがいた。


 フィールの足元には昨日着ていた服と桶の中で畳まれた服があった。


 急に泊まった男。寝ているとはいえすぐそばで着替えるのにためらいを覚えて外で着替えていた。そんなこを一瞬で理解する。


「見るなっ!シンヤ!」


 こんな状況で自己紹介以来初めて名前を呼ばれた。


 ありがとう異世界。


 フィールは着やせするタイプだった。

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