第2話 追いかけられて異世界
ドラゴンだ。
竜だ。
ハクがドラゴンになった!
可愛くない!
愛らしくもない!
戻ってよハク!
ハクを返して!
結構焦ってます。はい。
落ち着け俺。
この世にドラゴンがいるわけない。きっとこいつは大きなタツノオトシゴだ。
よし、落ち着いた。
ここは海じゃないし、俺は海中で呼吸できるような生物ではもちろんない。自分に正直なただの人間だ。よってここはれっきとした陸地であり、目の前にいる存在感抜群の生物はタツノオトシゴではない。今問題なのはこいつがドラゴンかどうかではなく、この身に危険をひしひしと感じさせる生物から距離をとることだ。この生物が眠っているうちに。
そう、眠っているのだ。最初は慌てていて気が付かなかったがこの生物の瞼は閉じられている。それに規則的な呼吸音も聞こえる。きっと振り返るきっかけになったあの風はこいつの鼻息だろう。
今度こそ落ち着いたぞ。
真っ赤な鱗に包まれた巨体。眠るためか翼は畳まれ、羽先が地面についている。また、こちらを向く口からは鋭い歯が覗く。
こんな生物が目の前にいるこの状況に、理解が追いつかない。追いつかないが、とりあえず退避を始めるために周りを観察する。確認できるのは俺と危険生物を囲むように続く岩壁。円を描くように岩壁は続き、囲まれた俺と危険生物がいる大地の面積はかなり広い。おそらくここは目の前にいるやつの寝床だろう。太陽の光もしっかりと当たっているし、さぞかし心地よいことだろう。
太陽が当たっていることからわかるようにこの場所を囲む岩壁はそこまで高くない。しかし、登ることは不可能だ。学校にも碌に行かず、体育すらおぼつかない俺に崖登りはハードルが高すぎる。
どこかにここから逃げる道がないかと目を開けてから初めて移動をする。
危険生物が目の前にいるせいでこいつの体より大きい岩壁しか確認できないため、慎重にこいつの後ろに回る。
絶対に目を覚ますなよ。
なんとか後ろに回り込む。
安心して今まで見えなかった岩壁部分に目をやると、そこに洞窟があった。この洞窟の先に、外へと続く出口があると思いたい。最悪、今は俺の後ろにいる危険生物から距離が取れればそれでいい。
安全を求めて一歩を踏み出す。はじめはゆっくりと。後ろに注意を向けながら少しずつ歩くペースを上げていく。競歩くらいのスピードになり、安全を確認してから洞窟に駆け込もうと後ろを振り返る。
目が合った。
背中の翼を大きく広げた赤いあいつと、目があった。
いつの間にか地面に頭をつけて、今の俺とは逆方向を向いて寝ていたはずのあいつと目が合ってしまった。
やばい。
そう思った瞬間
GhyK-------------------
なんといっているのかはわからないが、あいつが怒っているのは分かる。それくらい怒りをのせた咆哮だった。身がすくみ足がとまる。逃げなくてはいけない。そして、一刻も早く洞窟に逃げ込まなければいけない。それがわかっていても、そう思っても頭が一方的な指示を体に出すだけで、肝心の足が動かない。
そして振り返っまま釘付けになった視線が、あいつの口元に集まる炎の塊を確認する。
もうあいつはドラゴンだ。火を吐くトカゲなんてドラゴンしかいない。今の今まで何とかただの危険生物として冷静に対処しようとしたがあれはドラゴンだ。
見ただけでドラゴンの口元に集まる熱量のやばさに気づく。それでも足は動かない。視線の先では炎の塊が大きくなり今にもこちらに向かって飛んできそうだ。いや、飛んできた。
これで死んだと思った。
だが幸いなことに吐かれた炎は俺に直撃することなく、俺とドラゴンの中間あたりに落ちた。随分とお粗末な狙いだが即死は避けられる。きっと寝起きでまだ寝ぼけているのだろう。
唯一思い通りになる頭でそんなことを考えていると、炎の塊が地面に着弾した影響を受ける。
「うおーーーーー」
叫び声をあげながら衝撃で跳ね飛ばされ、地面を転がる。運のいいことに目指していた洞窟の入り口の方向に転がった。
跳ね飛ばされたおかげか足がやっと動くようになり、近づいた洞窟の入り口に向けて一目散に走る。全力で、走る格好などお構いなしに、一歩でも前に。後ろからはドラゴンが迫る音が聞こえる。耳だけでなく全身でドラゴンが迫ってくるのを感じる。もう後ろは振り返らない。そんな暇があるのならば足を動かす。再び吐かれた炎が今度は俺の右側に着弾した。そこそこの距離があったにもかかわらず、衝撃で左側に転がされたが、すぐに立ち上がる。今ので洞窟までの距離が少し遠のいた。
奴が三発目を俺に向けて用意しているのを感じる。生存本能が全開になったからかなんとなくわかった。おそらく次は当たる。そんな気がする。
とにかく一秒でも早く洞窟にたどり着かなくては。あいつの巨体では追いかけてこれないはずだ。
なんとか洞窟の入り口に近づけたがそこで背中に何かが迫り来るのを感じた。
三発目だ。
それがわかった瞬間、全力で洞窟に向かって飛び込む。
ジャンプした直後にさっきまでいた場所に炎の塊が着弾し、足に熱と爆風を感じた。爆風が追い風となり思った以上の速さで洞窟に入り、入ってからもかなりの距離を転がった。
何度も転がり、全身が痛むが痛みを押しのけて後ろを確認する。
思った通り巨体が邪魔をして首から先しか洞窟に入ってこれないようだ。
「助かった。」
思わずそうつぶやいた。
しかし、安心したのもつかの間、ドラゴンがその口を大きく開く。
その意味を一瞬で理解した俺は、今にも倒れそうな体に鞭打って再び走り出す。全身が痛い。特に足の痛みがひどい。痛みのせいでうまく動かすことができないが、洞窟にさす光を可能な限り全力で目指す。おそらくあれが出口だ。
幸運なことに洞窟自体は短いようだ。この痛む体でも出口まではもちそうだ。
今度は出口に向かって全力で飛び込む。
目に映る青い空。
大きく広がる緑豊かな森。
そこにある大きな湖。
あの洞窟にさす光は間違いなく出口だった。
だが、助かったとは思えなかった。
空や、森や、湖が一度に確認できる。
地上にいてはまず確認は不可能だろ。
確認できるのは山の頂上をはじめとする高い場所。
俺は今、高い場所にいる。
そう、空中だ。
あの出口の先には踏みしめる大地はなかった。
「------------------------」
声にならない叫びをあげ、背中越しに避けることができた炎の塊の存在を感じながら、俺は森向かって落ちていった。
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