とりあえずやってみた

ひつまぶし

第1章 とりあえず異世界

第1話 追いかけて異世界

 考えることって面倒だ。


 俺、椎崎信也しいざきしんやは自分に素直な人間だ。

 自分の欲求や直感に従って生きていけたらどれだけ楽なのだろうかといつも思う。思うだけでなく、なるべく自分の欲求や直感に従って生きてきた。けれども自分だけで終わらないのがこの世の中だ。


 眠いので満足いくまで寝てから学校に行けば、不真面目な生徒と教師に目をつけられた。


 服を選ぶのが面倒だから三着の服を着まわしていたら、清潔感がないと言われた。


 栄養さえ取れればいいので同じメニューで毎日の食事を済ませれば、変な奴と思われた。


 他にも色々。気がつけば変人と言われていた。

 誰かの迷惑になっているわけでもないのに周りはうるさい。

 俺はただ面倒なことを考えたくないだけなのに。


 どこか自分の思うままに過ごせる場所はないのか


 そんなことを思いながら日々を過ごしていた。




 ある晴れた日。俺は山の中にいた。何故かって?答えは簡単、猫を追いかけてきたからだ。


 俺は猫が好きだ。

 猫さえいればいい。

 猫カフェに行くために学校をさぼりまくるほどに。

 それくらい好きだ。


 考えるのが面倒な俺だが、猫に関することならその限りではない。猫の魅力について一日中考えていても苦にはならない。


 そんな俺が登校中に猫を見た。憂鬱な登校中に。

 追いかけるしかないだろ。きっと追いかけた先には安らぎがある。間違いない。


 他の奴がこのことを知ったら、きっと猫を見たくらいでと思うだろう。しかし、俺が見た猫はただの猫ではない。


 純白の毛並みを持つ美しい猫だ。


 初めて見た。こんなに美しい猫。だから追いかけた。

 まあ、普通の猫でも追いかけたがな。


 そして現在山にいる。より詳しく言えば、山の中腹あたりの茂みの中にいる。茂みに隠れながらあの美しい猫を見続けている。


 学ラン姿の高校生が、昼間から茂みの中に隠れて猫を観察。今誰かに見られて変人と言われても反論できない。


 こんなことができるのも、俺の視線の先で枝にぶら下がった銀色のペンダントらしきものに向かって、猫がジャンプを繰り返しているからだ。


 とれそうで取れない。

 あとちょっとなのに。

 

 それが可愛い、愛らしい。

 がんばれハク。


 ハクは猫の名前。道中勝手につけた。



 ハクの頑張る姿を見続けること三十分。

 ペンダントがキラキラ光りだした。最初は天気がいいから太陽の光を反射していると思ったが徐々に光が強くなる。

 光が強くなるのに比例するかのようにハクのジャンプするペースがあがる。まるで慌てているようだ。


 いよいよ光が強くなり目を開けているのがつらくなる。

 

 だが、ハクの様子を見続ける。

 なぜなら慌てている(ように見える)ハクが可愛いからだ。

 見逃せない。もう、失明するんじゃないかってくらい強い光のなか見続ける。

 光が強すぎて正直ハクのシルエットすら見分けるのが困難だがそれでも見続ける。


 突然目の前が真っ暗になった。


 失明した?

 本気でそう思った。

 かなり焦った。これではハクの姿が、いやもう猫が見れないではないか。


 この目に光を!


 俺のこの猫への思いが届いたのか徐々にだが、明るさを感じてきた。じっとして目に神経を集中させる。さっきよりも感じる明るさが強くなる。

 

 そして、ゆっくりと目を開けた。


 俺の目に強く願った太陽の光と岩壁が見える。色彩もはっきりと分かるし、微かな風も感じる。体に問題はない。一安心だ。

 良かった。また猫が見れる。


 さあ、ハクはどこだ。

 岩壁よりもハクが見たい!


 ・・・・・・・・・・岩壁? 


 さっきまで茂みの中にいたのに岩壁?

 そういえばさっきから感じる風にも違和感があるような?


 気になったから風が吹いてくると思われる後ろを向く。


 そこにはドラゴンがいた。


 ドラゴンが。


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