エピローグ

「俺」に届く希望

 

 あれから2度目の夏がやってきた。あのビルの屋上で彩音が消えてから、今日でもう2年目になる。

 悠磨と景子はある霊園に来ていた。そこには、松本彩音の霊が眠っている。昨日は瑠乃も一緒に墓参りに行き、璃乃の墓に行った。大学の夏休みを利用して3人の墓参りに行こうと提案したのは、ほかでもない悠磨だ。

 「そういえば誰か忘れてるような気がするんだけどなぁ・・・」

 「え?まさかそんなことは―」

 言いかけて、景子は硬直する。

 確かに昨日、璃乃の墓には行った。そして今から景子の墓参りに行く。

 あと1人は―

 「泰典君じゃないの?」

 「ああ、泰典あいつか・・・」

 親友の生前の姿を思い出し、悠磨は軽く俯いた。そんな彼の手を、景子は強く握る。


 ※


 彩音が消えた翌日、泰典は自室で息絶えているところを彼の母親によって発見された。

 司法解剖の結果、彼は机の上に置いてあったピルケースの中の薬を飲んで自殺したことが判明した。何も知らずに悠磨が彼の口から真実を訊こうと彼の家に出向いた時には、彼の遺体は既に自宅に戻っていた。その死に顔を見る限り、あまり幸せな最期を迎えたとは言い難いものだった。

 親友の死にも、しかし景子がいたからこそすぐに立ち直れた。結局は幼馴染であり恋人である景子に頼ってばかりだったが、そのおかげで何とか無事に大学受験を迎えるに至った。彼らはもちろんのこと、あのあとなぜか同じ学校に転入してきた瑠乃も二人と同じ大学に入学し、刃を自分たちに向けた摩耶は地方の私立大学へと進学した。

 結局泰典の口から語られなかったことは全て、彼の遺書の中にあった。知っていながら悠磨にいろいろなことを黙っていたこと、実は松本彩音が自分の元カノであるという事実、彼女を冷たく突き放したことへの後悔が、そこには綴られていた。第一発見者の悠磨は、いけないとわかっていながらも誰にもその存在を教えることなく書簡をポケットにねじ込み、自室まで持って帰ってしまい、今でもそれは彼の部屋の机の引き出しの中にしまってある。

 もう少し―と悠磨は思う。

 もう少し、自分は泰典のことをわかってやれたのではないかと。

 だが、彩音や璃乃の時とは違い、彼はもうその死を自分のせいだとは思わなかった。彼は自分の行いに責任を感じて、手段こそ道徳的ではないにしろ、その責任を取っただけだ。彼はそう考えることに決めている。

 それでもやはり、自分にもまだ力が及ばなかった点もある。何か彼のためにできるだけの力が欲しかった―それに対する償いも含めて、彼は自分の将来を既に決めていた。

 「なぁ、景子」

 隣に立つ、あの頃と変わらない景子に声をかける。

 「俺のやってたこと、間違ってたのかなぁ」

 「なんでそんなこと言うの?」

 「まあ・・・なんとなくだけど、俺がもっとしっかりしてれば防げたのかもな、いろいろと」

 「今更そんなこと言わない!約束でしょ?」

 「悪い・・・つい」

 悠磨は繋いでいた手を解くと、景子の少し茶色いロングヘアを撫でる。

 大学入学の際、遠くへ旅立った摩耶を忘れないためにと、美容院で茶色く染めてもらったのだ。大事な友達が自分にいたという証なのだと、今でもそのまま継続して茶髪だ。どこか似合わない気もするが、彼女がそれでいいなら自分もそれは何も言うつもりはなかった。

 景子は景子で、悠磨にされるがままになっていた。撫でられる感触は悠磨の存在をすぐ近くで感じる証であり、悠磨が傍にいるという安心感が生まれるからだ。

 「だから、悠磨。もうそのことは言わない。彩音ちゃんだって許してくれたでしょ?」

 「そうだな、もう言わないさ」

 「しかも―瑠乃ちゃんだって、なんだかんだ言って摩耶だって、最後は悠磨のことが好きだったって言ってたじゃない」

 「俺はそれでも景子一本だけどな」

 「ばか」

 二人で声を上げて笑う。

 不意に景子は立ち止まると、遠くの空を見つめる。

 「あの空のどっかにいるんだよね、彩音ちゃん」

 無言で悠磨は頷いた。そこには、そうであってほしいという彼の切実な願望を強く含んでいた。

 それは、心から信じたいという願いだった。


 ※


 彩音の墓に花を供えると、その前で手を合わせた。

 ―彩音、元気にしてるか。墓参り、遅くなってごめんな。

 悠磨は心の中で唱える。彩音には届いているだろうか。

 ―俺も景子も、瑠乃も幸せにしてる。摩耶は・・・知らん。最近連絡取ってないし。

 言ってから、一人忘れていることに気付く。

 ―あ、有紗はあいつ最近彼氏できたんだよ。なんでかは知らないけど、急に恋愛がしたくなって、片想いしてたやつにコクったら、見事OK!話聞いて俺も笑っちゃったね。そんな理由で恋愛すんな、俺らを見習えってね。

 ふと隣に立つ景子を見る。その心はいったい、何を話そうとしているのだろうか。あとで訊いてやろう、と悪戯のように微笑んだ。

 ―大学生活、想像以上に楽しいんだぜ。サークル、バイト、それから・・・景子。結局全部景子に行きつくじゃねーかってなるんだけど、実際そうなんだよね。

 苦笑いしつつもその事実を改めて認識する。 

 ―全部景子のおかげで、俺は今こうしてここに立ってる。だから、俺は景子に救われてるんだ・・・

 思い返す記憶の中に、景子のいない写真など存在しない。

 「景子」

 思わず声が出る。

 「ん?」


 「ありがとな、景子」


 「・・・急にどうしたの?」

 突然のことに笑いながら、景子は悠磨を見つめる。

 「いいんだ、別に。でも俺はお前のおかげでここまで来れたんだから」

 ふっと力を抜いた景子は、

 「そんなことないよ。悠磨の周りにはもっとたくさんの人がいたから今の悠磨があるんだよ。そう―いろんな苦いことも経験したもんね」


 気づけば、周りには悠磨を優しく見守る人間がいた。

 景子だけではない。

 その事実に気付いたとき、悠磨は悟った。


 「この恩は、生きてるうちに返さないとな、景子」

 景子も頷く。


 そう―

 生きているうちに、悠磨はそれらの人に恩返ししなければならないと、彼は決意した。


 神様が消す、その前に―


 彩音の墓をもう一度見ると、そこから静かに立ち去る。

 空はまた、その青さを誇らしげに輝かせていた。



                            完

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神様が消す、その前に 黒嶺紅嵐 @judas_writer24

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