2
「お前いったい誰なんだ?」
小1時間後、近くの公園のベンチで幽霊に尋ねる悠磨の姿があった。その顔には、もはや何かをあきらめた様な雰囲気が漂っていた。
「君の予想通り、私は松本彩音よ」
幽霊―松本彩音は、おどけるようにして真実をさらっと吐いた。
幽霊は、松本彩音。間違いなかった。しかし、
「聞いてねぇよんなこと。なんでお前のことでその・・・摩耶に噛みつかれなきゃいけないんだよ。意味分かんねぇよ。俺とお前にいつどこでどういう接点があったんだよ」
なぜ摩耶がしきりに自分に対して「あんたのせいで彩音は死んだ」と言っているのか、ならばどこに彼女との接点があったのか、わからないことばかりで困惑以外の何もなかった。本当は2人にはきちんとした接点があり、確かに摩耶の言うことにも一理あるということを彼が知らないのは、彩音に記憶を抜き取られているからなのだが。
彩音は少し残念そうに顔を伏せたのち、何もなかったかのような顔をして、
「なんだ、摩耶のこと知ってるんだね・・・って、そういえば昨日私の家に踏み込んだもんね」
軽く悠磨を睨みつけた。
「それは・・・見てたのか、昨日」
「ええ、ばっちりね」
ため息をついた悠磨は、確かに幽霊なら見えないから堂々としていられるよな、と思ったところで、2つの疑問が浮かび上がった。
「なぁ、2つくらい質問してもいいか」
「嫌と言ったら?」
「言われても困る。結構マジで困る。それだけ」
つくづく付き合いにくい奴だと思ったが、何とか顔にも出ないように頑張った。「あんたの思ってることはすぐ顔に出るのよ」という叔母の言葉のせいで、自分の弱点を知ってしまった。元々叔母も取っ付きづらい人間だったが、目の前にいるこの
「まあ、いいよ」
「1つ」
間髪入れずに悠磨は言葉を紡ぐ。
「なんで自分の家・・・元、自分の家に住みついてるんだ?」
「今もまだ私の家よ。だって解約手続きしてくれる人なんかいないもん」
拗ねた表情で反論したあと、
「そうね・・・あそこ以外に居場所ないからね」
「居場所?」
「たとえ幽霊になって人から見えなくなっても、なんとなく居づらいのよね、どこも。だったら自分の住んでた場所でいいじゃん、って思ってね」
「要は行く場所がねーだけじゃん」
「まあ、そうね」
苦笑した彩音がどこか寂しいような悲しいような顔をしてしまったので、すぐにでも話題を切り替えるべく、2つ目の質問に入ることにした。
「もう1つ。なんで俺にはお前の姿が見える?」
これは、今現在悠磨が直面する最大の疑問点だった。屋上では見えなかった彼女の姿が、今はこうしてくっきりと網膜に映っている。しかもご丁寧に表情まで映し出しており、まるで幽霊ではなく普通の人間がいるようにしか見えないのだ。
「これは俺だけなのか?」
「そうね」
素っ気なく答えた彩音は、ゆっくりとベンチから立ち上がった。歩き回るその姿は、真剣に考え事をしているようだった。そうか、彼女にもわからないのかと思った悠磨は、なんでなのかを自分なりに考え始めた。
「信念、かな」
自分なりの答えが先に導き出されたのは、彩音のほうだった。
「信念?」とオウム返しする悠磨に指を1本立て、
「例えば、どうしても私と会いたい、とか」
満面の笑みを浮かべた彼女を殴ってやろうかと本気で思った悠磨だったが、振り返ると確かにそう思ったことはあった気がした。それはニュースを見てすぐ後のことだ。
―その子に会ってみたいな。
確かに彼はそう思ったのだった。
「ね?思い当たる節あるでしょ?」
「いや・・・」
とっさに悠磨はごまかすことにした。そのほうが無難な気がしたからだ。
怒った顔で、彩音は悠磨の足を踏んづけた。なぜか幽霊に踏まれたというのに、足に確かな痛みと重さを感じたことにまたしても疑問を持った悠磨だったが、これ以上の詮索は体力と気力と精神力を消耗するだけだと判断した彼は、尋ねることをやめた。
※
「ばか、ばか、ばか・・・」
景子は自宅のベッドの上で、枕を力の限り殴りつけていた。
悠磨と口論になり、彼から逃げるようにして帰ってきてしまった。こんなにも心配のあまりに涙を流す彼女は、とっくに自分の恋心に気づいている。あとはそれをいつ彼に伝えるか、カウントダウンに入っているというのに。
「悠磨・・・摩耶・・・」
突如、摩耶のことが頭に浮かんだ。
絶交、なのだろうかと心配になった。交差点のところで摩耶を見た気がしたが、それも景子はスルーしてしまった。なぜか、足が彼女の方向に動いてくれなかったまま、素通りしてしまった。もしかしたら人違いだったのかもしれない。
とにかく彼女は今、自分たちを遠ざける。それも、悠磨が自殺した少女―松本彩音という子のことについて踏み込んで以来。そんなに訊かれたくなかった話だったのだろうか。それにしてもあまりにも尋常じゃない避け方だ。
何よりも、そこに最も深く踏み込んだ悠磨が哀れだと思った。
一番傷ついているのは、彼なんじゃないか。その事実から目を背けようとしている自分が、どうにもこうにも悔しくなった。
思い出したようにケータイを取り出し、悠磨に電話するために電話帳を呼び出す。
「ひ」のところの一番最初に、平川悠磨の名前はある。彼女はその名前を呼び出し、電話をかけようとした。しかしその指の動きは、「発信」の直前で静止した。
―今の私には、悠磨に何かできる権利も力もないのね。
寂しいだけの笑顔を残し、彼女はそっとケータイを机の上に戻した。心は、今ここで悠磨から連絡がないだろうかと期待に思いを馳せながら―
※
泰典にとって学校は、退屈な場所でしかない。
それは今現在もまた然りで、彼は反省文を書きながらガムを噛んでいた。
―んで俺がまた怒られんだよっ。
宿題を忘れた。その後、教師に向かって暴言を吐いた。それだけで十分に反省文どころか生活指導にも値するような事実だが、それに彼は納得がいっていない。
「ケッ。教師は聖職者だとか、ナメたこと言いやがってよ」
直前に、生活指導部長の白拍子に言われた言葉を思い出す。
『教師は聖職者だ。そんな人に向かってお前はなんて態度を取ったんだ!』
「知るか」
前の机を蹴っ飛ばした。音を立てて倒れるその机を見て、今度はどこか空しさすら感じるようになった。友達も、信用できる教師もいない。誰にも愛され、求められない。それが泰典にとっての学校という
しかしそこから1歩外に出れば、悠磨という確かな親友がいる。さらにはなんだかんだで自分のことを理解してくれる両親や兄がいる。そういう人間がいる限りは、学校なんて価値のないものだと彼は考えている。
そんな悠磨が昨日泰典に見せたのは、彼なりの「苦しみ」と「弱さ」だった。
「なぁ、お前って自殺したいって思ったことあるか?」
「なんだよ急に」
唐突な切り出しだったが、確かに死人の部屋に行った後だ。しかもそこで知り合いの映っているプリクラを見てしまったあとだ。そういうダークな話に持って行ってしまうのも致し方ないと、強引に結論付けることにした。
「俺さぁ、2回くらい死のうと思ったんだよね」
「・・・は?」
一番そういう感情から遠いと思っていたはずの
「なんでだよ」
理由を訊かずにはいられなくなり、触れないほうがいい気がしたのに触れてしまった。
「いやさ、1回目は小学校の時に軽いいじめに遭っていた頃の話だったけどさ、こほんの一瞬の気の迷いだったんだよね。少し精神的に疲れてただけで、あんま自分の中でも深刻には考えてなくて、お前の活躍もあっていつのまにかそんなこと忘れてた」
一度、言葉を切る。ここからが重い本題なんだろうと泰典は即座に察した。心はそれなりの準備ができている。
「2回目は、去年のことだ」
「・・・去年?」
不覚にも、意表を突かれた。それが本当につい最近のことだったので、あまりにも驚いてしまった。
自分の知らない何かが、彼の裏で起こっていた。そんな雰囲気を感じ取った。
「間違いなく、1人の人間の死が始まりだったんだ。だけど・・・なんでだろうな・・・記憶喪失なのかなんなのかはよくわかんないんだけど、死んだ奴の名前も顔も特徴も、何もかも思い出せないんだよなぁ・・・」
聞いたこともなかった話に、いつしか泰典は軽い眩暈と重度の衝撃を覚えた。
―記憶喪失。それも去年のことを。
何が起こっているのだろう。そして、何が彼にそんな打撃を与えたのだろう。泰典には、どうしてもわからない疑問ばかりが渦巻いていた。
それは今日この瞬間も同じ思いのままであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます