1章
1
ごく普通の高校生である
17歳の、悠磨と同い年の少女が自殺した。これだけならまだごくありきたりのニュースで、頭にも残ることはなかっただろう。確かに人が1人死ぬことは大きな事件ではあるけれども、しかし残念なことにこのご時世ではそれがなんだか日常茶飯事になっているので、記憶にも留まらない。
悠磨の頭に引っかかるのは、「理由もよくわからず」というところだ。
その少女が自室の机の引き出しに残した遺書によると、「なんとなく死にたくなった」とだけ理由が記されていたそうだ。なんとなくで死ぬバカなやつがいるのか、と一笑に付したかったが、なぜかそうもできなくなってきた。なんとなくとはいえ、心に引っかかるものがあるのだ。
―ほんとは死にたくなかったんじゃないのか?死にたい理由があったから死んだんじゃないのか?
衝動死、という言葉は聞いたことがある。衝動的に死にたくなって死ぬっていう、一種の発作による事故のようなもの、だったと思う。ただ、そんなことをする人間が、果たして遺書を残すなんてご丁寧なことをするだろうか。死に目の手紙なんて書くだろうか。
もしかして他殺かなと考えたこともあったが、警察の発表によると間違いなく自殺らしい。じゃあ他殺なんてあり得ないな、と考え直した。他人の手で殺されたわけじゃないならば、やっぱり自ら命を絶ったのだ。それも「なんとなく」。「なんとなく」って軽すぎだろ、命の重さとか生きる意味とか分かってんのかよ、って怒鳴ってやりたくなるのを堪えながら、だけどやっぱり疑っていた。動機なく死ぬようなことが実際ににあり得るのか、と。「死にたくてしょうがない」じゃなくて、「なんとなく死にたい」なんて言われて、はいそうですかと言えるわけがないだろう。鵜呑みにしろというのが無理な話だ。
※
「でもさ、ほんとにバカだよねその子」
「やっぱり?」
「うん。バカだとしか思えないよ。だって・・・なんとなく死にたくて死んだ?この先人生何年あると思ってんの?人生生きてればこの先だって死にたいって思うことは何度もあるわよ、たぶん」
「だよな」
「それを一回の衝動で死ぬなんて・・・」
「でもってそれが怪しいと」
「そゆことだ」
「ふーん」
どうにも怪しすぎる。なんでだろ・・・
俺からしてみれば、それは常人のやることではない。だって景子の理論でいけば、何回死んでも足りないだろうから。
「てかそんな話をここでする私らってなに」
苦笑しながら景子が言うとおり、今2人がいるのは放課後寄り道しているカフェ。ここには同じ学校の生徒があまり来ない、ある意味隠れ家のような場所であり、しかも店主やウェイターとも仲がいい。2人にとっては本来校則で禁止されている寄り道が堂々とでき、なおかつ安心できる場所である。
「いや・・・話すならここしかないかなって」
「なにそれ」
軽く景子は噴いた。神妙な顔してそんなこと言われても・・・と、内心愚痴ってみる。
幼馴染。幼稚園に入る前からの付き合いで、親同士は高校以来の付き合いだ。悠磨の母親と景子の母親が高校時代に同級生で、大学も同じで、しかも家がすごく近い。その縁あってか、生まれながらの付き合いといっても過言ではない。そんな17年と少しの付き合いで、悠磨が物事に対して凄まじくルーズなのが常だというのを彼女もわかっている。今の学校に進学したいかどうかというところでも、「なんとなくここでいいや」というテキトーな理由で受験を決め、ものの見事にトップで受かったというある意味武勇伝を残しているほどの彼が、果たしてここ数年、いや下手すれば10年以内で最も深刻そうに考え事をしているのだ。授業中も、休み時間も、放課後も。何があったのか、訊かないわけにはいかなかった。
―で、持ちかけられた相談が、これ。
心配して損した、と内心思っているが、その一方でこの話題に非常に興味を持ったのも事実だ。いつしか景子まで、不景気な顔で悩み始めていた。
※
「どうしたお2人!なに、別れ話の最中か?」
気付くと、2人して深刻そうな顔をしていたところにマスターが現れたようだ。
「違ぇよ!フツーに違ぇ!」
全力で否定する悠磨。チラッと景子が残念そうな顔をしたのは、悠磨もマスターも気付いていない。
「となると・・・その逆?」
「全然違います!」
今度は全力で景子が否定する。悠磨が先ほどの景子のようにがっかりした表情をしたが、こちらも景子とマスターには認識されずに終わった。
「んー・・・じゃあ・・・」
「いや結構マジで内密」
「そうか、邪魔したな」
マスターが殊勝な顔をして去っていく。しかしタダで去るようなマネはしなかった。
「なあお2人」
悪戯っぽく笑うと、
「お似合いだな!」
痛々しい視線を両サイドから浴びたマスターは、「怖っ!」と慌てて引き下がった。
「全く・・・いつもあの調子じゃねぇか」
「まあ私も慣れたけどね」
「だなー。俺もそろそろ慣れてきた」
最初のほうは2人とも、馴れ馴れしいマスターが苦手だったから、紅茶の味がいいという理由だけで来ていた。それがだんだんとマスターやほかのウェイターと接することで、認識が変わってきた。確かに慣れてきたという面もあったが。
「でもなんだかんだ言って、あの人いいおっさんだよ」
「わかってるわよそんなの」
2人して、笑った。それは先ほどまでの重苦しい空気を吹き飛ばそうとしているかのような、どこか空っぽな笑いだった。
※
「死にたいって思ったことある?」
帰り道、不意に景子は悠磨に尋ねた。
―死にたい、か。
一瞬、考えた。
確かにそう思った瞬間は、あったかもしれない。少なくともこの瞬間に思い出しただけで2回。あれほど死にたくなったことはなかったと思う。なかったというのは嘘になる。
「あったっていえばあったな」
「じゃあ、何で今生きてるの?」
ストレートな質問だった。なんで?と言われても、
「本気で死のうとは思わなかったから」
満足そうな顔をした景子は、
「じゃあ、それは衝動的に死のうとしたわけじゃなかった」
「そういうことだな」
「どうしてその子は死んじゃったんだろうね」
「さぁ?いじめ?」
「かもしれないし、違うかもしれない。だけどただ一つだけ言えることは―」
一度、景子は言葉を切った。悠磨の瞳をまっすぐに見る。
「悠磨の言うことは、ほぼ間違いなく当たってると思う。だからその子は、突然なんとなくで死にたくなったわけじゃなくて、理由があって死にたかったってことよ」
「それは・・・」
「計画的な自殺ね。たぶんだけど」
「やっぱ死にたかったのか」
「理由があってね」
2人は沈黙した。さすがにこれ以上の思考はできない気がして、悠磨は強制的に思考回路をシャットダウンした。それ以上を見ると、聞くと、考えると―何か少女の心の中にあった「闇」が見えてくるように思えた。それがもしかしたら自分を襲うかもしれない。ならば今は考えるのをやめよう。なに、ただ1人の自殺じゃないか。たまたま同年代だっただけじゃん。何を2週間も前のニュースを引きずる必要があるんだか。考えても結論は変わらない。そう強引に結論付けるに至った。それは隣を歩く景子も同じだったようだ。
「ところで悠磨、宿題忘れの癖直しなさいよ」
景子にとっては気分転換という軽い目的のつもりだったのだろう。その口走った言葉が爆弾になった。
「な!俺今日は持ってきただろ!」
「今日は?じゃあ昨日は?」
「うっ・・・」
「ほら」
勝ち誇った感50%、呆れた感50%。要は半々。
「い、いいだろ別に!」
「いいわけあるか!」
景子は全力で悠磨の頭をはたいた。
「だから・・・毎日言わせないでよー」
「けっ、わかったわかったわかったからその手を離せあがっ!」
「ほんとにわかってんのー?」
「ああわかってる!腕が折れるから!なんかおかしい方向曲がってるいだだだだぁ!」
2人を包んでいた重苦しいオーラは、悠磨の右腕を犠牲にしつつもいつものようなふざけあいによって霧消した―ように思えた。
だがそれは、2人の予想をはるかに超えたものになろうとしていた。
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