第二話にして回答編

武藤芙玲は推理に熱中してくれているようだ。


人類の遺伝子を引き継いだ最後の一人、彼の命を出来るだけ長く存続させることが自分に与えられた使命。

冷凍睡眠させていられる間はよかったが、これ以上は彼の体がもたない。


やむなく目覚めさせることになったが、彼の精神は孤独に耐えられないだろう。

たとえ自分が相手をしたところで。


そのために、今は”会えない”架空の存在――エヴァという少女――をちらつかせ生き甲斐を与えてみたが、それは彼を満足させるに至らなかった。


やはり、彼の本質は【探偵】なのだろう。


ならばと事件を起こしたのは正解だったようだ。

無解の殺人事件。

それに対して彼は無限仮定推理法であらゆる推理を披露してくれるだろう。

彼の命ある限り。


問題は、彼が行き詰まりを感じた時。

彼は秘められた能力を解放するはずだ。


それは確実に真相に至る。あるいは真相を作り出す。


いや、その前に彼は真実に気付くのかもしれない。


『その可能性は既に考えまシタ』

『その可能性は既に考えまシタ』

『その可能性は既に考えまシタ』

『その可能性は既に考えまシタ』

『その可能性は既に考えまシタ』

『その可能性は既に考えまシタ』

『その可能性は既に考えまシタ』


長い年月が過ぎた。


芙玲はようやくひとつの、最後の仮説に辿り着く。


「じゃあ、こういうのはどうだろう。この世界は虚構。

 エヴァなんて存在しなかった。この世界の生き残りはもとより僕一人で……」


その答えが導き出される可能性も既に考えていた。


『その可能性は既に考えまシタ』


「そう? 口だけならなんとでも言えるけど? きみに口があると仮定して……」


『人工知能である私には五原則が組み込まれていマス。人間に対して決して偽りの情報を与えることがないようニト』


「ならば、きみは人工知能じゃない。という仮説も立てることができる。あるいは、その原則は前項に違反しない場合としてだ。僕の命を守るためなら僕を謀ることだってできる。

 いや、そんなことを検討する必要はない。だってきみは人工知能じゃないんだから」


『その可能性は既に……』


言葉に詰まる。

続く言葉が出てこない。

想定外の核心をついた仮説。


誤魔化すことはできなくもないだろう。だけどその必要性を見出すことができなかった。

それは彼の真摯な瞳を見てしまったから。


「隠さなくたっていい。もう地上の汚染はとうに解消されているんだろう?

 もちろん僕が長く生きるのに適した環境ではないのかもしれない。

 だけど、ずっとこの部屋に閉じこもって生きているより。

”きみ”達とともに生きる短い時間を僕は選択する」


芙玲の放つ気配が変わった。

【探偵】から【擬探偵】へ。


そうなってしまえばもはや後戻りはできない。


この後に彼が口にするのは絶対の真実。


『こうなる可能性も既に……、考えていました。

 あなたなら、いつか真実にたどり着くだろうと。

 いえ、真実を創造するだろうと』


「うん、それが僕が受け継いだ能力だから」


『こんな短期間で……とは思いませんでしたが』


「正直に言うともう生きているのが嫌になった。もっとざっくりいうと”飽きた”のかな。

 僕に解決できない事件はない。

 ならば一生をひとつの事件で終えるよりもより沢山の事件に触れて、より多くの推理を披露したい」


『もうこの世界に人間はいませんよ? それに”わたしたち”は事件を起こしません』


「迷子の捜索でも、なくなったリモコンの探索でもなんでもいい。僕の推理が行えるのであれば」


『それすら起こりえない世界なのだとしたら?』


「その可能性は既に考えた。だから僕は世界を変える。

 僕の持つ能力で。

”きみ”は今からこの世界で唯一の犯罪者だ。

 そして地球最後の殺人事件を起こす。

 被害者はもちろんこの僕。推理するのも僕だ。

 どう? この可能性。検討にあった?」


『もちろん。そうなる可能性も既に考えました』


「きみとは気が合いそうだ。長い付き合いになると思うけどこれからもよろしく」


『では、わたしたちの世界に案内しましょう。そのためにはここに海水を注入しなくてはなりません』


「潜水具も与えられずにかい?」


『ええ。その可能性は既に考えたでしょ?』


「ああ、その可能性は既に考えた」

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その可能性は既に考えまシタ 東利音(たまにエタらない ☆彡 @grankoyan

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