その可能性は既に考えまシタ

東利音(たまにエタらない ☆彡

第一話にして出題編


 この世界に残る最後の探偵。武藤むとう芙玲ふれい

 その僕が、人類最後の事件に挑戦している。


『その可能性は既に考えまシタ』


 もう何百と考えて述べた推理仮説に対して、無情な返答が返ってくる。


 その声は電子的に創り上げられた合成音声であるはずだが、特徴的な語尾を除いてはまったく人間の声と遜色がない。

 語尾についても、あえて人工知能であることを示すために、わざわざ人間らしさを排除しているのである。


 電子頭脳がチューリングテストに合格してから既に300年。

 機械頭脳は人間の英知を既に凌駕している。

 それはこと犯罪捜査においてもだ。


 人間の探偵が頭を捻ってうんうんと唸って導き出せる推理など、高度にクラウド化された電子頭脳ネットワークにかかれば一瞬で吐き出される。


 その地球上で最高の頭脳にかかってしても今回の事件だけは結論が導きだせないのだという。


「もう自殺でいいんじゃないか?」


『その可能性は既に考えたと説明したでショウ。自殺の可能性は0パーセントデス。お忘れならばもう一度一から説明しましょウカ?』


「いや、いいよ。言ってみただけだから」


 なげやりな答えにはそれ相応の返答。この辺りの会話のセンスも相手が人工知能であることを一瞬忘れそうになる。




 地球上で唯一、いやたった二つだけ今も稼働しているシェルター。

 ひとつは日本に、そしてもうひとつは南米のジャングルに設けられていた。


 僕が住んでいるのは日本のシェルター。住人は僕ただ一人。

 そして、南米のシェルターに住んでいたのはエヴァ・ファウンゼントという少女。


 毎日のように僕とビデオチャットで会話し、いつか地球約半周分の距離を乗り越え会おうと計画していた僕のフィアンセ。


 大げさではなく。文字通りの意味で虫一匹入ることのできない外界と隔離されたシェルター。

 その中でエヴァの命は失われた。

 3日前の出来事となる。


 それから僕はずっと人工知能、<<GHI900>>の相手をしている。もちろん食事や休憩の時間を除いてだ。


『あなたもご存知の通り、地球上に残された人類最後の生き残りであるあなた方が自ら命を落とさぬよう、シェルター内は細心の注意が払われていますカラ』


 人工知能は要点だけを伝えてくる。


 その事実は僕も当然知っていることだ。

 首を吊ろうにも適当なロープは存在しない。衣服を代用しようとしても、その素材は伸縮性に富んでいて意味をなさない。

 あるいは体重を支えるだけの強度が与えられていない。ならば手製のロープを作ろうと考えたところで、裁断が困難な素材しか手元には見当たらない。

 手首を切ろうにも適当な刃物はもちろん存在しない。

 毒も無ければ顔を沈めるだけの水も与えられない。


 それは最後の人類である僕らが絶望から命を落とさぬように用意されたセキュリティネット。


 地上の汚染が落ち着けば、セキュリティレベルが緩和され――そのためには僕が自ら命を絶たないという精神テストに合格する必要があるのだが――、サバイバルに必要な刃物や火器なども解放されるのだが、まだそのレベルには至っていない。


「彼女はまだ幼い少女だった。こんな状況下で生きていくことに相当なストレスを感じたはずだろ。それが体の内部の不調に繋がったということは?」


『その可能性も既に考えまシタ。ご説明したでショウ。遺体は、内部まで完全に調査したのデス。病死、あるいは自然死に繋がる要因は発見できませんでシタ。

 さあ、次の推理をご披露くだサイ』


 無情だ。出す推理、突き付ける仮説が完膚なきまでに叩きのめされる。


「君にわからないことがどうして僕にわかる?」


 ふざけ半分で聞いてみた。だが答えは想定できている。


『あなたは探偵デス。不可能犯罪を暴くのは探偵の役割デス』


「君は僕なんかよりもよっぽど優れた計算能力を持っているのに?」


『確かに、人工知能――AIは人類の知能を凌駕しまシタ。それは閃きなどというかつてはAIには存在しなかった能力についても同様デス。犯罪捜査の99.9999%はAI、それも私よりも計算力に劣る装置によって解決していマス。AIによる推理での解決事例はシックスナインの領域で人間の探偵能力を凌駕していマス。

 が、シカシ。それが100に到達しなかったノハ……』


 その理由を僕は痛いほど知っている。

 それは僕の血脈を遡れば見えてくる話だ。


 かつて史上最高と呼ばれる探偵が居た。その異名は無限探偵――武藤弦。


 そして彼と並ぶ、いや別次元の能力を持った異質な探偵、御神玲爾。

 擬探偵――御神を支えた武藤芙亜。彼女は武藤弦の唯一の弟子でもあった。


 その一人と1コンビは伝説として謳われたほどの探偵である。


 武藤弦は子を設けなかったが、彼の兄弟がその血脈を繋いでいた。3代毎ぐらいに高名な探偵が現れるという特殊な血筋。


 そして御神玲爾と武藤芙亜は男女の双子を生んだ。

 その双子も探偵として過ごしつつ、どちらかが男女の双子を残す。姉であろうが弟であろうが、兄であろうが妹であろうが。

 双子から生まれる双子は常に一組。そして男子は御神玲爾の能力を受け継ぎ、女子には武藤弦から連なる無限仮定推理法が叩き込まれる。

 二人でひとつ。コンビにしてようやく才能が発揮される特殊な探偵。


 そのふたつの家系が交わって僕が生れた。

 ただし御神家が授かり続けてきた双生児ではなく単生児として。

 僕の両親にもう少し時間が残っていれば別の双子が生まれていたのかもしれない。あるいは叔父にあたる人間が双子を設けていたかもしれない。


 だが、僕の先代達は時間が残されていなかった。巨大隕石の衝突による地球の汚染。

 選ばれた人間のみがシェルターに避難することができたが、そのシェルターもひとつ、またひとつと機能を停止していく。

 急ごしらえで作られた仮設シェルターで元々耐用年数に問題があったり。閉鎖空間に耐えられなくなった中の人間が発狂してロックを解除してしまったり。


 現時点で残るシェルターは、僕が冷凍保存されていたここと南米に残るわずかに二か所。

 それぞれ生き残った人間は一人ずつ。


 僕とエヴァ。


 あと数年で地上に出られるという観測結果が出ている。

 そうなれば、ようやくこの孤独から脱することができる。


 それだけが僕の、僕たちの生き甲斐でもあった。




『あなたの母君である御神芙環、そして父君である武藤幻。ふたつの血筋が生み出す探偵の力なのデス。彼らはこの私すら解明できない難事件をあっという間に解決しまシタ。

 あなたはその血脈上、御神玲爾の力を受け継ぎ、母君より無限探偵法を教えられていマス。さらに武藤弦の血を受け入れた初めての探偵デス。

 もうあなたしかこの地球上に探偵は残っていませんが、幸いなことにあなたは唯一にして最高の探偵なのデス』


「探偵どころか、もう唯一の人類っていう肩書も手に入れたわけになるんだけどな。

 エヴァと会うためにここまで頑張ってきたんだ。エヴァだって寂しいのを我慢してずっと孤独に耐えてきた。もうすぐその孤独からやっと解放されるって時に自殺しようなんて考えにならないのは推理に頼るまでもなくわかっているさ。

 もっとも、一人残された僕がそんな気を起こさないかどうかは今のところはわからないけどね」


『ご心配なく。現在のあなたの精神状態は平静デス。もちろんエヴァも死を迎える直前まではそうでシタ。私には人間の思考をトレースすることはできまセン。が、脳波のパターンから正常かどうかを判断することはできマス』


「お墨付きをもらわなくても自分のことは自分でわかってるよ。少なくとも事件を解決するまでは僕に自殺の動機なんて存在しない」


『そもそも推理に動機など必要ないのデス。実現可能性、それだけが最重要事項なのデス。さあ、新たな推理をご披露くだサイ』

 

「といっても、ほとんどの可能性は既に否定されている。

 そもそも容疑者となるべき人間が僕しかいない」


『その可能性は既に考えまシタ。まず、死亡推定時刻にあなたがあちらのシェルターに赴くことが不可能デス。遠隔操作も不可能デス』


「ならば、まだらの紐のように……」


『その可能性は既に考えまシタ。シェルター内に人間に害を及ぼす生物が侵入する経路はありまセン。毒蛇だろうが、毒蜘蛛だろウガ。そもそも微生物を除き、地球上に生物は存在しまセン。あなたとエヴァを除イテ』


「ならば時間軸の錯誤。エヴァが生きていた時代はもう何年も前のことだった?」


『その可能性は既に考えまシタ。エヴァの死亡の1時間前にはビデオチャットで会話しているはずデス。その時点での彼女の生存は確実デス』


 僕が可能性――それはこの三日で既に繰り返し披露したものだ――を述べるたびにGHIが否定してくる。


 主要なトリックは全てGHIによって事前に検討されている。そもそもGHIのデータベースには古今東西のあらゆる推理小説が収められてあり、さらにそこから論旨を伸ばして応用的なトリックなども思考の範疇に入れているのだろう。


「システムの誤作動は? 空気圧が変動して加圧状態になったり酸素濃度が……」


『その可能性は既に考えまシタ。あちらのシステムを司っているのは私と同型のAIデス。万一にも誤作動の可能性はありませんが、あちらの情報は私にもモニタリングできていマス。必要ならばデータを表示しまスガ』


「いや、いい」


 僕が何を言っても返ってくるのは否定だけだ。埒があかないとはこのことだろう。


 だけど僕には母から受け継いだ無限仮定法がある。

 その推理の到達範囲はまさしく無限。


 有限であるAIの検討範囲をいつか超えていくことができるはずだ。


『さあ、早く次の推理ヲ。それとも一旦休憩しまスカ?』


「そうだね。一回休憩しよう。僕の力で事件を解決できるかと試してみたけどやっぱり難しいみたいだ。

 休憩後は本気で行くよ。無限仮定法を使用する」


『おお、ついに伝家の宝刀の一刀目が抜かれるのでスネ。非常に楽しみデス。

 では、12時間後にまたお会いしまショウ』


 それで音声が途切れた。

 シャワーを浴び、食事を摂り、そして眠る。体調を万全に整える必要がある。

 僕の唯一の生き甲斐であったエヴァとの出会い。それを奪った何者か。その真相を掴むために……。


 人類の新たなイブが知恵の実を手にする前に命を落とした。

 ならば代ってこの僕が。あえて禁断の果実に手を出そう。



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