03【暁光/beginning】

【とある日の事件】




「おいおい、なんだよこの死体はよ」


 東京都・祓間はらいま市街地のとある公園――。赤いサイレンが回るパトカーから降り、黄色いテープに囲まれた入口をくぐって、公園の中へベージュ色のコートを着た髪の毛の薄い刑事が愚痴を吐くようにして言った。彼の目に入ったのは多数の警官に囲まれ、遺留品を調べられいる、ひどく干からびた死体だった。


「残されていた財布の中にあった免許証から判断すれば、被害者は女性、大山裕子・24歳で間違いないかと」


 刑事の横へ、彼よりも少し身長の低い青年の警官が報告する。


「女? しかも24? これがか?」

「ええ。そう判断するしかないかと」


 刑事はその干からびた死体と免許証の顔写真を比べて、おおきくため息をついた。


「何かの間違いじゃねえのか? 行き倒れた婆さんだとかじゃなく?」


「たとえそうだとしても、こんなミイラの様な高齢者はいないかと。後、血を抜かれたであろう傷口もわかりました。被害者の首に、針のようなもので刺された痕が二つ残っていました」


「おいおい、いくらそんな痕が残ってたって、全身の血を抜くとかどう考えても不可能だろうが……」


 刑事は警官の報告を聞くと、呆れたような仕草を見せてそう言った。


「そういわれましても、傷が残っている以上注射器か何かで血を抜き取った、という可能性を考えるしか……」


「あのなあ、仮に注射器で全部抜き取るとしたらそれをどうするんだ、四千ミリリットル以上の血を捨てたらすぐにわかるだろ、血痕は見つかってないんだろ?」


「現在捜査中ですが、まだ……」


「とりあえず、犯人の手掛かりがないか徹底的に調べろ、ゴミ屑ひとつ取り残すな」


「了解です」


 警官はキレ良く敬礼すれば、再び捜査へ戻って行った。


「全身の血を抜き取られて失血死、傷跡は針のようなもの二つ……まるでそりゃ、吸血鬼みたいじゃねえか……あ、どっちかというとチュパカブラか? ……ったく、バカバカしい」


 刑事はまた大きくため息をついた。


 その時、彼の背後から数人の足音がするのが聞こえ、振り向いた。四人の黒いジャケットを着た男女が、まっすぐにこちらへ向かってきていた。どう見ても警察関係者ではない。刑事は完全に身体をそちらに向けて、睨む。


「おいおいおい、なんだお前らは。そこのテープ見なかったのか? いま殺人事件の捜査の真っ最中だ、ダブルデートなら別の場所でやりな、ほら出てけ出てけ」


 刑事は追い払うように手を振る。


「突然すみません。私達はこういうものでして……」


 先頭に立った男性が、ポケットから一枚のカードを取り出して、刑事に見せつけた。


「あ? 【月鬼隊げっきたい】東京支部所属・第六部隊副隊長・白銀善人しろがねよしとだ……? おいおい兄ちゃん、いい年してこんなアホな遊びをやってんじゃねえぞ? 仕事にはちゃんと就けよ?」


 そのカードを見た刑事は半笑いでカードを見せつけていた手を押しのけ、帰れとゼスチャーする。


「その様な態度になるのは仕方ありません。私達の存在は知られてはいませんから。ですが、今この場にいる者たち全員、少し連行させてもらいます」


「連行だあ? おい、あんましふざけてると業務執行妨害で逮捕――」


 その時、刑事の視界がぐにゃりと歪んだ。


「な……何……を……」


「すみません、少しばかり手荒な真似をさせて貰いますね。今、少々時間に余裕が無いんですよ。ああ、大丈夫です。私の刀は『斬っても切れない』ものなので」


 ぺこりと男はお辞儀した。その男の手には紫色に彩られた刀が握られ、切っ先は刑事の腹の部分に少しだけ刺さっていた。


「な……刺さってる…じゃねえか……じゅ、銃刀法違反……だぞ、というか……どこから……そんなもの……」


 刑事はどさりとその場に崩れ落ち、そしてそのまま眠りについてしまった。


 男は刑事が倒れ込むと同時に刀を彼の腹から離した。するとその刀はスウっと紅い粒子と化して何処かへ消えてしまう。


「しばしの間お休みください。まあ、起きた頃には何もかも忘れてるでしょうが――」


 眠りに落ちた刑事をみて男は呟いた。


 彼の隣に、彼の部下と思われる男性がやって来る。


「副隊長。他の警察官の拘束も完了しました。何時でも記憶消去は可能です」


「分かりました。では彼らをもうすぐ着くであろう車両まで運んでおいて下さい」


「了解です」


 そう言うと彼はその場から倒れている刑事を抱えてズルズルと彼の足を引きずりながら立ち去る。



「ヒトの姿を持ち、ヒトに紛れて暮らし、ヒトの血を求め、ヒトを襲う【吸血鬼】……君達は一体、何故ヒトの姿を得た……? 君達は一体――何処からやって来たんだ?」


 小さく呟き、彼は空を見上げた――。




 第一章 『吸血鬼討伐』篇




【西暦2024年4月22日】

 世間では、祓間はらいま市の父子家庭で起きた残忍な殺人事件から二年の月日が経とうとしていた。その生き残りである少女は、祓ノ原区の中央にある約地上五十階建て、地下四十階建ての白色にカラーリングが施されたビルの地下に居た。

 このビルこそが、【血鬼祓国際機関】東京支部、通称【月鬼隊げっきたい】の本拠地である。当然、世間には月鬼隊の存在は非公表の為、このビルが彼らの基地であることも隠されている。そのため、世間一般では日本政府の防衛庁の建物の一つとされている。

 このビルの地下に、【血鬼祓バルトツィスト】の訓練生が住まう区画が存在し、朝霧舞あさぎりまいもまた、その区画にある部屋にいた。

 かつて住んでいた家はあの事件後取り壊され、部屋にあったものはすべてこの区画の部屋に移されていた。部屋の大きさは六畳程あり、高校生の少女が住むのにはちょうどいい広さだった。その中にシングルベッドと箪笥、机、小さな液晶テレビが備え付けられてあり、また、地下にいるストレスを発散できるよう、窓がつけられており、その内側にスクリーンが設置され、そこに外の風景をランダムで映し出せるようになっていた。

 時間は午前六時。

 舞はベッドで高校の制服を着たまま眠りこけていた。相当疲れているのだろうか、彼女の銀髪はぼさぼさになっていた。

 ピンポーンと、ドアベルが鳴った。が、舞は一向に起きる気配がなかった。ドアの向こう側にいる誰かは、もう一度ドアベルを鳴らす。が、舞はまだ起きない。彼女の眠りは深かった。ついに痺れを切らしたのか、ドアの向こう側にいた誰かは、合い鍵を使い、ドアを開け部屋の中に入ってきた。


「やっぱり爆睡……」


 呆れるように言ったその誰かは、夜嶋御影やしまみかげだった。二年前とは少しばかり髪の毛が伸び、脇腹のあたりにまで髪の毛が達していた。服装はいつものように隊服と思われる黒いジャケットに、ミニスカートとストッキングで、変わり映えはない。

 御影は手に持っていたペットボトルのミネラルウォーターの蓋を開け、舞の寝るベッドの横にまで行き、安らかな寝顔へ躊躇もなく水を掛けた。


「ひゃああああああああああ!!??」


 突然冷水を掛けられた舞は間抜けな叫び声を出して水揚げされた魚のように跳ねて起きた。顔は水でびしょ濡れになっており、ぽたぽたと水滴が布団の上に落ちる。


「おはよう。文句なら受け付けない」

「いきなり水かけてそれはひどくない!?」

「仕方ないじゃない、あなたの場合はこうまでしないと起きないんだから。ほら、支部長から及びよ。あなたの所属する部隊について」

「え、支部長から!?」


 舞はタンスからタオルを取って顔にかかった水を拭った。


「まさか本当に二年以内に【血能アビリティ】を発現させるなんて思ってもなかったわ」


 二人は部屋を出て、地上階へ向かうエレベーターに乗っていた。二十人は乗れそうな広いエレベーターの中に、彼女たち二人しかいなかったためか。声が良く響いた。


「でしょ? 凄いでしょ? これで私が血鬼祓としてやっていくこと、認めてくれるよね?」

「といってもかなりギリギリだったじゃない」

「に、二年以内なんだからセーフでしょ……!」

「まあ、一応は認めるわ。これで何もできずに死ぬなんてことはなくなったから。でも、まだまだこれから、よ?」

「言われなくてもわかってますよ」


 エレベーター内で「ポーン」と音が鳴った。地上五十階に到着した事を伝えたのだ。スムーズにドアが開くと、二人はエレベーターから降り、正面にある漆塗りされた豪奢な扉をノックした。


「第二部隊副隊長・夜嶋御影です。……ほらあなたも」

「あ、血鬼祓第八十九期生首席・朝霧舞です!」

「君たちか。入りたまえ」


 扉の向こうから重みのある渋い声が聞こえあると、御影と舞はドアをゆっくりと開き、部屋の中へ入る。地上五十階にある支部長室は、学校の教室と同じくらいの広さがあった。一番奥には大きい机が置かれ、革でできた椅子に支部長・血業和広(ちぎょうかずひろ)が座って書類に目を通していた。そして、その後ろには大きな窓がはめられてあり、きれいな都市街を見下ろすことができた。左右の部屋の壁は本棚に覆い尽くされ見ることはできなかった。


「すまないね、朝早くから呼び出して。昔からの伝統なんだ」

「いいえ、大丈夫です。私は」


 御影は「私は」という部分を強調する。舞は思わず御影の方を見て睨んだ。


「わ、私も大丈夫です」


 舞は続いて言った。彼女たちの応答を見て、血業は軽く笑った。


「ははは、君たちは相変わらず仲がいいね。君たちを呼んだのはほかでもない、今日付けで君たちを昇格することを決定した」

「やった!」と、舞は歓喜の声を上げる。

「私も……ですか?」


 御影はきょとんとした目で言った。


「ああ。先日第七部隊隊長の萩原君が引退、副隊長の絹川君が京都へ異動になった。その穴を、夜嶋君と朝霧君に埋めてもらう。といっても、朝霧君は正式に、というわけではないよ」

「私が抜けた第二部隊の副隊長の穴はどうするんですか?」

「第三部隊の『副隊長候補者』だった星詠君になってもらう」

「あの子が……」

「あ、あの……正式ではないってどういう……」

「君は『副隊長候補者』だ。正式に副隊長になる前に、君にはとある場所で吸血鬼の捜査・討伐を行ってもらう」

「ある場所?」


 舞は首をかしげる。


鬼狩おにがり町だ。最近吸血鬼の事件が頻発しているようだから、君に実戦の経験を得てもらいたいからね」

「確か鬼狩町って……」

「君が今通ってる私立轟哭ごうこく高校がある場所だよ」

「は! 確かに!」

「だから君には高校に通いつつ、吸血鬼の捜査を行ってもらう。そのほうが日常生活を過ごしやすいかと思ってね」

「でも支部長」


 御影が割って入った。


「いくらなんでも、単独で送りむのは……」

「誰も一人で、なんて言ってないだろう? 朝霧君ともう一人で行ってもらう」

「もう一人、ですか?」


 その時、こんこんとノックの音が部屋に響き渡った。支部長は視線を扉にやると、「どうぞ入って」と言った。その声を聴いた向こう側の誰かは、ゆっくりと扉を開いた。


「遅れてすみません! 第三部隊『副隊長候補者』の星詠秋奈ほしよみあきなです!」


 現れたのは、舞や御影よりも身長が低く、髪色はまばゆい黄金、顔だちはとても幼く、まるで人形のように整っていた。そして服装は御影と同じく黒い隊服だが、その下には学校の制定のものであろうセーラー服を着ていた。


「次遅刻した場合は君の部屋のテレビのスイッチを押せないようにしておこう。さあ、こっちまで来なさい」

「はい!」


 秋奈は素早く御影たちが並ぶ横へやってきて立ち止った。


「じゃあ話を続けようか。先ず星詠君。君は今日付けで第二部隊の副隊長になってもらう」

「え! 本当ですか!? やったあ!! あれ、でも御影ちゃんは?」

「『ちゃん』はやめなさい星詠秋奈……!」


 秋奈のなんとも軽い呼び方に御影は反応し、鋭い視線で彼女を見た。舞は秋奈のそのとても軽い……というよりも、ポジティブ、明るいしゃべり方をとても気に入った。今の今まで、同期の訓練生には暗い性格の者が多かったからだ。境遇を考えれば仕方ないことなのだが、このような明るい性格を持った者がとても舞の心を温かくさせるような気がした。


「夜嶋君は第七部隊の隊長だ。この前隊長が引退、副隊長が異動したからね」

「御影ちゃんが隊長~? いいなあ~うらやましいな~!」

「あなたみたいな間抜けには隊長なんて一生無理よ。それと、『ちゃん』はやめなさいって。私隊長、あんた副隊長」

「まあまあ。そして君には副隊長として、そこにいる朝霧君と一緒に鬼狩町へ行ってもらい、捜査と討伐を行ってもらう」

「潜入捜査ってやつですか!? わくわくするなあ~。あ、あなたが朝霧さん? よろしくね!」


 秋奈はひょこっと顔を舞のほうへやり、微笑む。そして、手を差し出した。


「こちらこそ、よろしくね」


 舞も微笑み、軽く頭を下げると秋奈の手を握った。


「君たちに対する連絡は以上だ。これからも精一杯、人類のために戦ってくれ」

「ありがとうございました」と、三人は口を揃えて言った。


 三人はくるりと振り向き、部屋を出て行こうとする。


「そうだ、星詠君」

「はい!」


 血業の呼びかけに秋奈が答る。


「部屋の荷物を鬼狩町にある君たち用の家に送るからまとめておきなさい」

「わかりました!」


 秋奈は大きく頷くと御影とともに出て行った。そして次に彼は舞を呼び止めた。


「朝霧君」

「なんでしょうか?」

「君も一緒だ、部屋の荷物をまとめておきなさい。そして、まだ君には隊服を渡してなかっただろう、それを君に渡さないと」

「隊服ですか……!」


 舞は少し声のトーンが高くなった。訓練生時代はその様なものは渡されず、常に学校の制服か体育で使うジャージを使っていたので、思わず興奮してしまった。御影や、これから一緒に戦うであろう秋奈と同じ隊服を着れることが嬉しかったのだ。


「……どこにあるんですか? 隊服それ


 舞は部屋を見渡すが、この部屋には隊服どころか服一枚すらありそうない。


「たぶんそろそろ届けに来てくれるはずだ」


 血業が腕時計を見て呟いた。

 コンコンと本日三回目のノックの音が響いた。血業が「入れ」というと、扉が開き長身で白衣を羽織った、ぼさぼさ頭にメガネをかけた男性がよろよろと入ってきた。その男性は手に白い紙袋を持っていた。おそらくそれに隊服が入っているのだろう。


「待っていたよ、上喰うわばみ君」

「まったく、支部長あなたは人使いが荒いんですよ。持ってきましたよ、彼女のサイズに合わせた月鬼隊の隊服・【黒鬼オーガ】を」


 上喰は紙袋を舞に手渡した。舞はそれを受け取ると、中身をそっと取り出してみる。手触りは心地よくなおかつ力強く感じた。黒光りする隊服を舞はまたそっと撫でた。


「これが、私の隊服……」

「もしサイズが合わずにキツかったりぶかぶかだったりしたら研究室にまで連絡してくれ。私はたいていそこにいるから」

「わかりました、ありがとうございます!」


 舞は深くお辞儀した。上喰は気恥ずかしそうに頭をぼりぼりと掻くと「そんなことしなくていい、一応これが私の仕事なんだ」と言って、支部長に一礼して彼も部屋を出て行った。


「――立派に育ってくれたものだ」と、彼は小さく呟いたが、誰にも聞こえていなかった。


「それが与えられた、ということは君も立派な血鬼祓の一人になったということだ。気を抜かず、頑張ってくれ」

「……はい、ありがとうございました! それでは、失礼します!」


 舞は支部長に深くお辞儀をすると、部屋から静かに出て行った。




「本当に彼女が力になると?」


 血業が何者かに語り掛ける。すると、部屋の照明が消え、突如中央にホログラム映像が現れる。ホログラムで投影されているのは、深くローブのフードを被った男性だった。


『嗚呼、勿論だ。彼女こそが、組織われわれの救世主となりうる戦士』

「あんたら、前もそんなこと言ってたな」


 血業はあきれた表情で言う。


『所詮、あれは紛い物。器ではなかった。【天秤】を傾ける存在であった。――だが、彼女……朝霧舞ならば、その対。【天秤】を安定へ導く』


 ふふふふふふ、と掠れた笑い声が部屋に響いた。

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