02【殺牙/encounter】②

 少女が力をこめたその瞬間、溢れていた赤い粒子は一気に舞の体内に収束した。直後、赤い粒子は舞の体内から体外へ爆発するかのように放出された。その衝撃波で少女は吹き飛ばされる。少女だけではなく、周りにあった竹刀や壊された家具の破片も飛び散った。


「身体が……動く……!?」


 赤い粒子が放出された直後、意識がはっきりとした舞は直ぐに手足が動くか確認した。するとどうだろう、さっきとは大違いで、思う存分動くのだ。舞はすぐに立ち上がり、先ず胸と背中の怪我を確認した。驚くことに、着ていた制服は多少破れていたものの、その傷さえ消えていたのだ。


「もしかして、この赤い粒子が……? それに、とても力が湧いてくる……」


 舞はこぶしをぎゅっと握って、その力強さを実感した。


「【急速再生】……!? やっぱりお前は……!」


 吹き飛ばされていた少女が、よろけながら立ち上がり舞に向かって右目でにらんだ。


「これはいったいどういうこと? 私の身体に何があったっていうの?」

「うるさいな……【Ce粒子】で傷ついた身体を再生した……ということは、お前も吸血鬼に……いや、その『色』を見た所……まあいいや、もっと早く殺しておくべきだった……!」


 少女は再び刀を構え、舞に狙いを定める。舞は壊れたソファーの後ろ側へ移動し、距離を詰められないようにした。一体全体、何が起こっているのか理解し難いがこうしてまだ生きていられるのだ、深く考えるのは後にすることにした。


「私にもその……Ce粒子とやらが使えるってことは、私でもお前を倒せる……」

「冗談もほどほどにしたら? ゴミ」


 少女が刀を振った。紫色に輝く斬撃が、再び舞目がけて宙を滑る。それを見て、舞はゆっくりと手のひらを目の前に突き出した。先ほどのCe粒子を体外から体内に収束させ、一気に放出させたあの現象を、もう一度起こそうと考えていた。色は違えど、Ce粒子だ。もし、相手のCe粒子でさえ収束できれば、死ぬまでには至らなくとも、大きなダメージを与えられるかもしれない。ただ、もしそれができなかった場合は再び窮地に陥るかもしれない。彼女にとって大きな賭けだった。


「うあああ――――――!!」


 舞は大きな声とともに、赤いCe粒子を収束させる。大きな渦のようにうねる赤いCe粒子が彼女の手のひらに球体となって集まっている。そして、彼女の赤いCe粒子と一緒に、少女が放った紫色の斬撃もまた、手のひらの球体に収束されていった。


「なんで……!? 私の【一鬼刀閃】が……!? どうして……!!」

「くらえ――――!!」


 舞は、少女目がけて収束した球体状の赤いCe粒子を放った。リビングが赤く照らされれば、音速の速さで放出されたCe粒子は少女の右腕を吹き飛ばした。放たれたCe粒子はそのまま空中へすうっと消えていった。


「はあ、はあ、はあ……私、やれた……?」


 大量のCe粒子の使用、そのうえ初めてだった舞の身体にはかなりの負担がかかったのか、彼女は息を切らしていた。


「……ふふふ……ははは……あははははははは!!!! そう、そうだ。そうね、つまりお前も、あいつの娘だもんね!! そりゃそうなるわ!!」


 少女は初めて大声で笑った。それが何を意味するのか、舞には分からなかった。腕を失ってもなお平然としているどころか、笑う彼女を見て気味の悪さを覚えた。


「もう次は喰らわない。今度こそ殺してあげる」

「……!!」


 少女の吹き飛ばされた腕の付け根が青く輝くと、一瞬のうちにその腕が再生した。さっき自分の身体に起きた【急速再生】という現象だろうか。傷どころか吹き飛ばされた腕さえも再生するとは、さすが吸血鬼、やはり化け物じみてる。


「こっちだって、次は――」


 その時、舞の身体の中を動く動力が不意に途切れた。そのためか、よろけて体勢を安定させることができない。


(なんで急に……! このまままじゃあいつに……!!)

「Ce粒子を使いすぎたようね。まあ、素人に使いこなせるものじゃないから。例えあいつの娘だとしても、ね」


 少女の声色は少し弾んているように聞こえた。しかし、そんなことが今の舞には関係ない。今にも倒れそうなこの状態を何とかしなければ……。すると、バンっと音を立てて玄関のドアが開けられ、次には複数の人物が足音をバタバタと鳴らして廊下を進んでいるのがわかった。そして、二人の男女がリビングに現れた。


「そこまでだ、『黒仮面』」と、男が言う。

「成人男性一人の殺人と、その娘の殺害未遂――今すぐ討伐する」と、女が言った。


 そこに現れたのは、二人の男女。

 男のほうは180以上あろうかという身長に、少し癖のある黒髪、目の色は蒼く、整った顔だちをしていた。衣服は黒いジャケットを羽織って、そのコートの右胸と左腕に月と刀を象った銀色に鈍く輝くエンブレムが施されていた。そして下半身には市販で売っていそうなジーパンを穿いていた。

 女は年齢は舞とそう変わらないように見え、身長も舞と変わりなかった。灰色に彩られた髪は彼女の腰のあたりまで伸び、少しの風でも靡いている。目は茶色をしていて、顔はかわいいというよりも美しい、というほうが正しい。そして衣服は同じ所属なのだろうか、男性の方と同じジャケットを羽織っており、下半身のみ男性と異なり黒色のミニスカートにストッキングを穿いていた。


「おっとお……さすがにこのレベル二人の相手はきついなあ……」


 現れた二人を見て少女は焦りの声を漏らす。


「ちょっと名残惜しいけど、私はここらで帰らせてもらおうかしら。それじゃあ!」


 少女は直ぐにひるがえし、庭へ走り去ると、男性が彼女を追いかける。庭に辿り着いた少女はそのままそこから飛び去って行った。


御影みかげ! お前はそこでその女の子を保護!」


 男性は赤い粒子を発生させると大声で家の中にいる少女に告げ、刀に変化させる。


「わかりました。隊長は?」

「俺はちょっくら鬼ごっこだ。援軍呼んどいてくれ」

「了解」


 隊長と呼ばれたその男性は少女の後を追いかけるように、庭から飛び去って行った。舞は状況についていけず、ついにその場に倒れかけた。そんな舞を、黒いジャケットの少女――御影は抱きかかえて支えた。


「あいつを……殺さないと……殺す……殺す…………お……父さん……」


 舞はそうつぶやくと、そのまま気を失ってしまった。ここにきて、今までのダメージ……精神的にも、肉体的にも大きなダメージが来たのだろう。気を失って目をつむる彼女の顔はとてつもない疲労を感じさせるものだった。

 そんな舞を見て御影は気の毒だと思ったのか、舞の頭を一回撫でた。


「……また、か」


 御影のそのつぶやいた言葉は、荒れ果てたリビングルームに静かにこだました。



  VAMPIRE KILLING 02



 舞は、その身に起きた劇的な出来事とは裏腹に、静かに目を覚ました。普通ならば、悪夢などを見て叫び声をあげながら目を覚ましたりするのだろうが、そんなことは一切なく、それ以前に、夢すら見ないほどの眠りについていたようである。

 目を覚ました舞の視界に入ったのは真っ白に塗られた見知らぬ天井だった。彼女は自分にかぶせられている布団を退けて、身体を起こした。病院なのだろうか、ベッドの周りには小さい机の上にペットボトルの水だけが置いてあった。彼女の寝ていたベッドの左側には外の景色が見える窓、右の壁に外へと通じるドアがあった。そのドアがゆっくり開くと、灰色の長髪のあの少女が現れた。服装は依然と異なり少し長めのスカートに赤色のパーカーと軽装だった。


「目が覚めたのね。おはよう」


 上半身を起こした舞に向かって御影が言った。


「あ、え、その、おはよう……?。あの、私はなんでここに……?」

「気になっている様ね。一つずつ説明していくわ。まず、ここで寝ていた理由。あなたはあの家で気を失ってしまった。過度の体力への負荷と精神的疲労が主な理由よ。そしてそのあと私がここまで運んで、一週間はあなたは眠りについていた」

「一週間も!?」思わず舞は大声を上げる。

「ええ。でも気にすることはないわ、Ce粒子を使い始めたころにはよくある話だから。そして二つ目、ここは何処か。あの時あなたが戦った相手はもう察してると思うけど吸血鬼よ。対して私たちはその吸血鬼を倒す者――【血鬼祓バルトツィスト】。ここはその血鬼祓たちの日本部隊【月鬼隊げっきたい】の基地の医療室よ」

「血鬼祓……そんな人たちが、本当に……。私、あの時『あの子』と戦うまで血鬼祓どころか、吸血鬼さえ信じてなかった……」

「仕方ないわ。私たちと吸血鬼達の存在は徹底的に隠されてるもの。私たちの組織……というか、上の命令でね」

「上……? 月鬼隊って、世界にも?」

「この東京にある月鬼隊は、一九〇〇年に設立されたの。そしてそれから四年後、国際組織として【血鬼祓国際機関(Valtist International Organization)】、通称VIOが設立された。当時の日本政府もその機関に参加していた。よって、月鬼隊はその国際組織の傘下……というより、日本支部という立ち位置になったの」


 御影は淡々と自ら所属する組織の概要をぺらぺらと話していく。そんな世界的に隠されている組織のことを簡単に言いふらしてもいいのだろうか、と舞は内心疑問に思った。


「もし吸血鬼が知れ渡って、Ce粒子を原理を理解・悪用された場合、取り返しのつかない事になる可能性がある……私たちの存在が世間に隠されているのはその為。あの時の戦いも『人間による殺人』として処理されたから」

「あの時……そうだ、『あの子』……お父さんを殺した『あの子』はどうなったの!?」


 思わず舞は御影に詰め寄った。御影はそんな舞を見て冷静に答える。


「あの子……『黒仮面』は隊長たちがあの後追跡して、あと一歩のところまで追いつめた。けど、逃げられてしまって。捜索したのだけど、結局見つからずに一時的に捜査は打ち切りになったわ」

「そ、そんな……」


 舞の顔に悲壮の表情が浮かぶ。


「あの時、あなたがCe粒子を使って『黒仮面』と戦ったことは覚えている?」

「え、うん……」舞はうなずく。

「私たち血鬼祓は、体内にあるCe粒子を目覚めさせて吸血鬼と戦うの」

「え、でもその……『黒仮面』の話じゃ、吸血鬼化しちゃうって……」

「それは何の対策もしなかった場合。血鬼祓は【バクス】……吸血鬼の体内に存在する特殊なウィルスから作られた薬品を投与することである程度Ce粒子の暴走を抑えるれる。あなたにも今それが投薬されてるわ」

「だから私は今でも……」


 もし暴走し、吸血鬼化していれば……考えるだけでも恐ろしかった。


「今のあなたには血鬼祓になれる状態にある」


 御影は大きく息を吐いた後、舞に再び真剣なまなざしを向ける。


「血鬼祓に……?」

「ええ。体内のCe粒子を操って、吸血鬼を倒す力があなたにある。強制はしない。自由に決めればいい。答えは早くなくてもいい、少し考えてから――」

「なる」


 遮るように舞が言った。あまりにも早い言葉に、御影の表情にも驚きの様子が見えた。


「……本当にいいの?」

「うん……。私、あのとき決めたの。お父さんを殺したあいつを倒さなきゃって。生き残った私が、やらないと。私が、倒さないと」


「……私はお勧めしないわ」

「な、なんで? それならそんな事、私に聞かなくても……」

「昔、私と同期だった吸血鬼の被害者が血鬼祓になっていくのを見た。今のあなたみたいに復讐するといって意気込んで。でも、その人たちは結局、吸血鬼に無残に殺された。信じられないくらい容易く。結局、親を殺され、自分も殺された。そんな無意味な人生、他にある? 今ならまだ道を帰れることができる。ここには記憶消去装置だってある、吸血鬼のことも血鬼祓のことも忘れて、平穏な日常に――」

「……バカにしてるんですか?」

「バカにしてるように見える?」

「私が、そんなに弱く見える? そりゃ、ちょっと死にかけたけど、私は自力で、あの吸血鬼の腕を吹き飛ばした……。もう私は後戻りする気はないよ。戦うって決めたから。それに……記憶を消してはいさようならってそれ、うそでしょ?」

「……」


 御影は少し驚きの表情を見せる。


「なんでわかったの?」

「だって、記憶を消してもCe粒子は消すことはできなさそうだから?」

「……なるほどね。でも、記憶が消されるのは本当よ。そして、記憶を弄ってCe粒子を抑制する薬【バクス】を一週間に一度飲むように刷り込ます。それでも、血鬼祓になって無駄に吸血鬼に殺されるよりもマシだわ」

「かもしれない。けど、私は何度だっていうよ。そんなことはしない。私は戦う」

「譲らない気ね」

「もちろん。それに、父親を殺した相手をむざむざと放っておいて、ほかの人に処理を任せれるわけないじゃない」


 そう語る舞の目は、底知れぬ力強さがあった。御影は舞を見ると、何とも言えぬ表情になって、ふいに視線を舞から一瞬外した。


「正直、私はもうあなたみたいな子が無意味に死んでいくのは見たくない。血鬼祓になるというのなら……訓練期間の二年以内に、【血能アビリティ】を発生させて、少なくとも首席まで登り詰めなさい。それが条件よ。もしできなければ、記憶消去行き」

「【血能】……?」

「Ce粒子を何度も使っているうちにその人にだけ使えるようになる超能力の様なものよ。副隊長以上のクラスの人たちはみんなこれを持っている」

「それを二年以内に使えるようになれば……?」

「ええ。訓練期間はあまり吸血鬼との実戦はないから、血能が現れる可能性は低いけどね」

「わかりました。やります」

「簡単に言うけど、そんなに甘くないよ?」

「わかってる。でも、やるだけやらないと。やらなきゃ可能性は零、なんだし」

「……ということです、支部長」


 御影は背後にあるドアに向かって行った。


「支部長……?」


 舞はそのドアに視線をやると、一九〇はあろう身長で、黒いロングコートを着た初老の男性がゆっくりと部屋へ入ってきた。コツコツ、と履いているブーツの音が鳴り響き、御影のすぐ横に立ち止った。御影の身長と比べると、かなりの差があった。


「そう、支部長――【月鬼隊】本部長及び【血鬼祓国際機関】東京支部長の――」

血業和広ちぎょうかずひろだ。初めまして、朝霧舞君」


 血業和広と名乗るその男は、重く響くその声で舞の名前を呼ぶと、軽く頭を下げた。


「は、初めまして……」


 その数多もの戦場を経験していそうな険しい顔に圧倒された舞は思わず声を震わせた。


「ふふ、そう怖がることはない。これでも君と同じ人間だ。さっきの言葉、聞かせてもらったよ。君には興味があってね、そこの夜嶋御影(やしまみかげ)君に少し試させてもらったんだ。よかったよ、君がそう強い心を持っている人で」

「え、えっと……ありがとうございます……?」

「どういたしまして。君の決意表明が聞けてなによりだ。君には期待している。二年後、君が血鬼祓として活躍しているのを、心待ちにしておこう。……おっと、仕事の途中だったんだ。それでは」


 血業は舞に微笑みかけると、来た方向へくるりと向きを変え、部屋からゆっくりと出て行った。


「良かったわね、訓練前から気に入られて」

「本当に良かったの……? なんだか、ちょっと怖かったんだけど……」


 舞はひきつった表情で言った。そんな舞を見て、御影は小さくため息をついた。


「はあ、支部長で怖がってるくらいじゃ吸血鬼なんか相手にできないわ? 私もそろそろ行くわね。今日は一日ゆっくり休んでおきなさい。明日から訓練が始まると思うから」

「わかった。ええと、夜嶋御影ちゃん、だっけ?」

「そうだけど、何か? 朝霧舞」

「これからよろしくね!」


 舞は、屈託のない笑顔で御影にそう言った。御影は舞を少し見つめてから、ふと身体をドアに向けて歩いて言った。


「よろしくするかどうかは、二年後に決めるわ」


 御影はそう言い放って、部屋から出て行った。


「……よし、私……頑張るぞ……」


 舞は静かになった部屋で一人呟き、ぼふっと布団に埋もれた。






「――支部長」

「どうした?」


 【月鬼隊】の基地のどこかの廊下、血業と御影は二人並んで歩いていた。


「なんであんなに、あの子に入れ込んでいるんですか?」

「入れ込んでなんかいないさ。ただ、しっかりと見張っておかないといけないだろう?」

「……あの子が、彼の娘だから、ですか?」

「それもあるだろうが……なによりももっと重要なことだ」


 血業が立ち止ると、御影も少し遅れて立ち止る。彼は胸ポケットから煙草を一本取り出し、ライターで火を点けると大きく煙を吸って、また大きく煙を吐いた。


「あの子が、朝霧舞が――『あの少女』の双子の姉、だからだよ」

「だとしたら、本来ここへ迎え入れるべきじゃないでしょう。同じ過ちを繰り返すつもりですか? あいつのせいで何人死んだと思ってるんです」

「――仕方ないだろう。私とて不安要素しかない。だが、これは『組織』の命令だ。『真祖十三血鬼』の共を葬るための一つのピースとなりうる、だそうだ」


 そういう血業の顔は、さっきよりも険しく見えた。


「……あの子が?」

「まったく、中間管理職ってものはいつになっても慣れないな」


 煙をふかした血業はぼそりと呟いた。







 人類と吸血鬼。

 光と闇。

 相反する二つの勢力。

 終わりなき戦いの歴史。

 『殺戮』の名を冠した始まりの幻想ものがたり

 運命さだめに囚われた少女の戦いが、今ここに動き出した……。


 『VAMPIRE KILLING』 

 

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