第23話 盗み聞きされる

 ミッチェルは痺れを切らして自室を出た。夜はいつも一緒にすごしているのに、日が沈んでずいぶん経ってもルシアはやってこなかった。おおかた店の計画でも練っていて時間を忘れているのだろう。王である自分が自ら女を出向くことになろうとは、昔の自分は想像だにしなかった。

 わたしも落ちたものだな。ミッチェルは自嘲気味に口角をあげた。

 いっそのこと何か贈り物でもしようか。ルシアはほかの女とは違うから、値の張るものを贈ったとしても喜びはしないだろう。

 顎をなでながら思案していると、前方に痩せたロイの姿が目に入った。下を向いてはいるが、急いた様子の目的を持った歩みに、好奇心が刺激された。何か考え込んでいるのか、あとをつけられていることに気づく気配はなかった。

 ロイは大人とはいえない。だが子どもでもない。わたしが十六のころにはすでに女の味を知っていた。

 ロイの気に入った女は誰なのだろう? 女によって自信がつくなら願ったり叶ったりだが、大人といえないまでも男にハーレム内を自由に歩き回らせるのは正しいことではない。

 ルシアに現を抜かしてすべきことをしないでいたが、ロイのことは早々に何とかしなくては。

 我が目を疑い、つんのめるように足を止めた。

 ロイは彼と同じ場所を目指していたのだ。

 ドアの前でロイはしばらく自分のつま先を見つめていたが、ようやく拳に握った手の甲を数回ドアに打ちつけた。

 「どうぞ」

 ルシアの声が誘うようにドアの向こうから聞こえた。

 ロイがためらっているとルシアの淡い色の頭がドアの隙間からのぞき、驚いた様子もなくロイの手を引いて部屋の中に消えた。

 ミッチェルはルシアの部屋のドアにもたれかかって、中の様子に耳を澄ませた。

 「待ってたのよ」

 ルシアの穏やかな声が聞こえる。

 「あの、僕…」

 緊張しきったロイの声が途切れ、ベッドが軋む音がした。

 「とりあえず座ったら?」

 もう一度ベッドが軋む音がして、ロイも腰を下ろしたことがわかった。

 二人は何をするつもりなんだ? 体を重ねるつもりだとは思わないが、だとするとわたしには見当もつかない。そもそもルシアのすることを予測できたことがあったか?

 「僕…あれからずっと考えていたんです。それで、あの…」

 ルシアが辛抱強くロイを見つめている様子が目に浮かんだ。

 「ええ。答えは見つかった?」

 しばらく沈黙が続いたあと、ロイの囁き声がした。

 「シアは、どうしてそんなふうにしていられるんですか?」

 「そんなふうって?」

 「人と違うのに、ふつうに…何でもないってふりを」

 ルシアの軽やかな笑い声が響いた。

 「私のことをそんなふうに思ってたのね」

 「ごっ、ごめんなさい。僕、帰ります」

 「待って。私の話を聞くまでは帰さないから」

 衣擦れの音にルシアのため息が続いた。

 「長い話になっちゃうんだけど。私ね、小学生のころ好きな男の子がいたの。スポーツ万能でかっこいい子だったんだけど、ある日、その子に言われたの。おまえの髪、何でそんな変な色なんだって」

 「でもシアは平気だったんですよね」

 ルシアの小さな笑い声が聞こえた。

 「そう思うでしょ。それがそのときはショックで、次の日、学校を休んじゃったの。たった一言で百年の恋も冷めちゃった。今、思えば大したことじゃないのにね」

 「じゃあどうして、平気になったんですか?」

 急にルシアの声が哀愁を帯びた。

 「私には弟がいるの。あの子も私と同じように髪の色が淡いけど、一度だってそのことを恥じたことはない。きっとつらい思いをしたこともあるはずなのに、いつだって自分の髪を自慢にしてた。あの子、いつも言ってたの。この髪を馬鹿にする奴は、羨ましいんだって」

 「それで彼は?」

 「ちょうどあなたと同い年でね、この髪のおかげで女の子にモテモテなんだって自分で言うのよ。あの子、お調子者だから…。実を言うと、あなたをあそこから助け出したのはあの子と同じ歳だったからなの。あの子のことを思い出して、それで…ごめんなさいね、ロイ」

 鼻をすする音が聞こえた。

 ルシアは泣いているのか? 胸が罪悪感で締め付けられた。

 ルシアは家族と突然離ればなれにされたというのに、わたしは彼女をそばにいさせることしか考えていなかった。

 「だとしてもかまいません。あなたは僕を救ってくれた…でもあいつは、僕のことを怪物だと言った」

 「あんな奴の言うことなんて気にしちゃだめ」

 ルシアのかすれた声がすかさず答えた。

 「父さんも母さんも僕を恥じていた」

 「ロイ、ごめんなさい。でもあなたの親は馬鹿よ」

 「僕は親に捨てられた」

 「捨てられたんじゃない。あなたが親を捨てたの」

 ロイがゆっくりと息を吸い込み吐き出した。

 「シアは外に出るときはいつも髪を隠してますよね」

 「ミッチェルが目立つからって」

 「僕の目、シアはどっちがより…美しいと思いますか?」

 「そうね。あえて言えば緑かな。夏の日差しに包まれた若草のように鮮やかな色をしてる」

 「じゃあ、青いほうを隠すことにします」

 「えっ?」

 「店で働くなら僕の目もシアと同じように隠さないと。だってみんなを羨ましがらせたら悪いから」

 「…そうね。じゃあ一緒にお店の計画を練りましょ。私、テラスを作りたいんだけど、どう思う?」

 「それはいい考えですね。店には植物を置くっていうのは―」

 ミッチェルはそっとドアから離れると、静かにルシアの部屋をあとにした。

 一晩くらいルシアをロイに譲ってやろう。彼女はいつだってわたしのそばにいるのだから。

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