第18話 捧げられる

 「お帰りなさい」

 ミッチェルは昨日と同じように口づけを落として微笑んだ。

 「どうだった。上手く乗れたか?」

 無理やり小さな笑みを浮かべた。

 強張ってなければいいけど。

 「今日は乗ってないの」

 「どうして。怖くなったのか?」

 ミッチェルの首に腕を回して体をこすりつけた。

 「別にいいじゃない。今日はしてくれるんでしょ」

 ベッドに押し倒され、手を頭の上で押さえつけられた。

 「何を隠してる? さっきのは作り笑みだ」

 彼の目が曇るのを見たくなくて目をそらした。

 「ベンに聞いたの。あなたが彼の仕事を奪ったと」

 ふっと腕を押さえつける重みがなくなったと思うと、彼は隣に寝転んで目を閉じた。

 ベンに聞いたことをミッチェルに伝えた。それを聞いても彼は何も言わなかった。

 「あなた、言葉足らずだったんじゃない? 『おまえの仕事はもうない』なんて。望んでたのは、ベンをゆっくり療養させること―ちがう?」

 「どうしておまえはわたしよりもわたしのことを理解してるんだ?」

 今度は本物の笑い声を漏らした。

 「『自分の所有物は大事にする』って言葉は悪いけど、それは命に代えても大事なものは守るってこと。あなたはそういう人だもの」

 彼の熱を帯びた琥珀の目でじっと見つめられた。

 「おまえが欲しい。いますぐに」

 「べつに、いいけど」

 にっこりするとミッチェルはさながら闘牛士のように目の前で青いスカーフを振った。

 それでルシアの両手首とヘッドボードを複雑な結び方でつないだ。

 「引っ張ってみろ」

 言われたとおりにしたがびくともしない。きつくはないがミッチェルがそうしようと思わなかったら、決して戒めを解くことは出来ないだろう。

 その様子を見て彼は満足そうにベッドを降りた。

 ミッチェルは女を縛り付けて興奮するタイプなの? 私にはそういう趣味はないんだけど。

 彼なりの準備を整えたミッチェルが上に被さってきた。

 怖くはない。彼に傷つけられるとは思わない。

 だがそれも銀のきらめきを目にするまでだった。月明かりを反射させるそれは鋭く、まがまがしい様相を見せている。

 「何を―ミッチェル?」

 声が裏返った。

 彼は悪魔のような笑みを浮かべて剃刀を私の顔に寄せた。

 「今から罰を与える」

 冷たい剃刀で肌をなでられると、通った跡に鳥肌が立った。

 「私、痛いのは―」

 脚の間に石鹸をこすり付けられて彼の考えてることがわかった。

 「やだっ、そんなの。やめて」

 「動くんじゃない。危ないだろう」

 剃刀が滑りだすと、彼が誤って肌を切ってしまわないように息をするのにも気を遣った。

 彼が剃刀をゆすぐ間に再び抗議を試みた。

 「ミッチェル―」

 「心配するな。おまえを傷つけたりしない」

 「そうじゃなくて、むきだしにされると―」

 声を揃えて言う。

 「恥ずかしいの」

 「興奮する」

 笑うとミッチェルの口から白い歯が覗いた。

 「すぐにわかるさ」

 また剃刀をあてられたので息を止めた。

 しばらくするとぴたりとミッチェルが動きを止めた。

 ようやく終わったの?

 指先で肌をなぞられて息が抜けた。

 「これは何だ?」

 「何―?」

 腕を上に伸ばしているから彼の言うものが見えない。

 「星だ。ここに星がある」

 「星…? ああ、母斑よ。もうずっと見てなかったから忘れてた」

 非難めかした口調で言う。

 「あなたがこんなことしなかったら、一生、見ることはなかったのに」

 ミッチェルは身を起こして意味深に私の顔を見つめた。

 「星抱く乙女…星とはおまえの髪のことじゃなかったんだな」

 眉を上げて彼を見返した。

 「何のこと? それよりもう終わったんなら、これ、解いてくれない? 丸焼きにされる前の豚みたいな気分なんだけど」

 「いや、生け贄の子羊だな。わたしに捧げられた貢物」

 ミッチェルは母斑のある場所に唇を押し当てた。

 


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