第16話 気づかされる
「何を考えている?」
ルシアはミッチェルの裸の胸から顔を上げた。
彼は寝るときはいつも素っ裸だった。今日は彼に丸め込まれて何も身につけていなかったから、彼の熱い体に触れる素肌がむずむずする。
「あなたがそうしているのには訳があるんだろうなって」
たこの出来た手のひらに撫で下ろされた背中があわ立った。
室内にこもって事務仕事ばかりしているなら、こんな風に手が荒れたりしない。彼が町の人々のように熱心に外で働いている証だ。
「何のことだ?」
「奴隷のこと。私は人間があんなふうに扱われていいとは思わない。私のいたところでも高貴な血だとか、卑しい血だとか差別する人がいたけど、どんな人もみんな同じなの。だけど人が人を所有することを、王であるあなたが認めてる。それにはあなたなりの考えがあるのよね?」
彼の心臓は力強くリズミカルに打っている。
「おまえには見せたくなかった」
「どうして? 私は不条理なことを知らない小娘なんかじゃない」
「…そうだな」
「奴隷を全て買い取ってはいけないの? あそこにいるよりも不幸にはならないでしょ」
「わたしも彼らがあんなふうに扱われていいとは思っていない。だがこの国を支えているのは勤勉な民たちだ」
ああ、そうか。彼が何を言いたいのかわかる。
奴隷を宮殿に住まわせることにしたら、誰も働かなくなってしまう。いったん奴隷に身を落とせば、待っているのは衣食住の約束された王宮暮らしだもの。
「そうね…。そもそもどういった人が奴隷になるの?」
「さらわれた者や、親が奴隷だった者。仕事がない者もいる。誰かに所有されれば、少なくとも食事にはありつけるからな」
悲惨だ。奴隷の子どもは奴隷だなんて、生まれたときからその子たちの運命は所有者に委ねられている。決して抜け出すことの出来ない負の連鎖。
そして食べるのに困るからといって、自ら誰に買われるともわからない立場になるなんて。相手は人間を人間だとも思わない腐りきった奴ばかりなのに。
「あなたは王だから、もしも変えたいと願えば―」
「確かに王だ。だがそれは全てを自分の思い通りに出来るということではない。王なんて所詮は民の代表でしかないんだよ。何か国に問題が起これば対処する。上手くいっている間はいいが、失敗すれば反乱がおき、さらには反旗を翻される。そうやってどの国も攻防を繰り返すんだ」
彼は大きな立場であるが故に、身動きが取りにくいのだ。
市場で人ごみにもまれるミッチェルの姿が蘇ってきた。
でも私は…。私なら自由に動き回れる。
「気にしないで。責めてなんかないから」
みんなが幸せになれるように。
それが私がここにいる理由なのかもしれない。
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