第3話 見世物にされる

 目の前で黒い馬車が止まった。四頭の馬を操る御者は私を見て口笛を吹いた。

 馬車からは大きな男が二人出てきた。一人は筋肉質だがすらりとしており、小洒落た服を着ている。一際目を引く剣は、その様子から察するにただのお飾りだろう。後から降りた方は、がっしりとした体つきでモカ色の肌をしており、いかにも教養のなさそうなタイプだ。出来るのは力仕事だけといった感じ。共通するのは服装が観客よりも立派だということと、どちらも黒い髪をしているということだ。

 辺りを見まわせば皆が黒い髪をしている。染めたりしないのかな。

 私自身は祖父の影響で―つまりクォーター―生まれつき淡い髪の色だった。茶色とも金色とも赤色ともいえる色合いで、日のあたり具合や時間帯、その時々によって微妙に変化する。今は濡れて黒っぽくなっているけれど。

 祖父の影響は私の名前までにも及んでいた。ノスタルジーに駆られた祖父は私をルシア―Russia―と名づけた。まさか国名をつけるなんてと思うところだが、両親はいたく気に入った。

 無意識に落ちてきた髪をかきあげて男たちを見た。

 彼らはこの騒ぎの原因が当然私にあると気づいたようで、目を細めて近づいてくる。

 唇を舐め、彼らの注意を自分からそらしたくて横を向いた。

 黒く大きな影が私の上に落ちた。

 「おい女、その男を殺したのか?」

 目を上げて後悔した―筋肉馬鹿の方だ。慌てて目をそらした。

 「お前に聞いているのだ、女」

 伊達男は脇に控えて、腰に差した剣に手を沿え辺りに注意を払っている。飾り物の剣じゃ脅しにもならないだろうに。

 「ああ、私のこと? えーと…死んではないんじゃない?」

 気づかなかったフリをしたが自分でも白々しく聞こえた。一応倒れた男に目をやり、胸が上がっては下がり、また上がるのを確かめた。

 「では一体この男に何をしたんだ?」

 命綱にした男の上腕をつぶさに観察した。

 痣にはなっていない。ということは、彼の腕を握りつぶしたわけではない。ひいては彼が倒れたのは私のせいではないということだ。

 「彼は勝手に倒れたの」

 筋肉馬鹿が思案するように腕の筋肉を盛り上がらせて顎をなでた。

 「ほお…」

 そして辺りを眺めて、近くにいた六才くらいの少年を手招きした。近くといっても、五メートルは離れている。

 少年は母親と思しき女性を見上げて、判断を仰いだ。母親が背中を押すと少年はおずおずと進み出た。それでも気力がくじけたのか、あと二メートルというところで足を止め、不安げに母親を振り返った。

 筋肉馬鹿は小さく舌打ちをした。聞いたのは私と伊達男だけだろう。

 「坊主、こっちへ来い。噛みついたりしないから」

 彼は片膝を地面について、姿勢を低くしていた。そして優しい声色を使った。少年はその声に勇気付けられ彼の元へとやってきた。

 意外に優しい面もあるんだ。

 彼がこちらを指差した。

 「あの女が哀れな男に何をしたのか見ていたか?」

 少年は小さく、だが何度も首を縦に振った。

 「はい、はい。僕、見ました。あの女の人は彼の腕を掴んでいたの。それで彼は悲鳴を上げて、ばったり倒れたんです」

 「そうか。おまえは正直だ―」

 彼はちらりと私に射るような眼差しを向けてから、ぴったりしたズボンのポケットに手をいれ、銀貨を一枚取り出して少年に渡した。

 「これは褒美だ。もう行っていいぞ」

 少年は手にした幸運が消えてしまわないように両手でしっかり握り締め、彼に深いお辞儀をしてから母親のところへ駆けた。

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