【32】蒼竿銃


 ────晴矢はれやの腕に伝わるうねりの大きさが、先ほどの比ではない!


「う、腕が千切れそうだぜ!!!」


 荒れ狂う渦の中に、手を突っ込んでいるかのような感覚だ。

 少しでも力を抜けば、肘から先がもぎ取られそうなほどの激しいうねり。

 左手で右手首をグッと掴んで支えていないと、どうにかなってしまいそうなほどにのたうち回っている!

 シートベルトを締めていなければ、身体ごと振り回されていたかもしれない。


 自然と全身から汗が吹き出して、額から鼻筋、顎の先まで滴り落ちる。

 すでに足元は青い光に満たされ、魔人軍の姿すら見えない。


「グスタフ!」

「おう、心配すんな。ヤツらはそこにいるぜ」


 グスタフの声とともに、ミラーレンズゴーグルいっぱいに紫の影が映り込む。

 どうやら魔人軍は、大きく膨らんだ光球に恐れをなして、てんでバラバラに逃げ惑っているようだ。

 その中で、微動だにしない一団。


「あれが本隊だな……!」

「一匹たりとも逃すんじゃねーぞ。本隊ごと、まとめてぶっ飛ばしてやれ」

「ああ! もちろんさ!!」


 「ドーン、ドーン」と響く衝撃音。

 おそらく、魔人軍本隊が放つ火の玉だろう。

 だが、全方位に再展開された防護シールドによって、微動だにしないでいる。


「(イケる……!!)」


 狂気が背中から吹き出して、サンダードラゴンウイングが意志を持っているかの如く、ブワッと大きく開く。

 心の奥底で高鳴る、サンダードラゴンの大咆哮。

 全身に力が漲って、右腕に纏わりつく精霊力をグッとばかりに抑えこむ。


「……行くぜ……!」


 突き上げた右拳を、ゆっくりと左肩の後ろに構え直す。

 そして────!!


 怒りにも似た感情が込み上げてくると同時、拳を左斜めに振り払った!


「────薙ぎ払えっっっ!!!」


 ドヒュゥゥン!!!


 閃光が弾けて、放射状にフヒュンと広がる!

 そして一拍の静寂のあと……!!!!


 ズドドドドドドンッ!! ズドシャオォォォォォォォォォンンンッッ!!!!


 ザンと放射状に土埃が舞い上がり、暴風が「ドヒュオオオオオ!」と巻き起こる。

 数十本の電撃のうねりが四方八方に迸って周囲の森を薙ぎ倒し、天空城がまるで大波に漂う木の葉のごとく揺れ動く。

 魔人軍は一瞬にして黒い靄と化し、荒々しい強風の中に掻き消えた。


 あとには、天高く沸き立つきのこ雲と、荒れ狂う風と電撃。

 最後に「ガラガラ、ドシャァァァン!!」と雷が地表に轟いたあと、舞い上がった土煙はゆっくりと宙に霧散し始めた。


 天空城の揺れも収まって、辺りをヒュウヒュウと風が駆け抜ける。


 ミラーレンズゴーグルに映る紫の影は、一片もない。

 あの、魔人軍本隊もだ。


「よっし! やったぞ!!!」


 思わずガッツポーズをする晴矢の声に、操舵室でマヨリンとルナリンも歓喜の声を上げた。

 杜乃榎とのえ兵たちからも上がる大歓声。

 口々に「ミクライ万歳」を叫び、いつしかそれは大合唱となっていた。


 その中で、グリサリだけが、まだ信じられぬといった表情で、モニタースクリーンを眺め回している。


「よぉーし、ひとまず戦闘は終わり! ウズハたちを迎えに行こう!! 進路を西に取れ!」

「わぁーい、なのです! ウズハお姉さまに会えるなのですね!」

「ルナリン、超絶感激なの……」

「お待ちください、ミクライ様! 何者かがこちらに!」


 グリサリの指差す方、確かに1人の男の姿があった。

 ────あの、赤髪の仮面男だ!!


「飛んでいる、だと!?」


 腕を組んだ状態で、弾丸のように真っ直ぐ天空城に向かって飛んでくる!


 そしてやにわに両腕を広げると、ビターンと天空城の防護シールドに張り付いた。

 ────いや、張り付いているのではない!

 防護シールドに、グッと両手の爪を突き立てているのだ!


「何をする気だ!?」


 晴矢もゾッとした寒気を感じずにはいられなかった。

 あの、超虹雷砲スーパーグライキャノンをくぐり抜けてきた男だ。

 どれほどの力を秘めているか、想像もつかない。


 赤髪の仮面男の頭上で金切り声を上げる黒い渦。

 右頬の赤い十字の痣が煌々と輝き、突き立てた指先から、シュワシュワと煙が立ち上っている。


「防護シールドを破る気なのです!?」

「ウソだろ!?」


 こんな至近距離では、超虹雷砲スーパーグライキャノンすら放てない!

 悪い予感が頭の中を駆け巡る!

 だがしかし、晴矢に残された手段など、もはや何も無かった。


 このままヤツに侵入を許せば……やられる────!!


 と、スクリーンの片隅に、赤髪の仮面男に向かって銃を構える杜乃榎兵がいた。

 あの、一人で前線に立っていた男だ。


 長髪を後ろに長く束ね上げ、無精髭が短く伸びている。

 背が高く、ヒョロっとした体型の優男だ。


「ゴラクモ!」

「父上様! 父上様がんばってなのです!」

「父上様の『蒼竿銃ブルーロッドライフル』は、ルナリンの次に超絶最強……」


 歓声をあげるマヨリンとルナリン。


 そして赤髪の仮面男が、両腕をクロスさせるようにして、天空城の防護シールドを引き裂いた瞬間!


 「ターン!」と乾いた銃声が轟いて、青い閃光が赤髪の仮面男の右肩をかすめた!

 赤い血飛沫がわずかに飛び散り、赤髪の仮面男の身体がユラリと揺らめいた。


 ゴラクモはすぐさま薬莢を掻き出して、次の弾を込め直す。

 赤髪の仮面男が右肩を抑えながら憎々しげに顔を上げると、頭上の黒い渦が一際大きく膨らんで回り始めた!


「父上様、危ないなのです!!」


 マヨリンが悲鳴を上げた時、赤髪の仮面男の目が真っ赤に煌めいた!

 そしてゴラクモ目掛けて、レーザービームが迸る!


 ゴラクモがサッと長銃を構えたその瞬間、放たれたレーザービームがゴラクモの脳天を撃ち抜いていた!


 ビシュゥンッ!!


 ガクンと後ろのめりにゴラクモの首が折れ曲がる!


「ひっ!」

「ふゃっ!!」


 マヨリンとルナリンが同時に悲鳴を上げて、犬耳をパタリと倒して目を伏せる。

 しかし次の瞬間!!!


「へっ!?」


 後ろに折れ曲がっていたはずのゴラクモの首が、カクッとばかりに元に戻ったのだ!

 思わず素っ頓狂な声を上げる晴矢が見守る中、口元に薄笑いを浮かべたゴラクモが長銃の引き金を引いた!


 タァーーーンッ!!


 今度は赤髪の仮面男のど真ん中!

 鳩尾を撃ち抜いて、その背中から大量の血飛沫が飛び散った!


 電撃が赤髪の仮面男の全身を駆け巡る。

 身体をくの字に折り曲げて、苦悶の表情を浮かべるしかない赤髪の仮面男。

 その目は大きく見開かれ、口からビシャリと鮮血を吐き出した。


 右頬の赤い十字の痣は黒へと変色し、頭上の黒い渦は弱々しく瞬いたあと、フワンと宙に霧散する。

 そしてグラリとその身体が揺れた後、赤髪の仮面男の全身に丸いコブがボコボコと沸き立ち始めた。


 やがてコブは次々に破裂して、無残な肉塊となった赤髪の仮面男は地表へと落下していった────。


「……た、助かったぁ」


 情けない声を上げながら、グッタリと操縦席にへたり込む晴矢。

 緊張から解き放たれて、一気に疲労が押し寄せてきたようだ。


 敷地内で再び湧き上がる、杜乃榎兵たちの勝どきの声。

 操舵室ではマヨリンとルナリンが、大きな尻尾を振りながら、キャアキャア言ってピョンピョンと飛び跳ねていた。


「総員、点呼と怪我人の手当てを。これより天空城は、雨巫女を迎えに参ります」


 グリサリの、落ち着き払ったアナウンスが天空城に響き渡る。

 杜乃榎兵たちの歓喜の声が、天空高く、いつまでも木霊していた────。



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