【33】合流


「ウズハお姉さまぁ!」


 身をかがめて出迎える雨巫女あめみこウズハに、マヨリンとルナリンが走り寄って抱きついた。

 とても嬉しそうに、大きな尻尾を激しくフリフリしている。


「2人とも、よく留守を守りましたね」

「マヨリンがんばりましたなのです!」

「ルナリンも珍しく全力だったの……」


 3人、頬を寄せ合ってその温もりを確かめ合っているようだ。

 その様子を、後ろで腰を落として控えているインディラが、普段なら絶対に見せないような表情で、微笑ましげに見守っている。


 ────すでに太陽は西の空に大きく傾いている。


 地表に降りた天空城を、夕焼けが真っ赤に染めていた。

 今は制御バランサーが正常に働いて、逆三角錐の頂点のみでピタリと地表に静止している。


 そして逆三角錐の台座、背面下部には大きな乗降口が開かれて、土道より幅の広いタラップが降ろされていた。

 タラップの上には、ゾロゾロと続く兵たちの列。

 足取りは重いが、皆一様に安堵の表情を浮かべ、天空城で待ち受ける兵たちと互いの無事を喜び合っている。


「やあ、オヤッサン。まだ生きてましたか」

「当たり前であろう! 首の折れ曲がっておるキサマに言われとうないわ!」

「ハハハッ、頭を撃ち抜かれるたぁ、オレの腕もまだまだってもんです」


 左斜めに首を傾げた状態のゴラクモが、おでこの真ん中の穴を指さして笑っている。

 皮肉を返すムサビも、破顔一笑で大笑いだ。


「ゴラクモさんって、アンドロイドたったのか」

「アンドロイド? はて、それは何かな?」


 晴矢はれやの言葉に、折れ曲がった首をカクンと揺らすゴラクモ。


「ああ、えっと……俺の世界ではそう呼ぶのさ」

「はぁ、なるほど。まあ”古の彌吼雷ミクライ”より伝わる技術でしてね、この天空城と同じ『機械仕掛』ってヤツですよ」

「ゴラクモは有能な整備士じゃて、自らもこのような姿にな」

「なるほどね。……カッコイイな」

「そりゃどうも」


 そう言って、ゴラクモはニヒルな笑顔を返した。

 ……首が折れ曲がっているから、少々不気味だが。


「おつかれさま、晴矢くん」

「やあ、ロコア。……ごめん、ロコアの忠告を無視しちゃって……おまけに、とんでもないヘマをしちゃったよ」

「ううん、気にしないで。ちゃんと上手くいったんだから」

「でも……さすがに無謀すぎたかな、って」

「仕方ないよ、はじめのうちは。自分でなんでも出来る気分になっちゃうの」

従者アシスタントには、よくあること?」

「うん」

「ロコアもそうだったの?」

「えっと、わたしは……」


 ロコアが考えを巡らせるようにして、視線を彷徨わせる。


「……どうだったかな? 最初のうちは、防御魔法やサポート魔法ばかり覚えてたから……あまり自分からは前に出てなかったと思う」

「そっか。ロコアらしいね」

「晴矢くんとは、違うもの」


 そうして2人、顔を見合わせて笑い合う。

 ロコアの怒っていない様子に、ホッとする。

 それと同時、ロコアの笑顔を見ていると、胸一杯に温かいものが広がる感じがしていた。


「俺はでも、もっと気をつける! ゴラクモさんがいなかったら、天空城もヤバかったし!」

「うん、晴矢くんなら大丈夫。きっと、もっと上手く戦えるようになると思うよ」


 少し小首を傾げて優しく微笑むロコアに、晴矢はもう一度気を引き締める思いだった。


「それより、どこか酷く痛む場所とかは無い?」

「ん、身体の方は全然、大丈夫。でもさ……これって、治るのかな?」


 晴矢が半分に千切れたサンダードラゴンウイングの左翼を指差してみせる。


「うーん、どうかしら? ひとまず、防具を解除してスリープモードにしてみるしか無さそう。それで治らなければ、修理が必要だと思う」

「そっか……やっちゃったなぁ……」


 翼が治らなければ、空を飛べる優位性が無くなってしまう。

 それだけは、どうしても気がかりだった。


「ひとまず、様子を見てみましょう。グスタフも、ご苦労様」

「おう。じゃあオレは寝てるからな。気安く起こすんじゃねーぞ」


 憎まれ口を叩きながら、グスタフはバサバサと羽音を立てて、ロコアのマントの中へと姿を消した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ウズハ様、お務めご苦労様にござります」


 しずしずと雨巫女ウズハに近づいて、丁重に頭を下げるグリサリ。

 雨巫女ウズハはマヨリンとルナリンの手を優しく解くと、そっと腰を上げた。


「ああ、グリサリ。留守の守り、よくぞ耐え忍んでくれました。心から感謝いたします」

「ゴラクモに、マヨリンとルナリンもおりましたので。それよりウズハ様、『彌吼雷召喚の儀』を果たされましたこと、心よりおよろこび申し上げます」

「ありがとう、グリサリ。あなたのお導き無くしては、何も成し得なかったでしょう」


 お互いに軽く頭を下げ合うと、つと、晴矢とロコアの方に向き直った。


「改めまして、こちらがミクライ様に、従者のロコア様にございます」


 雨巫女ウズハがそっと手で指し示す。

 改まって紹介されると、照れるしか無い。

 頭を掻く晴矢の横で、ロコアは小さく頭を下げた。


「私はグリサリと申します。杜乃榎とのえの、巫女師範を務めております」


 恭しく頭を下げたグリサリに、もう一度、2人して頭を下げる。

 そしてお互いに顔を上げた、その時だった。


「あっ……!」


 グリサリが小さく、驚きの声。

 晴矢がグリサリの視線を追った先……どうやら、ロコアを見つめているようだ。

 眉をそっと潜め、何かを確かめているかのように、食い入るように見つめている。


「どうしたの?」


 晴矢がグリサリとロコアを交互に見る。

 ロコアの方は、わからないといった様子で首を傾げていた。


「……失礼いたしました。あまりにも、お二方が言い伝え通りのお姿でしたので」


 そっと目を伏せながら、グリサリが一歩下がる。


「わかります。わたくしも、ミクライ様が白き渦よりお出ましになられた時、冷水にやられて夢でも見ているのかと……」


 口を袖の端で抑え、雨巫女ウズハがそっと笑う。


「すごい優秀な言い伝えなんだね」


 晴矢が呑気なことを言うと、グリサリがふっと頬を緩めた。


「ウズハ様、早速ではございますが、加護力の発動を。私たちの力では、魔人の妖術『嫉妬の灼熱』に対抗しきることができず、天空城内部でも渇水が発生しております」

「そうですね」

「それと、全体的に精霊力が不足気味です。ゴラクモの修理にも必要ですので、是非にもウズハ様の精霊力注入をお願いできれば」

「わかりました」

「雨巫女よ、ワシとゴラクモは要所の点検をして参ろうと思う」

「久々の長時間浮上になりますからね。どこに不具合が潜んでいるか、見てみないことには」

「こやつもこの状態じゃいかんだろうて。直さねばな!」

「はい、そのようにお願いいたしまする」

「では、拙者は兵のまとめを」

「おう、インディラ。任せたぞ」

「悪いね、インディラ。ちょっとオヤッサンを借りるよ」

「ああ、それから、インディラ」


 雨巫女ウズハの呼びかけに、天空城へ戻ろうとしていた3人が足を止める。


「兵には今晩、ゆっくりと休むようにと。そして────酒宴を許可いたします」

「ほほーっ、これは楽しみじゃ! ワシらもさっさと点検を済ませようぞ!」

「そりゃいい。ウズハさん、とっておきの羊肉が5頭、取り置きがあるんですよ。兵にそれを振る舞ってもいいですかね?」

「やったー、羊肉大好きなのです!」

「ルナリンも大歓喜なの……」

「ええ、許可いたしましょう。しかし、兵糧は十分なのでございますか?」

「ハハハッ、それを言うとヤバイんですがね。あと1~2日分ってとこです」


 ふっと、一同に沈黙が訪れる。

 重い空気が漂って、お互いの疲労感が増したように感じられた。


「ウズハさん、明日には皇都に着く予定だから」


 重い空気の中で、ロコアの声が優しく響く。


「だね! 皇都に行って、皇さまに会って、魔人をぶっ飛ばす! そのためにも、腹が減っては戦ができぬ、さ!!」


 晴矢がビッと親指を立てると、ムサビとゴラクモが笑い声をあげた。


「ミクライ様の精神の強さには恐れ入る!」

「皇も宰相も、圧倒されるでしょうな。皇子はきっと、お喜びになるだろう! いやあ、楽しみだ」

「インディラ、では先の通りに。兵たちへの指示を、よろしく頼みましたよ」

「はっ、承りましてござる」


 インディラがかしこまって敬礼すると、ムサビ、ゴラクモとともに足早にその場を後にしていく。


「ではわたくしたちも参りましょう」


 雨巫女ウズハに促され、晴矢たちもその場をあとにした。




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