【28】巫女師範と巫女見習い


「グリサリさぁ~ん! グリサリさんか、ゴラクモさんって人はいますかぁ~~~?」


 ゆっくりと旋回しながら、凪早なぎはや晴矢はれやが大声で呼びかける。

 すると、天空城の天守閣から女が1人、飛び出てきた。


「何者です! どこから参られた!?」


 天守閣の門扉の前に立ち、薙刀を両手に構え、晴矢を鋭い視線で見据えている。

 晴矢は女のすぐ近くまでスゥーッと舞い降りて、バサリとサンダードラゴンウイングを羽ばたかせた。


 女は、桃色地に色とりどりの紅葉があしらわれた、どこか華やかな雰囲気の着物を身に纏い、赤紫の袴を履いている。

 腰辺りまで伸びた長い黒髪は、よく手入れをされていると見えて艷やかだ。

 おでこには鉢金をつけ、前髪をその上に垂らしている。

 その身なりからしておそらく杜乃榎とのえの、要職にあたる人物だろう。


 ただ────。


「(……あれって、包帯か?)」


 女の左手甲から手首にかけて、白い包帯が巻かれているのだ。

 それがなぜだか妙に、引っかかる。


「名を、名を名乗れ!」


 凛と響く声に、晴矢は思わずビクリとなる。


「えっと……俺は凪早晴矢……じゃなくて、ミクライって言った方がいいのかな? と、とにかく、雨巫女あめみこウズハの使いで、ここへ来たんだ!」

「雨巫女ウズハ様の使いのミクライ……? それがまことなれば、雨巫女を示す書状なりをお持ちではありませぬか?」

「書状? えっと……」


 そんな物は渡されていない。

 言い淀む晴矢の様子に、女は手にしている薙刀をクッと構え直した。


「ま、待ってくれよ! さっき俺が、空から魔人軍を攻撃してたの、見てなかった!?」


 弓をビュンビュンと弾く仕草をしてみせるが、女はピクリとも身動ぎしない。

 それどころかますます、その眼光が鋭くなったように思えた。


「味方のフリをして、実は魔人の間者……。我らの心に隙を与える魔人の罠やもしれませぬ! そなたが魔人の手の者とあらば、我らの危機……簡単に信用するわけにもいきますまい!」


 なるほど、確かに女の言う通りだ。

 この状況下で、どこの馬の骨ともつかない晴矢を、すぐに信用してくれと言っても無理な話だろう。


 事態を収拾するにはやはり、雨巫女ウズハと話をしてもらうのが一番のようだ。


「えっと、今はいろいろ説明してる場合じゃないと思うんだ! 魔人軍を押し返さないと! グリサリさん、って人は誰かな? これを耳につければ、ウズハと話ができるから!」


 言いつつ、晴矢はヘッドセットを外して差し出した。


「……私がグリサリです。この天空城宿営地を預かる者」

「グリサリさん、なんだね? じゃあ、これ。いいかな?」

「このような、小さきもので……?」


 差し出されたヘッドセットと晴矢の顔を、交互に見比べながら、グリサリがにじり寄ってくる。

 油断なく、逡巡している目つきだ。


 2人の視線が間近で交錯したその時、晴矢はグリサリの灰色の瞳に、ハッとなった。


「あれ……?」


 言葉を失って、グリサリの顔をマジマジと見つめる。

 その視線に、グリサリは訝しげに眉をしかめた。


 歳は20代後半か30代前半だろうか。

 白い肌はきめ細かく、真面目そうに結ばれた眉と形の良い唇……。

 その顔つきがなんとなく、誰かに似ているような気がしたのだ。


「『ミクライ様? もう、グリサリと話ができますでしょうか?』」


 手の平に乗せたヘッドセットから雨巫女ウズハの声がして、晴矢は我に返った。

 同時にグリサリも、驚いたように目を見開いている。


「今の声は────ウズハ様?」

「ああ、ごめんごめん。これ、耳に当ててさ、呼びかけてみてよ」


 グリサリはヘッドセットを見据えたまま、身じろぎ一つしない。

 だが、すぐに意を決したようだ。


 薙刀を小脇に抱えると、恐る恐るヘッドセットを受け取り、そーっと耳元に近づけた。


「あの、ウズハ様? 私、グリサリでございます」

「『ああ、その声はまさしくグリサリ! よくぞ無事で……!』」

「ウズハ様! おお、ウズハ様! 確かにウズハ様のお声が聞こえます」


 口に手を当て目を見開き、驚きの声を上げるグリサリが、晴矢に頭を下げながら一歩二歩と後ずさる。

 ヘッドセットの向こうの雨巫女ウズハに、低頭平身しているかのようだ。


「はい……はい。こちらにおられます、はい……ああ、では、ウズハ様がお務めを果たされて……なるほど……。確かに、青き翼に虹色の双眸、あれはミクライではと、マヨリンとルナリンが……おお、ウズハ様、さすが我が杜乃榎とのえ雨巫女あめみこにござります! はい……はい、『彌吼雷ミクライの間』に、はい!……」


 話が進むうちに、グリサリの表情が和らいでいく。


「お任せくださりませ。すぐにもこの場を収め、お迎えに参ります」


 そう言って、恭しく頭を下げる。

 ヘッドセットをそっと外すと、まるで慈しむかのように両手で包み込み、ほおっと安堵の溜息を漏らした。


「どう? ウズハと話がついたかな?」


 晴矢の呼びかけに、グリサリが顔を上げる。

 その表情は先程までとは打って変わって和やかで、その瞳は慈愛と希望に満ち満ちていた。


「まずは、これをお返しいたします、ミクライ様」


 穏やかな微笑みとともに、ヘッドセットを両手で丁寧に差し出してくる。


「先ほどの非礼は、どうぞお許し下さい。ささ、どうぞこちらへ」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……なんだ、これ? 宇宙戦艦のコクピットかよ……」


 グリサリに連れられてやってきたのは、天空城操舵室────。


 戸口をくぐり抜けた瞬間、思わずそんな言葉を漏らしていた。

 天守閣の外観からは想像もつかないほど、機械的な内装だ。


 側面から前面まで、グルリとモニタースクリーンになっており、外の状況を映し出している。

 さらにいろいろな情報やメーターが、ポップアップウインドウで表示されていた。

 まるで、ステータススクリーンの画面を見ているようだ。


 入り口から一段下がったデッキには、制御台と椅子のセットが6つある。

 制御台にはキーボードと水晶球、そして透明スクリーンがそれぞれに据えられている。

 それが正面に2つ、左右のサイドに1つずつ、中央に横並びで2つだ。

 さらに、入り口からすぐのところに高い段があり、そこが司令席のようだった。


 そして、左右のサイド席には2人の少女がそれぞれ腰掛けていた。

 2人とも、晴矢に興味深げな視線を送っている。

 頭から突き出た大きな犬耳と、お尻で揺れるフサフサのしっぽ。

 どうやら獣人らしい。

 歳は晴矢より、3つ4つ下だろうか?

 その顔つきには、まだまだあどけなさが残っている。

 巫女服に身を包んでいるところを見ると……おそらく、雨巫女ウズハの言っていた巫女見習いだろう。

 年格好も背丈も鳶色の瞳も、ほとんど同じ。

 もしかして、双子か何かだろうか?


 違いがあるとすれば、1人は黒髪で1人が銀髪という点だ。


「グリサリ先生、そちらはやはり、ミクライ様なのです!?」

「ルナリン、確信してるの……」


 明るい表情をする黒髪の少女は元気がいい。

 銀髪の少女はどこか控えめな声で、落ち着いた表情だ。

 どうやら性格は対照的らしい。


「マヨリン、ルナリン、確かにこの御方おかたはミクライ様です。雨巫女ウズハ様が召喚なされた、私たちの希望の光に違いありません」


 グリサリの言葉に、2人とも「きゃあ!」と声を上げ、デッキの中央に走り出た。

 そしてギュッと抱きしめ合って、「きゃっきゃっ」とばかりに飛び跳ねた。


「さすがウズハお姉さまなのです! ミクライ様、ようこそおいでくださいましたなのです!」

「生きてるうちに伝説の超絶勇者ミクライに会えた……ルナリン、超絶ラッキー娘なの……」


 2人して、大きな尻尾をブンブンと振っている。

 大げさな喜びように、晴矢は気恥ずかしくて仕方ない。

 さきほど、戦場でヘマをしたばかりだし……。


 晴矢が頭をポリポリと掻いた、その時────!



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