【29】彌吼雷の間


 ズドーン! ガシャアァァァァン!!


「うおっ!」


 操舵室がビリビリと揺れて、モニタースクリーン一杯に真っ赤な炎が広がった。

 そしてけたたましい警報音が、鳴り響く。


 見ると、右前方の防護シールドが、大きく破壊されていた!

 雄叫びを上げて、ギリメカラやオーガたちが殺到してくる姿もはっきりと見て取れる。


「……いけません! また防護シールドを……!」


 血相を変えたグリサリがデッキに駆け下りて、中央左の制御台に走り寄る。

 モニタースクリーンには『警告』の文字が激しく点滅し、『防護シールド精霊力充填レベル』と書かれたメーターが急激に下がっていく様子が映し出されていた。


「マヨリン、ルナリン! すぐに精霊力の注入を!!」

「はい、なのです!」

「ルナリン、全力で対応するの……」


 グリサリの指示に、マヨリンとルナリンもすぐさまサイド席へと駆け戻る。

 そして目の前にある水晶球に向かって、両手をかざした。


「実れ実れー 真紅の果実

  青い青いー 空の下────」


「ユラ~リ ユラ~リ 流れる雲に

  フワ~リ フワ~リ 涼風の舞────」


 ムニャムニャと寝言のような呟きだが、あれでも効果は十分らしい。

 水晶球が水色の輝きを放ち始めると、モニタースクリーンの『防護シールド精霊力充填レベル』のメーターがみるみるうちに伸びていき、防護シールドの破損部分が青い光とともに塞がっていく。


 だが、すでに数多くの魔人軍の侵入を許してしまっている。

 今や杜乃榎とのえ兵の隊列は崩れ、バラバラになったままこれを迎え撃つ様相だ。


 モニタースクリーン越しに眺める晴矢はれやは、歯噛みするしか無い。

 自分がヘマをしていなければ、今すぐにでも飛び出して加勢できるのに……!!


「マヨリンとルナリンは、そのまま充填を続けるのです!」

「はいなのです!」

「ルナリン、がんばるの……」


 2人が頷くのを確認すると、グリサリは晴矢の元に駆け寄ってきた。


「さあ、ミクライさまはこちらへ」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 グリサリに案内されたのは、司令席のある高い段の裏側。

 その下部、晴矢はれやたちの足元に丸いハッチがある。

 それが『彌吼雷ミクライの間』への入り口らしい

 ハッチの上部にはコントロールパネルがあり、さらにその左右には、刀と槍の形の窪みがある。


「このハッチの中が『彌吼雷ミクライの間』にござります。ハンドルを左に回すと開く仕組みでございます。言い伝えによりますと、『彌吼雷ミクライの間にミクライ入らばすべてが起動する』、と」

「このコンパネは……?」

「『彌吼雷刀ミクライブレード』と『彌吼雷鉾ミクライスピア』が無き今は、関係ないものと存じ上げます」

「そうなんだ? ……とにかく、ハッチを開けて、中に入れば良いんだね?」

「さようにございます」


 グリサリが頭を下げた時、「ドォーン!」と爆発音が響いて、操舵室が赤く染まる。

 顔を上げたグリサリに晴矢が頷き返すと、グリサリはすぐさま踵を返してデッキへと駆け戻っていった。


 どうやら、あとは任せた、ということらしい。


「さっさとやれ、晴矢」


 肩に止まるグスタフが声を上げる。

 今まで、押し黙っていたのが不思議なぐらいだ。


 晴矢はそっとハッチのドアハンドルに手をかけると、壁にグッと足を踏ん張った。


「左に回す、って言ってたよな?」


 キュルキュルと音を立ててドアハンドルを回してみる。

 すると、「ガコン」と音がして、ハッチがわずかに浮き上がった。


 「キィ……」と音を立てて引き開ける。

 中は真っ暗だ。


「サポートは任せろ」


 グスタフが呟くと同時、ミラーレンズゴーグル越しに、徐々に中の様子が見えてきた。


「さすがグスタフ。暗闇のエキスパートだな」

「まあな」


 ……憎まれ口で返されると思ったが、肩透かしを食らってしまう。

 それはともかく、晴矢は小さな入口から身体をねじ込ませた。


 中は球体状になっており、真ん中に操縦席のような座席が取り付けられている。

 あとは、操縦席後方の斜め上に口を開けたハッチだけ。

 他には何もない。


 内側からハッチを閉めると、グリサリの声や警報音が一切聞こえなくなる。

 完全なる静寂だ。


 恐る恐る、操縦席へと近寄っていく。

 座席を覗き込むと……何かが乗せられいた。

 どうやら、よく磨きあげられた八面体の岩のようだ。

 まるで、椅子に縛り付けるようにして、6点式シートベルトで厳重に固定されている。


 操縦席をくまなく眺め回してみるが、左右の肘掛けの先端にジョイスティック型の操縦桿が取り付けられている他には、何も無さそうだ。


「これ、なんだと思う、ロコア?」


 縛り付けられている八面体を指差しながら、ヘッドセットに問いかけてみる。

 しかし、ロコアからの応答は返ってこなかった。


 誰も寄せ付けない厳重な部屋だ。

 天使のシステムさえ遮断する、特別な仕掛けがあるのかもしれない。


「……遮断されてんのかな?」

「そのようだ。とりあえず、コイツがパイロットってことだけは確かなようだな」

「はあ……?」


 なぜか納得顔のグスタフだが、晴矢には何の事だかさっぱり掴めない。

 座席をくまなく眺め回してみるが、他には何も無いようだ。


「キョロキョロしてねーで、さっさとソイツをどかして座ってみろ」

「だね」


 親指をビッと立てると、すぐさま八面体に掛けられている6点式シートベルトを外していく。

 そして、解放された八面体を両腕に抱きかかえる、が……。


「う、む……うううーーっ!!」


 重すぎて、持ち上がらない。

 目一杯の力を込めるが、八面体はピクリともしなかった。


「バカか、お前は。そういう時に飛ぶんだよ」

「ええっ? そんなので、いけるか……?」


 疑問を感じつつも、グスタフの言葉に従って、サンダードラゴンウイングをバサリと羽ばたかせる。


「おおっ!?」


 ビックリするほど簡単に、ひょいとばかりに八面体が持ち上がった。


「ど、どういうこと!?」

「しらねーよ。ビックリしすぎて落とすんじゃねーぞ」

「あ、ああ……ちょ、でも、バランスが……」


 左翼を半分失っているからバランスを取るのが難しい。

 バサバサと細かく翼を羽ばたかせ、なんとか体勢を保ちながら、ゆっくりと八面体を操縦席の脇へと置いた。


「ここで、いいかな?」

「いーんじゃねーの?」


 なんだかグスタフがぞんざいだ。

 そんなことをボヤきつつも、晴矢は座席に腰掛けた。


 そしてカチリ、と6点式シートベルトを締め終えた瞬間────。


 部屋がフワッと明るくなって、マヨリンとルナリンの声が聞こえてきた。


「左前方防護シールド、損壊率70%なのです! 修復エネルギー重点的に回しますなのです!」

「中央防護シールド破られたの……ルナリンの精霊力を注入開始なの……」


 部屋の壁などまるでいかのように、頭上には青空が広がり、足元には地面が見えている。

 360度、すべてが外の景色。

 そして斜め上前方にはデッキ中央左の席に座るグリサリ、両サイドの席にいるマヨリンとルナリン。

 その向こうには、東の空にかかるあの大きな月も顔を覗かせている。

 皆、月と同じく、宙に浮いているかのように見えた。


 さらに、足元から頭上まで、各種ステータス画面が映し出されてる。

 すべて、操舵室のモニタースクリーンに映し出されているものと、同じのようだ。


 肘掛けの先端のジョイスティックを倒してみる。

 どうやら、操縦席の方向を変えるだけのものらしい。

 左が上下、右が左右の回転だ。


「おお、これはいいな! 外の景色が全方位、見渡せるよ」

「わっ、そのお声はミクライ様!? ビックリなのです!」

「ルナリンにも聴こえるの……まさか幻聴、もしくは幽霊……」


 水晶球に手をかざしたまま、マヨリンとルナリンの2人がキョロキョロと視線を彷徨わせている。




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