【27】入城作戦


「『晴矢はれやくん、状況を教えて。一体、何がどうなったの?』」

「わ、悪い、ロコア……ちょっと調子に乗りすぎた。相手の攻撃を避けそこねたんだ。それで……」


 視線を背中に向けてみる。

 サンダードラゴンウイング左翼の、半分以上が無くなっている。

 先ほどのレーザービームで吹き飛ばされたらしい。


「……左の翼を、やられた」

「そのまま森に墜落だ。チッ、思ったよりしぶといぜ」

「し、舌打ち……?」


 2人のやりとりに、ヘッドセットの向こうでロコアが呆れたように溜め息をついている。


「墜落はしたけど、ロコアのエンチャントのおかげかな……とにかく、命拾いしたよ」

「『戦えそう?』」

「えっと……」


 ともかく、傷ついたサンダードラゴンウイングを羽ばたいてみる。

 ……一応、飛翔はできるようだ。

 だが、バランスが悪く、左へ左へ旋回するみたいになってしまう。


 行きたい方へ身体を捩りながら、平泳ぎのように手足を動かすと、なんとか方向修正をすることができる。

 翼で羽ばたいて推進力を出し、平泳ぎで思った方へ進む。

 そうするのが良いようだ。


 しばらく宙を泳いでみて、思った方へ進む分にはなんとかなりそうだった。


「飛べるけど、スピードは出せないな……」

「そんなんじゃ、とてもじゃねーが戦えねーな」

「『そう……』」


 こうしている間にも、天空城防護シールドが突破されているかもしれない。

 スパイラルショットのスキルバレットは、まだ残っているのに……。

 晴矢は、自分の間抜けさを悔いるしか無かった。


 しばらくの沈黙の後、ロコアが口を開いた。


「『となれば、やることは1つだけ。天空城に入城するしかないと思う』」

「で、でも……どうしよう? 敵に見つからないように、行けるかな?」

「『それなんだけど……どうにかできない? こちらからだと、状況もよくわからないから』」


 どうにかできないか、と言われても、動揺しすぎて思考が上手く定まらない。


「ここは、オレの案しかなさそーだな」


 晴矢の右肩で、グスタフが得意気に口を開いた。


「ど、どうすんのさ?」

「まず、オレが天空城防護シールドの穴を見つけてやんよ。晴矢は敵に見つからないぐらい、上空高くまで飛べ。見たところ、それぐらいはできんだろ? んで、オレがサポートした地点目掛けて真っ直ぐに落ちてこい」

「な、なるほど……」

「『うん、それでいいと思う。2人とも、気をつけてね』」


 良いのか悪いのかわからないが、ロコアも反対しないなら、ひとまずそれで行くしかなさそうだ。


「じゃ、決まりだ。せいぜい敵に見つからないように、気をつけるんだな」

「あ、ああ……。グスタフも」


 晴矢の言葉に、グスタフが「フフッ」と笑う。


「テメーに気遣われるほど、オレはグズでもドジでもねーっての」


 そう言い残して、バタバタと羽ばたいていく。

 晴矢は木々の合間から覗く青空を見上げると、木の枝に沿って、そろそろと上昇を開始した。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 晴矢はれやの墜落した森は、静寂に包まれている。

 鬱蒼と木々の生い茂る深い森らしい。

 遠くから、魔人軍の喚き声だけが、かすかに耳に届く程度だ。


 鳥や動物たちも、騒ぎに恐れを成しているのだろうか?

 何かが動く気配は感じられない。


 そんな森のてっぺんまでやってくると、生い茂る葉の間からひょっこり顔を覗かせ、グルーリと辺りを見渡してみる。

 やはり、だいぶ遠くまで弾き飛ばされたらしい。


「これなら、魔人軍に気づかれないかも」


 そんなことを漏らしつつ、晴矢は空に向かって平泳ぎを開始した。

 傷ついたサンダードラゴンウイングを軽く動かして勢いをつけ、目一杯の速度で上へ上へと泳いでいく。


 「ボン! ボン!」と爆弾の弾ける音にドキリとしながらも、どれほどの間もなく、薄い雲のかかる高さまで浮上してきた。

 ここまで来ると、天空城の墜落地点もよく見える。

 人は豆粒よりも小さい。


「ここら辺でいいかな? よし!」


 グッと拳を握り締めると、上方向の移動から水平方向への移動に変える。


 空を飛べてラッキーだ。

 まだまだ、運にも見放されてはいない。

 そう思うと、動揺していた心が徐々に落ち着いてくる。


 平泳ぎで戦場上空に近づいていくと、戦いの情景が目に飛び込んでくる。

 散開していた魔人軍は、すでに隊列を整え直していた。

 ライトニングショットでそれなりの数を撃退したはずだが、おそらく、ダークシャーマンによる人員補充も為されているのだろう。


 最前線では、ギリメカラの一団が防護シールドに牙を差し、あともう少しで破らんとしている。

 さらに本隊から、ダークシャーマンの放つ火の玉が、次々に防護シールドにぶつかっては弾けている。


 それにどうやら、あれからもう一度、防護シールドを破られて侵入を許したようだ。

 修復しつつある防護シールドの中で、杜乃榎とのえの兵たちが数匹のオーガと刃を交えていた。


 早くしなければ、また破られるだろう。

 次にギリメカラたちが突撃すれば、杜乃榎とのえ兵たちは散り散りになり兼ねない。


「『こっちは着いたぜ』」


 グスタフの声がしたと同時、晴矢のミラーレンズゴーグルに、青い点が映し出された。


「こっちも、天空城の真上まで来たぞ!」

「じゃあさっさと降りてこい」

「『気をつけてね、晴矢くん』」

「『ミクライ様、どうかお怪我の無いよう』」


 ロコアと雨巫女あめみこウズハの言葉が、じーんと胸に響く。

 再び、アドレナリンが全身を駆け巡り、晴矢の心を駆り立てた。


「ああ、行ってくる!」


 誰に向かってでもなく、ビッとばかりに親指を立てる。

 そしてバサリと大きく羽ばたくと、真下に向かって身を捩った。


 ヒュウと風が頬を撫で、サンダードラゴンウイングで羽ばたくたびに晴矢の身体が加速していく。


「うおおおおおおおおおおっ!!!!」


 グングンと地表に引き寄せられていく重力を感じると、晴矢はピタリと両の翼を閉じた。

 ゴーグルの真ん中に青い点を捉えたまま、真っ逆さまに落ちていく。


「狙いバッチリ!! このまま行くぜえええええええっ!!!」

「『もうすぐだ。合図を出してやるから、そのタイミングでブレーキをかけろ』」

「了解ぃぃぃぃ!!!」


 耳に届くのは、「ヒュルルルルルゥ」と鳴く風の音だけ。

 地表にあるすべてが流線となって霞み、視界に映るのはもはや青い点のみだ。


「『いくぞ、5秒前、4、3、2、1……ストォォォップ!!』」


 グスタフの合図とともにグンと両腕を左右に突き出す。

 そしてサンダードラゴンウイングをバサリと羽ばたかせると、晴矢の身体がブヒュンとばかりに左方向へ旋回した。


 防護シールドに、火の玉が弾けるのが目に映る。

 足元すぐ近くには、斜めに傾いた天空城の瓦屋根。

 さらにその下から、必死の戦いを繰り広げている杜乃榎とのえ兵たちの雄叫びが、耳に響いてくる。


「うっひょぅ! 無事に天空城の防護シールド内に潜入~!」


 ピンチの中でもやれることをやりきった爽快感が、晴矢の心を包み込んでいる。

 そんな晴矢の肩に、バサバサと羽音を立てて、グスタフが舞い降りる。


「なかなかだ。少しでもぶつかってたら、テメーの命も木っ端微塵だっただろーがよ」


 いつものグスタフの憎まれ口も、耳に心地いい。

 スイーッと大きく旋回しながら、晴矢はゆっくりと高度を落としていった────。




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