【26】赤髪の仮面男


「やばい、また防護シールドが破られる! もう見てらんないぜ!」

「『無茶はしないで、晴矢はれやくん!』」

「今は無茶する時さ!!!」


 晴矢はスマホを素早くしまい込むと、力強くサンダードラゴンボウを手に取った。


「ヤツらの頭上を横切るようにして、連続でぶっ放してやれ、晴矢」

「オッケイ、まかせろ!」


 背中を押された晴矢は、ぐっと奥歯を噛みしめると、弓を構えて急降下し始めた。

 すべてを撃退できるとは到底思えないが、それでも、突撃の威力を削ぎさえすれば、あとは天空城に入って……!

 そんな強い思いとともにビュンと風を切り裂き、赤紫の光球めがけて猛スピードで滑空していく。


「────ライトニングショット、連射モード!!」


 引き絞るサンダードラゴンボウの上に、すぐに雷矢が現れる。

 晴矢は迷うこと無く、電撃がビリビリと迸るその切っ先を、赤紫の光球に向けた。

 そして、照準マーカーが緑から赤に変わった時!!


「行っけええええ!!」


 ヒュンとばかりに弦を解き放つ!

 さらに続けて、手当たり次第にビュンビュンと、立て続けに雷矢を浴びせていく!


 ズガガガガガガガ、ズドシャアァァァァァァァァンン!!!


 最初の一撃は狙い過たず、見事に赤紫の光球にぶち当たり、高エネルギー反応を吹き飛ばす。

 残りの雷矢は、着弾と同時に電撃が大蛇の如く地を這って、周囲のゴブリンたちを飲み込んだ。

 全ては一瞬の出来事。

 半円弧状に構える魔人軍の右半分に、絶大な被害を与えていた。


 突然の空からの襲撃に、魔人軍に隠し切れないほどの動揺が広がる。

 次々と黒靄くろもやが上がる中、最前線のギリメカラたちがいななきをあげ、オーガたちがうろたえる。

 後方の隊列では、手に槍を構えたゴブリンたちが、慌てふためきながら天を見上げていた。


「見たか、これが正義の鉄槌だっ!!」


 再び上昇しながら、眼下に向かって雄叫びを浴びせる。

 自分の攻撃が、敵を混乱させている────。

 大きな手応えを掴んだ晴矢の心に、自信が漲った。


「まだまだ行くぜっ!」


 天空城防護シールドに沿って大きく旋回しながらサンダードラゴンボウを構えると、降下体勢を取る。

 今度は左半分から全軍を掠めるようにして飛ぶ構えだ。


「うおおおおおおおォォォォッ!!」


 抑えきれないほどのアドレナリンが吹き出して、腕も千切れよとばかりに雷矢を撃ち放つ!


 ズドドドドドドドドドド、ドガシャアアアァァァァァァァァンンンンッ!!!


 魔人軍一杯に轟く雷に、整然としていた隊列が、ジワジワと解けていく。

 恐れを成したゴブリンたちが、てんでに背後の森の中へ駆け込み始めたのだ。


「イヤッほおォォォい!!! 敵が退散していくぜ!」

「まだだ、晴矢。見ろ」


 グスタフが顎をしゃくる先、魔人軍の本隊は微動だにしていなかった。


「あいつら……まさか、防護シールドを展開してる?」

「そういうことだ。全くの無傷のようだぜ」


 キラリと陽光を照り返す半透明のシールドに、晴矢はギリッと奥歯を噛み締めて、ニヤリと口角を上げた。


「防護シールドごとぶち破ってやる!!」

「いい心意気だ。全弾まとめて、叩き込んでやれ」

「おう!!!」

「『深追いは危険よ、晴矢くん! 天空城入城を優先して!』」


 確かにロコアの言う通りだ。

 魔人軍が大混乱に陥った今なら、防護シールドの穴を見つけて、天空城に入城することは造作も無いだろう。

 だが……それ以上に、晴矢の心が戦闘の喜びに沸き立っていた。


「大丈夫さ、任せろ!!」


 ロコアの言葉を振り払うかのようにして、ギュンと身を捻る。

 そして、魔人軍本隊目掛けて真っ逆さまに落下体勢に入ると、グンとサンダードラゴンボウを引き絞った。


「────ライトニングショット、フルバレットブースト!!!!」


 引き絞る雷矢の先で、もの凄い音を立てて電撃が迸る!


 グングン近づく魔人軍本隊!

 危険を察知したダークシャーマンたちが、ヒュンヒュンと火の玉を撃ってくる!

 だが晴矢は、ヒョイヒョイと火の玉の雨を潜り抜け、魔人軍本隊に迫っていく!


「気をつけろ、晴矢! 仮面の野郎が何か仕掛けてきやがるぜ!」


 グスタフの言うとおり、赤髪の仮面男が、晴矢を見据えたまま腰を低く落とし、両手を右腰のあたりに構えている。

 その右頬では赤い十字の痣が燐光を発し、その頭上では黒い渦が甲高いわめき声を上げながらギュンギュンと渦巻いている。


「ありゃあ、鬼人だな。間違いねえ! 悪魔術ラニギロトを使うつもりだ」

「何をする気か知らないけど、やれるもんならやってみろ!!!」


 ライトニングショットフルバレットブーストは、すでにMAXパワーに膨れ上がり、あとは射程圏内に入るだけ!

 緑の照準マーカーは仮面の男を捉え、ピタリと離さない。


「赤に変われえええええええええええええ!!!!」


 晴矢が絶叫したその時!!────照準マーカーが赤に変わった!!!


「いっけえええええええっ!!!」


 引き絞っていた弓を解き放つ!

 それと同時、赤髪の男の目がキランと光り、グンと両腕を突き上げた!


「あっ!」


 と思ったその瞬間、雷矢と赤いレーザービームがヒュンとばかりに交錯する!!


 ズドシャッ!! ズガシャァァァァァァンン!!!


「うぐぁぁぁっっっ……!!!」


 視界一杯に雷撃が轟くと同時、左後ろの肩辺りに激痛が走る!

 赤髪の仮面男の放ったレーザービームが、サンダードラゴンウイングの左翼を撃ち抜いたのだ!!

 その瞬間、晴矢は制御を失っていた────!!!


「うあああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 錐揉み状態でギュルギュルと身体が回転する。

 どの辺りまで地面が迫っているのかすら、全くわからない。

 天地不覚に陥った晴矢は、絶叫を上げるしかなかった。


「この間抜けヤロウ!! さっさと体勢を立て直せ!!」

「そそそそそ、そんなこと言ったってええええええ!!!!」

「『は、晴矢くん!? どうしたの!?』」


 ヘッドセットからロコアの悲痛な叫び声が聞こえて来る。


「頭を守れ! 森に突っ込むぞ!!」


 声とともに、グスタフが飛び立つ。

 晴矢は訳も分からず、両腕で頭を抱え込んだ!


 ズガドシャバキメキバキグシャボキメキメキバキィィィィッ!!!


 メキ、ドシャ……パキリ……。

 ………………。

 ……どれほどの間もなく、晴矢は薄目を開けた。


 視界がユラ~リと回っている。

 今、自分がどういう状態にあるのかさえもわからない。


「『晴矢くん! 晴矢くん!?』」


 ロコアの差し迫った声が、次第に大きく聞こえてくる。

 それとともに、全身にピリピリとした痛みがジワジワと広がっていった。


「……痛ぅっ……! く……くっそぉ~……」

「『晴矢くん? 晴矢くん!? 無事なのね!?』」


 バサリと羽音がしたかと思うと、聞き慣れた声がする。


「おう、悲報だ、ロコア」

「『な、なに?』」

「あの仮面ヤロウ、ピンピンしてやがるぜ、晴矢同様にな」

「マジか……!?」


 驚く晴矢とは裏腹に、ヘッドセットの向こうでは、ロコアがホッと胸を撫で下ろしている様子だ。



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