【15】剣士インディラ


「まだ生きてんのかよ……!?」


 驚く晴矢はれやに向かって、黒紫の大蛇が大口を開けて突進してくる!


「うおおおおおおっ!!」


 慌ててサンダードラゴンウイングをはためかせると、宙に向かって上昇する!

 「バシャーン」と盛大に水を跳ね上げて、滝壺に落ちる大蛇。


 だが!!!


 瞬時にグリンと身を捻ると、晴矢に向かって一直線に鎌首を伸ばしてきた!!


「キシャアアアアアッ!!!」

「ウソだろおおおお!?」


 逃さないと言わんばかりに赤い目を光らせて迫り来る、大蛇の凶悪な牙!!


「────グラップリングスネア!!」


 ズゴゴッ、ドバシャァァン!!


 ロコアの声が響き渡ると同時、閃光が煌めいた。

 水面を跳ね上げて、滝壺の底から突き出てくる大きな岩の手!

 追いすがる黒紫の大蛇の身体を、ガツッとばかりに捕らえていた。


「ギヒャアァッ!!?」

「────マグマバースト!!」


 ロコアが錫杖を真横に振ると、岩の手が溶岩のごとく真っ赤に燃えて、ズドンと弾ける。

 黒紫の大蛇の身体は真っ二つに千切れ飛び、黒い靄となって宙に掻き消えた。


「ヒュウ、あっぶねえ~……」


 宙で身を翻し、地表を見下ろす晴矢。

 さすがに心臓がバクバクと鼓動して、全身から汗が吹き出していた。


「────牙岩剣山ががんけんざん!!」


 すでに幾度めの魔法だろう。

 半数以上がロコアによって蹴散らされたにもかかわらず、ゴブリンたちに後退する気配は無い。

 ラウンドシールドを油断なく構えて隊列を整え、石斧を振り上げロコアに突進する構えだ。


「ロコア!」

「……うっ」


 ロコアを助けなければ、と思った矢先、抱き止めていた少女が身動ぎした。

 その時ようやく、腕の中の温もりにドキリとなる。


 白装束の襟元から覗く、深い谷間を作り上げているたわわな胸。

 細くくびれた腰からなだらかに広がる丸いお尻。

 はだけた裾から見える真っ白な太ももに、細く締まった足首。

 水に濡れた長い黒髪がその四肢に纏わりつき、ことさらにボディラインを強調しているようだった。


 華奢なロコアとは、抱き心地からしてかなり違う。

 全体的に肉付きがよくて、フワフワとしたぬいぐるみのような柔らさだ。


 ドキドキしながら少女の様子を伺っていると、晴矢の胸に顔を埋めていた少女がおずおずと顔を上げた。

 そしてそっと、周囲の様子を伺い見る。


「……わ、わたくしは……? ちゅ、宙を飛んで、いる……?」


 信じられないといった様子で呟くと、ハッとばかりに晴矢の顔を仰ぎ見た。

 その瞬間、少女の目が大きく見開かれた。


「……もしや、本当にミクライさま……?」

「みくらい……?」


 蒼白な顔に、赤く艶やかな唇がフルフルと震えている。

 綺麗なエメラルド色の目が微かに揺れて、晴矢の顔を映し出していた。


「……キミの名前は?」

「わたくしは雨巫女あめみこウズハ。杜乃榎とのえを守護する雨巫女にござりまする」

「あめみこ、うずは……」

「晴矢くん! こっちを手伝って! ────牙岩剣山!!」

「あ、ああ……!」


 見つめ合っている場合ではない。

 ゴブリンたちはなおも、竹林の奥から姿を現してくる。

 この少女を地面に下ろし、ロコアに加勢しなければ。


 白装束の少女の視線に戸惑いながらも、ロコアのすぐ近くまでスウーッと降りたその時────。


「敵襲、敵襲ううううう! 雨巫女どの、敵襲にござるううううっ!!!」


 薄靄の向こうから、大声で叫ぶ声。

 「シュタタタッ」という足音が聞こえたかと思うと、「ザシュッ! ズバッ!!」と切り裂く音が響いてきた。


「……誰か、来る!?」

「あれは……!」

「ちぇえええええいっ!!!」


 雨巫女ウズハが何か言いかけた時、ゴブリンたちを真一文字に切り裂いて、薄靄から人影が飛び出してきた!


 グッと引き締まった濃い眉に、ギラギラとした眼光、生真面目そうに一文字に結んだ口元。

 髪は後ろに慈姑頭くわいあたまに締め上げ、着流しと袴の上下に脚絆きゃはんで足元を絞っている。

 歳は20代前半といったところだろうか。

 まさに侍、といった風貌だ。


「ご無事ですか、ウズハ殿!」


 声を上げた侍男と視線が合う。

 その瞬間、侍男の表情が強張った。


「はっ!? 何奴!!!!」


 錫杖を構えるロコアと、その頭上付近に浮かぶ晴矢はれやの姿を交互に見やりながら、侍男は油断無く刀を構えた。


「お待ちください、インディラ! この方々こそ、わたくしの呼びかけに応じて白き渦よりおいでになられた────ミクライさまです!」

「ミクライ?……それはまことか? まだ幼き子供のような……」


 信じられぬ、といった表情でインディラがにじり寄る。


「さっきから言ってるミクライって、なに? 俺たち、そういうのじゃ無いけど?」


 晴矢の言葉に、ますますインディラの表情が険しくなった。


「どこの国の者か、名乗られよ! 我が杜乃榎とのえ雨巫女あめみこウズハ殿をかどわかし、いずこかへ連れ去ろうというのではなかろうな?」

「待って、わたしたちは────」


 ロコアの声を遮るようにして、どこからか「ホッホッホッ」と公家が漏らすような優雅な笑い声が木霊した。

 それは周囲に漂う靄の如く広がって、皆の耳にホワンホワンと響き渡る。


「……あれこそ雨巫女をさらいに来た曲者くせものよ、インディラが討ち果たすべき敵に相違ない……」


 声に反応したかのように、インディラの目に怪しげな紫色の光が宿り始める。

 こめかみには太い血脈が浮き上がり、憎悪に満ちた眼差しで顔を歪めた。


「いけません、インディラ! 魔人の妖術に心を惑わされては!」

「我が……我が、雨巫女を……貴様ら如きに、渡しなどせぬ!」


 まるで、地獄の底から響いてくるかのような低い声だ。

 インディラの目に纏わりついた紫色の光が、キランとばかりに怪しい輝きを放つ。


「ホッホッホッ……討つがよいぞ、おのが敵を……」

「無論……!!」


 ギンと紫色の光を煌めかせ、インディラがギリリと歯を軋らせる。

 刀を八相に構え、スッとばかりに足を前後に大きく開いた。


「完全に飲まれてしまったみたい……」


 ロコアが厳しい顔つきで、錫杖をクルリと回して構え直す。

 その様子に、雨巫女ウズハが慌てたように晴矢の腕の中から飛び降りた。


「お、お待ち下さい! わたくしの力があれば、あの妖術からインディラを解放できまする!」

「そうなのね? じゃあ、お願いできるかしら?」

「ですが、この……まずはこの『疑心の靄』を払うことと、わたくしの神楽鈴かぐらすずが必要にござります」


 ロコアがチラリと雨巫女ウズハに視線を走らせる。


「わかったわ。その神楽鈴は?」

「先ほど、妖蛇に襲われました折に、滝壺の裏側に失くしたものと……」

「てあああああっ!!!」


 ヒソヒソと言葉を交わし合うロコアに向かって、インディラが動いた!

 一瞬にして、ロコアに詰め寄ると、次々と剣戟を繰り出してくる!


「ロコア!!!」


 咄嗟にサンダードラゴンボウを構える晴矢だが、インディラの動きの速さに戸惑うばかりだ。


 キィン、キン、キンッ! カァーンッ!!


 目にも留まらぬ太刀さばきを、ロコアがクルクルと身を翻しながら錫杖で受け流す。


「す、すげえ!」


 さすがは異世界ウォーカー、といったところか。

 弓を撃つタイミングすら掴めない晴矢は、ロコアの身のこなしに目を奪われるしか無かった。

 一方、ロコアの背後でジリジリと後ずさる雨巫女ウズハは、口元に手を当て、気が気ではないようだ。


「インディラ、目を覚ますのです! お願い、お願いです!!」

「せいやっ!!」


 問答無用と言わんばかりに、インディラが刀を上段から打ち下ろす!


 「カーン」と乾いた音を響かせて、インディラの打ち込みを錫杖で受け流すと、ロコアはサッと雨巫女ウズハの前まで飛び退った。

 それと同時!!


「────グラップリングスネア!!」


 シャーンと音を立てて錫杖を地面に突き立てる!

 地鳴りとともに「ズドンッ!!」と突き上げてきた岩の手を、インディラはバク転で軽やかに交わし去った。

 そして二歩三歩と後ずさると、ギリッと歯を軋らせて、再び、刀を油断なく構え直した。




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