◆第二章 杜乃榎の雨巫女

【14】白装束の少女


 ────白い渦をくぐり抜けると同時、少女の悲鳴が響き渡った。


「きゃああああああ!!」

「キシャアアアアアアッ!!」


 少女の悲鳴に続いて、耳を突き刺す威嚇の声。

 バサリとサンダードラゴンウイングをはばたかせ、目をしぱしぱさせる凪早なぎはや晴矢はれやの視界に、ミュリエルの部屋で見たあの光景が徐々に広がっていく。


 周りを山で囲まれた奥深い谷間。

 足元には滝壺の水面が広がっている。

 「ドドドド」と大きな音を立て、小さな飛沫となって流れ落ちる滝。

 そして、滝壺の周囲を覆い尽くす深い竹林。


 ただ、あの光景と少し違う点があった。


「……霧? それに、なんだあいつら!?」


 見覚えのある光景を、夕陽を受けて薄赤く染まる靄が包み込んでいる。

 その中を蠢く、無数の影。

 竹林から滝壺の右側の岸辺に向かって、緑の肌をした小鬼たちの集団が、不気味な声を発しながら埋め尽くしているのだ。


 そして────!


「晴矢くん、うしろよ!!」


 ロコアの声にハッとして振り返る。

 晴矢のすぐ背後で、太さ1mほどもあろうかという黒い大蛇がとぐろを巻いていた。

 先ほどの威嚇の主らしい。

 デスクレイワームと同じく、体表は黒と紫の禍々しい模様だ。

 頭には刺々しい鶏冠とさか

 流れ落ちてくる滝を物ともせず、大きな鎌首をもたげて気味の悪い青紫色の舌をチロチロと動かしている。


 そのとぐろの中心には……!


「どなたか! どなたかお助けを!!」

「……バグ玉の映像で見た、白装束の人だ!!」


 ガン、ガンガン!


「ギャワワッ!」

「ギャワオウ!」


 晴矢が声を上げた時、岸辺の小鬼たちがざわめき始めた。

 手にしたラウンドシールドと石斧を打ち鳴らし、憎悪に燃える真っ赤な瞳で晴矢を睨めつけている。


「あれはゴブリン!! 悪魔が手先として使役するモンスターよ!」

「めっちゃいるんだけど!?」

「ギャホオオウッ!!」


 戸惑う晴矢に向かっていきなり、ゴブリンたちが一斉に石斧を投げつけてきた。


「ウソだろ!?」

「晴矢くん、上に逃げて! 石斧の、届かないところまで!」

「そ、そうか!」


 ロコアを抱えたまま、すぐさまバサリと大きく翼を羽ばたかせる。

 石斧の雨を掻い潜るようにして、滝壺の水面ギリギリをスイーッと飛んだあと、身を捻るようにして上昇した!


「はっはぁー!! 空を飛べるってすごいぜ!」


 調子づいた晴矢に向かって、ゴブリンたちがさらに石斧を投げつけてくる!


「幾つ石斧を持ってんだよ!」

「あれは魔物たちのスキルよ! 尽きるのを待ってても無駄だと思う」

「そ、そういうことか!」


 慌てふためきながらも、飛び交う石斧をヒョイヒョイと交わしていく。

 自在に空を舞う晴矢に、1つとしてかすりはしなかった。


「よし! ここまでくれば安全かな?」


 忌々しげに足を踏み鳴らすゴブリンたちだが、晴矢たちを見上げることしかできない様子だ。

 まるで、「卑怯者め、こっちへ降りてこい!」と言わんばかりに喚き散らしている。


「あぐっ!! あぁぁぁぁっ……!」


 その時、黒紫の大蛇に締め上げられている白装束の少女が、苦痛に顔を歪めて身悶えた。

 あのままでは、もうどれほども持たないだろう!


「逃げたは良いけど、こ、こんな状態じゃ弓を打てないし! ど、どうするんだ、ロコア!? 早くあのを助けないと!」

「大丈夫、わたしに任せて」


 晴矢の腕の中で、ロコアはいたって冷静にメガネを煌めかせた。

 片手でシャリーンと錫杖を構えると、凛とした口調で言葉を紡ぎ出す。


「わたしの魔法でゴブリンの一団を蹴散らすから、その隙にわたしを岸辺におろして。そしたら晴矢くんはすぐに、あの大蛇の頭を撃ち抜くの。ライトニングショットはダメよ、あの人を巻き込んじゃうかもしれないから」

「わ、わかった!!」


 晴矢が頷き返すと、ロコアは口早に詠唱を唱え始めた。



「暗雲満ちる月 欲念漂う凍夜とうや水面みなも


  暗鬱あんうつなる濁流に浮かぶ 非業ひごう闇火やみひ


 いにしえよりの契約に従いて 汝の力を我が前に示せ────!


 ────グラヴィティボム!!」



 錫杖のクリスタルが煌めいて、ヒュンとばかりに漆黒の泡が放たれる!

 それは急速に膨らみながら、ゴブリンたちの群れの真ん中へと突っ込んだ!


 グゴオォォォォォォン!!


「ギヒイイイッ!! ゲグググゲゲゴゴッ!」

「グギャギャギャギャッ!! グゲッ!」


 漆黒の泡が弾けてゴブリンたちを薙ぎ倒す。

 ゴブリンたちの頭が首が腕が脚が、あらぬ方へとねじ曲がり、不気味な断末魔が木霊した。


「す、すげえ!!」


 3分の1ほどが漆黒の泡に巻き込まれただろうか?

 ゴブリンの一団の真ん中に、ポッカリと穴が開いている。

 すでに息絶えたゴブリンは黒い靄と化し、残された一団は驚愕におののいている。


「晴矢くん、この隙に!」

「おう!」


 サンダードラゴンウイングをバサッとはためかせ、晴矢はゴブリンたちの真ん中へと一気に急降下していく。


「ここで大丈夫! はあっ!」


 ロコアは晴矢の腕を離れると、軽やかな身のこなしで地面に舞い降りた。


「────牙岩剣山ががんけんざん!!」


 地面に降り立つと同時、錫杖の柄で地面を打つ!

 その瞬間、ロコアの周囲をグルリと囲むようにして、岩の剣山が突き上げた!


「ギャヒィッ!」

「ゲブハッ!」

「晴矢くんは大蛇を!」


 ゴブリンたちが断末魔を上げる中、ロコアが錫杖で大蛇を指し示す。

 見れば、黒紫の大蛇が、白装束の少女に向かって大口を開けていた!

 頭から、少女を飲み込んでやると言わんばかりに!


「オッケイ! 任せろ!!!」


 背負っていたサンダードラゴンボウを手に取ると、素早く弦を引き絞った。


「────スパイラルショット!!」


 シュンとばかりに現れた光の矢の切っ先を、大蛇の頭へピタリと定める。

 この一撃を、外すわけにはいかない!


「これでも食らえ!!」


 ヒュンとばかりに矢を解き放つ。

 光の矢はギュルギュルと激しく回転しながら風を巻き、大蛇に向かって一直線に飛んだ!


 ズドシュンッッッ!!


「ギョグワブヘェッッ!」


 矢というよりも、砲弾だ。

 黒紫の大蛇の頭は木っ端微塵に弾け飛び、ドス黒い液体が撒き散らされる。

 頭を失った大蛇の身体がウネウネとのたうち回り、白装束の少女を宙へと投げ出した。


「きゃああああ……!」

「おっと!!」


 バサリと翼をはためかせ、晴矢は少女に向かって飛んだ。


「────牙岩剣山!!」

「ギャワ! グゲエエエエエエ!」

「ギヤアアアアアッ!!」


 後方で再び、ロコアの魔法が炸裂する。


「よっ、と!」

「きゃっ」


 晴矢が、滝壺の水面ギリギリで少女の身体を受け止めたその時!


「キシャアアアアア!!!」


 のたうち回っていた大蛇の尻尾から、突然、蛇の顔が現れた────!




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