【13】準備完了!


「これで準備完了、っと! どう? 似合ってるかな?」


 ────出発前。

 ミュリエルから借りた防具を身に纏った凪早なぎはや晴矢はれやは、その場でクルリと回転してみせた。


「あたしのセンスに疑いの余地は無くってよ? 似合っているに決まっておりますわ」

「うん、とてもよく似合ってるよ」


 頭には、虹色に反射するミラーレンズ式の飛行士用ゴーグルを引っ掛けている。

 胸にはブレストプレート、腰にウェストポーチ。

 腕は肘から手首までプレートで覆われた篭手、膝下も同じプレート製のブーツだ。

 耳にはヘッドセットもつけている。


 サンダードラゴンウイングは、背中から少し浮いているからか、防具の邪魔にならないでいる。

 しかも、これも防具と合わせて着脱可能。


 すでにステータススクリーンに、防具一式を『雷竜セット』として登録済みだ。

 これで音声認証だけで、着脱も自由自在というわけだ。


「さっきも言いましたけど、ちゃんとご自分で装備を揃えたら、返していただきますから」

「ごめんね、ミュリエル。防具を借りだけじゃなく、『絶対領域サンクチュアリスクロール』まで貰っちゃって」

「それは良いんですのよ。偶発的とはいえ、あたくしの大魔法に巻き込んでしまったのですから。ロコアちゃん、『絶対領域サンクチュアリ』をフルバレットブーストで使ってしまわれたのでしょう? これぐらいは当然のことですわ」


 得意気に、ミュリエルが胸を張る。


 『フルバレットブースト』というのは、スキルバレットを残り全弾注ぎ込む必殺技のことだ。

 それにより、スキル威力を絶大に発揮することができるらしい。

 だが同時に、スキルの使用ができなくなるリスクもある。

 スキルバレットの回復には、ステータススクリーンをスリープモードにして6時間ほどの休息が必要だという。


 残念ながら、今はそうしている暇がない。

 ロコアとしては、一刻も早く、バグ元の異世界に行きたいようだ。

 そうした状況を鑑みて、ミュリエルが防具の貸与とともに、アイテム供与を申し出てくれたのだ。


「本当に助かる……ありがとう」

「ありがとね、ミュリエルさん」


 ニコニコ顔でビッと親指を立てる晴矢に、ミュリエルは「フン」と小さく鼻息を漏らした。

 そしてツンと澄まし顔をしてみせると、どこか真剣な面持ちで言葉を紡ぎ出した。


「最後に、あたくしからアナタに一言申し上げておきますわ。従者アシスタントとしての、心構えをね」

従者アシスタントとしての心構え、か……」


 神妙な面持ちになる晴矢に、ミュリエルは「コホン」とひとつ咳払いをしてみせた。


「よろしいですこと? 従者アシスタントというのは、異世界ウォーカーの目となり手となる役目を負っておりますの。それは文字通り、異世界ウォーカーが従者アシスタントの身体を乗っ取ることができるという意味も含まれておりますのよ」

「か、身体を乗っ取る? マジで……?」

「魔王や悪魔は従者アシスタントを誘惑し、異世界ウォーカーの生命を狙おうと画策する場合がありますわ。それを防ぐために異世界ウォーカーには、従者アシスタント契約を一方的に破棄してその戦闘能力を取り上げたり、従者アシスタントの身体を乗っ取って謀反を防いだりする権限が与えられておりますの。────これはすべて、天使のシステムによるものと、心得なさい」

「そっか、なるほど……」

「ですが……」


 ミュリエルは「ふん」と鼻息をつくと、眉根を潜めて少し悲しげな表情をしてみせた。クマのぬいぐるみも、どこか浮かない顔に見える。


「あたくしたち異世界ウォーカーは天使の使徒であって、天使そのものではありません。血も涙も情もある、ただの人ですのよ。……それだけは、どうかお忘れなく」


 そう言って、キッと晴矢を睨みつけた。

 晴矢は、ミュリエルとロコアの顔を交互に窺い見る。

 ロコアは視線を落とし、どこか寂しげに見えた。


「ま、裏切りたくなった時は、ミュリエルさんに聞こえるぐらい、でっかい声で叫ぶよ」


 ロコアは口を手で抑えて笑いを堪え、ミュリエルは呆れたと言わんばかりに肩を落とした。


「晴矢くん、そろそろ行きましょ」

「オッケイ、ご主人様! いつでもいいぜ!」

「どんな危険が待ち受けているかわからないから、いつ何時でも、絶対に油断しないで」

「ああ、わかってるって」

「サポート、よろしくね」


 ワクワクの止まらない様子の晴矢に、ロコアはニッコリと微笑みかける。

 そしてシャリーンと錫杖を振ると、詠唱を唱え始めた。


「────エンチャンテッドロックパワー!」


 晴矢とロコアの身体が同時に、フワリとした白い光に包まれる。


「『攻撃力アップ、防御力アップのバフを確認しました。効果時間は60分です』」


 アナウンスの声に構わず、ロコアが再び錫杖を振るうと、ホワっとした光が現れた。

 来た時と同じように、ロコアが光にスマホをかざす。

 光はすぐに、白い渦へと変わった。


「ようやく、出発か。グズどもめ。さっさと行こうぜ」

「うん、分かってる」


 マントの中から悪態をつくグスタフに苦笑すると、ロコアはそっと晴矢の前に歩み寄った。

 そしてその首筋に、すっと右腕を回してくる。


「晴矢くん、わたしを抱っこしてもらっていい?」

「……え?」


 思わず、顔を赤らめる晴矢に、ロコアも恥ずかしげに俯いた。


「だって、ほら……さっきの映像、見たでしょ? たぶんこの先は、滝壺だから……」

「……あ、ああ、そっか。落ちちゃうとまずいよな」

「そういうこと」


 頷くロコアをお姫様抱っこで抱え上げ、バサリとサンダードラゴンウイングをはためかせる。

 ロコアを胸に抱くのは二度目だが、胸が高鳴らずにはいられなかった。


「よいしょっと!……ふう、意外と重いよね」

「ほ、ホントに? わたしいつも、痩せ過ぎだって言われるんだけど……」

「ははは、冗談冗談」

「もう……」


 むくれて見せるロコアに、晴矢は思わずニヤニヤしてしまう。

 ずっとこのままでいたい、なんて思いがグルグルと駆け巡る。


「はいはい、じゃれ合いはそこまでになさい。そんな腑抜けた気分で、向こうに行くなりモンスターに襲われでもしたら、どうなさるおつもり?」


 ジト目で睨みつけてくるミュリエルの視線に、晴矢は背筋を正さずにはいられなかった。

 小さく苦笑するロコアが、気を取り直したようにメガネをクイッと指先で押し上げる。

 そして、ミュリエルに向かって小さく手を振った。


「また来るね、ミュリエル」

「いよいよ悪魔討伐、という折にはいらっしゃいな。その時は喜んでお手伝い差し上げますわ」

「うん、覚えておくね」


 頷くロコアの様子を確認すると、晴矢はミラーレンズゴーグルをかけ直し、バサリと翼を羽ばたかせた。

 そして迷うこと無く、スイっとばかりに渦へ飛び込んだ。


 2人が渦の中へと姿を消すと、どれほどの間も無く、渦はゆっくりと掻き消えていった────。


「……まさかロコアちゃんに従者アシスタントができるなんて……。んふふ、きっとマーカスも、喜んでおりますわね……。2人で協力なさい。必ず、明るい未来が切り拓けますわ」


 どこか可笑しそうに微笑むと、クマのぬいぐるみをキュッと抱きしめる。

 そしてコツコツと足音を立てて、部屋を後にした────。




<第一章 異世界ウォーカー 終>

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