【09】従者試験


「(ははは、まさかこんなことになるなんて……!)」


 ────『指輪の騎士』の主人公のような活躍をしてみたい。

 そんな中二病心をくすぐられる夢のような話が、従者試験をクリアすれば、現実のもとなるかもしれないのだ。


 ワクワクする心と、ドキドキと高鳴る胸、そしてわずかに押し寄せる不安。

 それらが綯い交ぜになって、凪早なぎはや晴矢はれやの全身を武者震いが襲い来る。


 ガゼボの前にフワリ降り立つと、そんな自分を落ち着かせるようにして、大きく息を吐き出した。


「いでよ、『見習い従者ジュニアアシスタントのバトルナイフ』!」


 かっこ良く言い放ちながら右手を突き上げると、晴矢の手に、シュンとばかりにバトルナイフが現れた。

 刃渡り40cmほど、よく手入れされたバトルナイフだ。

 手にしたバトルナイフのグリップを確かめるようにして、何度か握り直してみる。


「うん、良さそうだ」


 まるで、今までずっと使い込んできたかのような感触で、晴矢の手に収まっている。


「あとは、っと……スキルバレットは『見習い従者の超アタック』『見習い従者の超ガード』『見習い従者の超ラッキー』だよな。……超アタックと超ガードはなんとなくわかるけど、超ラッキーって……どういう時に使うんだろ? スキルの同時使用とかできるのかな?」


 首を傾げてみるが、すぐにいい考えが浮かぶはずもない。

 本当に、たったこれだけのスキルで、なんとかなるものなのだろうか?

 今更ながら、そんな不安が渦巻いてくる。


「……も、モンスターには弱点がある、って言ってたよな。ま、まずは、それを見つけ出せばいいんだって。それに、それに! モンスター自体が弱い場合だってあるんだ!」


 なんて事を呟きつつ、ガゼボの中にキッとした視線を向ける。

 さっき危ない場面を経験しているから、よほどのことがなければ落ち着いていられるだろう。

 そんな事を胸の内で呟くと、気合を入れ直し、グッとバトルナイフを握りしめた。


「よっしゃ、行くぜ!!────凪早晴矢、従者試験を受けまーす!!!」


 左拳をサッと突き出すと、甲の紋様がキラリと光を放つ。

 それと同時、ガゼボの床の魔法陣から、フワンと青い光が立ち昇った。


「来いよ、モンスター!!!」


 そして────!


 「ズドン!」と激音が轟いて、ガゼボの天井が木っ端微塵に砕け散った。


「グギャアアアアアア!!!」


 大咆哮とともにコウモリのような翼をバッと広げるその巨体!

 長い首に鋭い牙と角。

 青黒い鱗に包まれた恐竜のような体躯に、鋭く突き出た手足の爪。

 顔の大きさだけでも、晴矢の何倍モノ大きさだ!


 唖然とする晴矢の耳に、アナウンスの声が鳴り響いた。


「『従者試験クエスト開始。サンダードラゴンを討伐してください』」

「へっ?────さ、サンダードラゴン!?」


 いきなりこんな相手は強すぎないか、と思わずにはいられない。


 戸惑うばかりの晴矢を、ギロリと見据えるサンダードラゴン。

 その瞬間、サッとばかりに血の気が引いた。


「グギャアアアアアス!!!」


 物凄い唸り声とともに、バチバチと周囲の空気が震える。


「……やべえ!!!」


 慌てふためいて、手足を藻掻くようにして上へと舞い上がる!


 ズドォォォォォン!!


 サンダードラゴンの口から放たれる、一筋の稲妻!!

 さっきまで晴矢がいた空間を、撃ち抜いていた!

 地面を穿ち、土煙が立ち昇る。


「うへえ、間一髪!!」

「グガオウゥゥッ!!!」


 冷や汗の吹き出す晴矢に向かって、サンダードラゴンが唸りをあげて突進してくる!

 とてもじゃないが、サンダードラゴンの巨体を回避できる余裕が無い!!


「ひ、ひええええ!! ────み、見習い従者の超ガード!!!!」


 瞬間、全身がキランと光り輝いた。

 晴矢は咄嗟に両腕を頭を覆うようにクロスさせ、衝撃に備える!

 その直後!!


「グギャオウ!!!」


 ガギィィン!!


「ぐへっ!!」


 次の瞬間には、サンダードラゴンにクロスした両腕と尻をガッチリと挟まれていた!

 目の前には、サンダードラゴンの口腔だ!


 どうやら、超ガードのスキルとロコアのエンチャントのおかげで、噛み砕かれずに助かっているらしい。

 それでも強烈な圧力が、その腕と背中から腰にかけてのしかかってくる。

 クロスさせた腕は、サンダードラゴンの上顎を押し返すので精一杯。

 少しでも力を抜こうものなら、超ガードの上から背骨ごと押し砕かれてしまいそうだ。


「『見習い従者の超ガード、残り時間55秒……』」

「ぐぐぐぐぐ……や、やべえ……!」


 晴矢の全身がキランキランと光を放ってこれに耐えるが、身動き一つ取れないままでは、超ガードの効果が切れた瞬間、あの世行きだ!!

 と、その時。


「!? うわおおおう、うえええおうううぉ!!」


 いきなり、サンダードラゴンが頭を左右に大きく揺らし始めたのだ!

 右に左に振られて物凄いGを感じる。


 まさに踏んだり蹴ったり!

 上下左右の感覚すら奪われて、モンスターの弱点を探り出す余裕もなければ、まともに思考を巡らせることも出来ない!


「うおおおおわ、うびゅううううう!! うっ!?」


 左に大きく振られた時だった。

 一瞬、フワッとばかりに重圧が和らいだ。


「なんだ……?」


 と思った時には、再びまた大きく振られ始める。

 しかも!

 いきなり周囲の空気がビリビリと震え始めた!

 そしてサンダードラゴンの喉の奥から、フツリフツリと青い光が湧き上がってきた!!


「や、やべえ! 電撃か!?」

「『見習い従者の超ガード、残り時間20秒……』」


 超ガードを使った今、こんなのを食らえばおしまいだ!!

 全身から冷や汗が吹き出して、死の恐怖が晴矢を飲み込もうとしたその時、またしてもフワッとばかりに周囲の重圧が和らいだ。


「おおお?」


 ビクッと身をすくめた瞬間、無意識の内に、クロスさせていた右腕を引き抜いていた。

 今は左腕一本でサンダードラゴンの上顎を押し返す体勢だ。

 なぜそんなことになったのかはよく分からないが、晴矢にとっては、反撃するチャンスだ!


「右腕が使えるなら……バトルナイフで……!」


 晴矢は咄嗟に心を決めた。


 ────バトルナイフを超アタックでサンダードラゴンの下顎を突き刺すと同時、超ラッキーも発動する。


「これだ!!」

「『見習い従者の超ガード、残り時間10、9、8……』」


 もはや迷っている時間など無い!

 意を決して、バトルナイフを逆手に持ち変えると即座に振り上げた。


「うおおおおお! ────見習い従者の超アタック! アーンド! 見習い従者の超ラッキいいいいいいっ!!!」


 絶叫とともに、サンダードラゴンの下顎めがけて、バトルナイフを突き下ろす!

 キランとバトルナイフが閃光を放ち、サンダードラゴンの下顎に深々と突き刺さる!


 ドブシュッ!


「ぐ、グゲエエエエエエエエエエッ!!!」

「うわっとぉ……!!」


 激痛に、サンダードラゴンが大きく首を仰け反らせ、その反動で晴矢がポ~~~ンと宙に投げ出される。

 サンダードラゴンの口からあらぬ方向へ雷が迸り、夜闇に雷鳴が虚しく轟いた。


「おおお、ラッキィーーー!!」


 どうやら、絶体絶命のピンチからは抜け出せたようだ。

 クルクル回る身体を制するようにして、手を動かす。

 気づけば、随分上空へと連れてこられていたものだ。


 眼下に広がる城塞都市の明かりが小さく瞬いて、澄み渡る夜空には月がかかっていた。


「浮遊力が無かったらヤバかったな……!」


 これも、その人に見合ったモンスターの選定、といったところなのだろうか?


「グガアアアアアアッ!!!」

「って、呑気なこと考えてる場合じゃねえって!!」


 クンとばかりに方向転換をしたサンダードラゴンが、晴矢目掛けて突進してくる!!


「自由に飛べる分だけ、向こうが有利か!」


 すでに超ガードも超アタックも、効果時間が切れている。

 晴矢に残された手段は、もはや2回分の超ラッキーだけだ。


「ちょ、超ラッキーで避けてやる! でも避けるだけじゃ……!」


 考える間もなく、サンダードラゴンが電撃を吐き出した。


「グガアアッ!!」


 ズドシャァァァン!!


「うひゃああっ!」


 情けない声を上げて、ジタバタとその場を離れる。

 そんな晴矢に向かってサンダードラゴンが、ビュンとばかりに一気に間合いを詰めてきた!

 目の前に迫る、凶悪な大口!!


「────見習い従者の超ラッキー!!!」


 叫びつつ、グルンとばかりに身を捻る!

 キランと閃光が煌めいた瞬間、ブヒュンと風を切り裂いて、サンダードラゴンの頬が晴矢の脇を掠めた!


 だが、しかし!!!


 ドンッ!!


「どぼぐえぇぇっ!!」


 サンダードラゴンの翼の根元あたりが、晴矢の身体にぶち当たる!

 衝撃に、身体をくの字に折り曲げるしかない────!



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