【08】アシスタント?


「アシスタントって……?」

「ななななななな、どどどどどどど、どうしてですの!? こんなヒョロチャラ男のどこがお気に召しましたの!?」


 悪態にも様々な言い様があるものだ。

 「きいいい」と歯軋りしながら取り乱すミュリエルの肩を、苦笑を浮かべながらロコアが優しくポンポンと叩いた。


「あのね、凪早なぎはやくんて、ちょっと無鉄砲なところがあるから」

「さっきの、ガゼボに引き返しちゃったヤツのこと?」

「うん。でも、従者アシスタントになれば『天使のサポートシステム』で、モンスターに対する戦闘力のサポートが得られるわ。もちろん、身を守る術もね」

「そうなのか。『天使のサポートシステム』ね……」

「凪早くんに、悪魔の傍まで付いてきてもらう必要があるとなると、やっぱり自分の身は、自分で守れる方が良いと思うの。異世界ウォーカー専用回線で、わたしとの連絡も取りやすくなるし」

「ははあ、なるほど。良いお考えですね。トラブルに巻き込まれたとはいえ、戦力アップの人材とするならば、持って来いかもしれませんね」

「うむ! 男児たるもの、レディの危機を前にして、身を投げ出さずにはおれまいて!」

「それに、わたしのバフも適用できるようになるから。仮に試験に失敗して見習いのままでいたとしても、今よりはずっと、身を守りやすいはずだし」

「いい事づくめですね」

「あたくしは反対です!!!!!!」


 ミュリエルがドンっと足を踏み鳴らして言い放つ。

 よほど、気に入らないようだ。


「こんな! しかも男が! ロコアちゃんの初めての従者アシスタントだなんて、許せませんの!! もっと気立ての良くてキャピッキャピな娘をご紹介して差し上げますわ! 今からでもお考え直しなさいな!!」

「落ち着いて、ミュリエル。グズグズしていると、どんどん取り返しの付かない状況になるでしょ? さっきも言った通り、見習いのままでも利点があるし、今はそれを活かすのが一番だと思うの」

「ここに来た時みてーにいきなり、悪魔との戦闘の中に飛び込んじまうかもしれねーしな。手は打っておくべきだろーぜ。それとも晴矢はれやの言ったように、ミュリエルたちが手を貸してくれるってなら、別だけどな」


 マントの中からグスタフが口を挟むと、ミュリエルが「チッ」と舌打ちをした。


「ですが、従者試験が難敵だった場合、彼が生命を落としてしまう危険性もありませんか?」

「うん……」


 サンリッドの言葉に、ロコアはとても不安そうに俯いた。

 ミュリエルはピクリと片眉を上げると、「フンッ」と大きく鼻を鳴らした。


「そうですわ! 従者試験に危険はつきもの。見習い期間もなしにクリアしたなどという話、聞いたことがありませんもの! ロコアちゃんらしからぬ、無理無茶無謀の三倍役満ですわ!」


 そう言い放つと、クマのぬいぐるみをキュッとキツく抱きしめて、なぜか妙に嬉しそうに目を細めた。


「……ですがむしろこの際、そうしていただくのがスッキリするかもしれませんわね~?」


 晴矢に視線を向けながら、「ヒッヒッヒッ」と悪どい忍び笑いを漏らしている。

 従者試験に失敗して生命を落とすようなら、バグ玉が抜け出してくる。

 そうした意味もあるのだろうが……。


「じゃあミュリエル、ここの設備を使わせてもらってもいい?────それがわたしの、3つめのお願いなの」

「ええ、もちろん。あたくしは構いませんですわよ。見習い期間もなしにクリアしたとあらば、このあたくしも認めざるを得ないですわね」


 満足気な表情で頷くミュリエルの言葉に、皆の視線が晴矢に注がれる。

 晴矢は頬をポリポリと掻くと、小さくを肩をすくめてひとつ大きく息を吐き出した。


「────いいよ。俺、従者試験を受けるよ」」


 キリッとばかりにロコアを見つめる。

 濃紺縁の眼鏡の向こう、ロコアの瞳は大きく見開かれ、キラキラとした輝きを帯びていた。


「むしろ、俺で良ければ! 蔦壁つたかべの手伝いができるなら是非、ってとこさ!」


 グッと右手を突き出し、ビッと親指を立てる。

 今まで生きてきた中で、最高に決まった瞬間かもしれない。

 自然と気分が高揚し、カアーッとばかりにアドレナリンが駆け巡る。


 晴矢の視線を受け止めるロコアも、胸に手を当て、嬉しそうにそっと微笑んだ。


「そうと決まれば、早速、ですね」

「ロコアさまの初めての従者アシスタント誕生なるか!? 見物だわい」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ちょっと降りてきてくれる、凪早くん」

「ほいよ」


 ロコアの横にスウーッと降りてくる晴矢に頷き返すと、ロコアはゴソゴソと腰のポーチをまさぐった。

 そして御札のようなものを取り出すと、晴矢のおでこにペタリと貼り付ける。


「なにこれ?」

「『見習い従者ジュニアアシスタント契約の護符』。これから契約の魔法を唱えるから、そこから動かないでいてね」


 ロコアは両手に錫杖を構えると、晴矢に貼り付けた護符に向かって錫杖をかざした。

 そして小さく円を描くように錫杖を動かしながら、口早に小声で詠唱し始める。



天宮てんきゅうに舞い踊りし 白き翼のはためきよ


  我らが古の盟約により 新たなる信徒に導きと祝福を


 泡沫うたかたなる霊人れいじんたまいし 虹玉こうぎょくの泉によくさん────」



 ロコアが錫杖を天に向かって高々と突き上げる。

 その瞬間、錫杖の遊環がシャリンシャリンと激しくわななき始め、頭部に付いたプリズムが真っ白な光を煌々と放ち始めた。



「我、ロコア・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの名において


  汝、凪早なぎはや晴矢はれや見習い従者ジュニアアシスタントの理力を与えん!


 ────セイクリッド・プロヴィショナル・コントラクト!」



 言い放つと、晴矢の頭めがけてブンとばかりに錫杖を振り下ろす!

 「パリーン!」と薄いガラスが弾けるような音が響いて護符が弾け飛ぶと、ホワホワしたぬくもりと真っ白な光が、二人を優しく包み込んだ。


 思わず、ポーッとしてロコアを見つめる。

 ロコアは真剣な眼差しで、晴矢を見つめていた。


 そんな晴矢の耳に、女性の声でアナウンスが聞こえてきた。


「『「見習い従者ジュニアアシスタント」として認められました。

 ────「見習い従者のバトルナイフ」を1個獲得、

 ────「見習い従者の超アタック」のスキルバレット1個獲得、

 ────「見習い従者の超ガード」のスキルバレット1個獲得、

 ────「見習い従者の超ラッキー」のスキルバレット3個獲得』」


「凪早くん、左手の甲を見て」

「……ん? おおお?」


 言われるがままに自分の左手の甲を見ると、青く光る紋様が浮かび上がっていた。

 ロコアの左手の甲にある紋様と、同じ紋様だ。


「それをタップすると、ステータススクリーンが立ち上がるから。スクリーン2ページ目に、『従者試験クエスト』の表示があるのを確認してほしいの」

「あ、ああ」


 ロコアの指示に従って、左手の甲の紋様をポンとタップする。

 すると、宙にシュンとばかりに透明スクリーンが開いた。


 名前の横に『見習い従者』の文字が見て取れる。

 その下には、128文字の英数字が並んでいる。

 これがウォーカーコードというやつだろうか?


 さらに下方、それぞれに区切られた欄がある。

 所持武器欄には『見習い従者のバトルナイフ』。

 スキル欄には『見習い従者の超アタック』『見習い従者の超ガード』『見習い従者の超ラッキー』と書かれており、その横に数字付きの弾丸のようなアイコンが表示されていた。


「うはっ、RPGのステータス画面みたいだ! えっと、2ページだっけ」


 言いつつ、スクリーンを横にスライドさせる。

 スルっと『クエスト一覧ページ』に切り替わり、そこには『従者試験クエスト:受注可能』とだけ、表示があった。


「あるね! 『従者試験クエスト:受注可能』だってさ」

「そう、良かった。基本的にすべてのアイテムやスキルの使用、クエスト受注は、音声認証で発動されるから。スキル横の弾丸の表示があるでしょ? それは『スキルバレット』って呼ばれるもので、その回数だけスキルを使用できるわ」

「なるほど! 『見習い従者の超アタック』『見習い従者の超ガード』が1回ずつで、『見習い従者の超ラッキー』が3回使えるってわけか」

「うん、そういうこと」

「物分かりが早いですね」

「その程度のこと、すぐに理解できて当然でしょう?」


 サンリッドが褒めた傍から、ミュリエルが毒づく。

 そんな2人に気にする様子もなく、ロコアは言葉を続けた。


「スキルにはパッシヴとアクティブがあって、アクティブスキルには瞬間発動タイプと持続効果タイプがあるわ。持続効果時間はナビゲーションされるから、それを聞きながら次の行動を考えて。……本当は、こういうことを学ぶための見習い期間があった方がいいんだけど……。新たなスキルを習得することもあるし……」

「いいさ。ゲームみたいな感じだし、これなら意外となんとかなりそうだよ」

「ホントに……?」


 不安げなロコアに、晴矢はビッと親指を立ててみせる。

 ロコアは少しホッとしたような表情になり、言葉を続けた。


「従者試験は、さっきのガゼボの魔法陣でクエスト開始できるから。クエストを開始した瞬間、モンスターが現れると思うから気をつけてね」

「オッケー、了解!……って、俺1人で戦うのかな?」

「うん。従者試験は、誰も手出しできないから」

「そっか……ちなみに、どんなモンスター?」

「それは人それぞれで、違うんだけど……」


 ロコアがチラリとミュリエルたちの顔を見渡す。


「あたくしの時は、ガーゴイルキングとガーゴイルクイーンでしたわ」

「私はユニコーンでしたね。スクワイアーは確か……」

「オーガ4体だったな!」

「わたしは、ロックゴーレムとサラマンダーとウンディーネ」


 たしかに、モンスターも数もバラバラのようだ。


「その人に見合ったモンスターが出現するみたいなの。極稀に、強いモンスターも現れるけど、ほとんどの場合はそうじゃないから。それと、モンスターには弱点が用意されてるの。それを見つけ出して、超アタックを上手く当てれば大丈夫だと思う」

「弱点に超アタックを叩き込む、ね。了解!」

「ご安心なさい。あなたのような尻軽間抜けヅラ、きっとハエかガガンボ程度のヨワヨワモンスターに違いありませんわ」

「……そうだといいかも」

「ははは、たしかにね。よし! じゃあ、行ってくる!」

「あ、待って」


 行こうとする晴矢を、ロコアが引き止める。


「戦闘力アップのバフを掛けてあげるから」

「おお、そんなのもあるんだ」

「ロコアちゃんは、超有能なバッファーですのよ」

「一般人には効果がありませんが、従者アシスタント見習い従者ジュニアあアシスタントならば、恩恵を受けられます」

「つまり、ロコアさまに従者アシスタントがおれば、鬼に金棒ということよ!」

「なるほどね。じゃあ頼むぜ、蔦壁つたかべ!」


 クスリと微笑むと、ロコアは再び錫杖を真横に構えた。



「暗雲満ちる月 欲念漂う凍夜とうや水面みなも


  暗鬱あんうつなる濁流に浮かぶ 非業ひごう闇火やみひ


 いにしえよりの契約に従いて 汝の力を我が前に示せ────!


 ────エンチャンテッドロックパワー!」



 シャリーンと錫杖が鳴り響き、晴矢の身体が光に包まれる。


「『攻撃力アップ、防御力アップのバフを確認しました。効果時間は60分です』」


 アナウンスの声とともに、頭がシャキッとなって、意識が研ぎ澄まされていく気がした。


「わたしに出来ることは、これだけだから。あとはもう、凪早くんを見守ることしか出来ないの」


 心配げに眉を潜めるロコアに、晴矢はグッと拳を握って微笑んでみせた。


「ま、見ててくれよ! 俺なりにがんばってみせるぜ!」


 そう言うと、白い翼のガーゴイルたちの間から城壁を蹴って、勢い良く宙へと飛び出した。




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