【10】超ラッキー
「ぐえほっ! ぼげげぶっ!!」
胃袋が口から飛び出てきそうなほどの衝撃で目が回る。
その瞬間、またしてもあのフワッとした感じが晴矢を包み込む!
グラグラする意識の中で、サンダードラゴンの翼にグッとバトルナイフを突き立てた。
「グギャッ! ギャオオオッ!!」
憎々しげな声を上げ、サンダードラゴンが上下左右に暴れ回る。
「うへえっ! うぼっ! あひゃあああっ!!」
大きく振り回される晴矢だが、なんとか、サンダードラゴンの翼の根元に両脚を絡め、しっかりとしがみついている。
「こ、こんのやろう……! 大人しくしやがれぇぇ……うえっぷ……!」
晴矢の声が、サンダードラゴンの耳に届くはずもない。
あたり構わず稲妻を吐き散らし、大空を暴れまくっている。
と、その時。
フワッ……。
「……なんだ?」
またあの感覚だ。
それと同時にサンダードラゴンが、晴矢の取り付いている左翼を軸に、クルンと宙返りを打つ。
時が止まったかのようなその瞬間に、晴矢はサンダードラゴンの翼の根元、脇の下のような場所で赤く光るモノを見た。
「鱗が……鱗が剥がれてんのか? もしそうなら……」
────モンスターには弱点がある。
目の前にある赤い皮膚は、まさしくそのことかもしれない。
その時、ヒラリと旋回したサンダードラゴンが不意に、その動きをピタリと止めた。
「な、なんだ!?」
「ギャオオオオオオオオオオオウッ!」
上空でグンと大きく翼を広げ、胸を張り、背筋を伸ばして咆哮するサンダードラゴン。
グン身を捩り、翼をピタッと閉じるると、真っ逆さまに急降下し始めた!
ブヒュルルルルルウウウウウッ!!
ギュルギュルと風を巻き、錐揉み状態で地面へと突撃していくサンダードラゴン。
「うへっ!……お、俺を地面に叩きつけるつもりか!? くぅっ!!」
晴矢の身体に、強烈な風圧が襲い来る。
しかも悪いことに、その巨躯を包み込むようにしてピリピリと湧き出てくる電撃!
「やべえぇ!! でも……!」
晴矢の視線の先にある、赤く光る皮膚。
「あそこに……バトルナイフを突き刺せば……!」
今はもう、それしか考えられない。
だが、強烈な風圧でとても動けないこの状況下だ。
「あのフワッとくる一瞬に……すべてを賭ける!!」
意を決すると、風圧に身をすくめながら、バトルナイフを握る手に力を込めた。
こうしている間にも、サンダードラゴンの頭の先から胴体に向かってビリビリッと駆け上ってくる大電撃!!
みるみるうちに迫り来る、城塞都市の明かり!
次にフワッとしたその時が、最大にして最後のチャンスだろう……!
フワッ……。
「……来たっ!!」
あの感覚だ!!!
同時に錐揉み状態のサンダードラゴンの身体が、晴矢の取り付く左翼から引っ張られるようにしてクイッと小さく旋回する。
神経を研ぎ澄ましていた晴矢は、この機を逃さず、突き刺していたバトルナイフを引き抜いた!!
「うおおおおおおお!」
「ンギャオオウウウッ!!」
バトルナイフを赤い皮膚目掛けて振り上げる晴矢と、鬱陶しいと言わんばかりに翼を薄く開いてと身を捩ろうとするサンダードラゴン!
大電撃が、サンダードラゴンの胸元まで駆け上ってきたその時だった!!!
「────見習い従者の超ラッキいいいいいいいいいいいいい!!!!」
ズグシュッ!!!
一瞬早く、晴矢のバトルナイフが、赤い皮膚に突き刺さる!!
「グギャアアアアアアアアアアッ!!!」
サンダードラゴンがグンと身を捻る勢いと、突き刺したバトルナイフの刃の向きがドンピシャリ!
正反対の方向に力のベクトルが働いて、サンダードラゴンの翼の根元が大きく引き裂かれた!!
ズブシャアアッ!!
「おおおおお!? ぐ、げひあああァァァァッ!!」
サンダードラゴンの電撃が周囲に弾け、晴矢の全身を駆け巡る。
心臓を鷲掴みにされたような衝撃とともに、激しく揺さぶられたように頭がグラグラと揺れて視界が霞む。
そんな晴矢の眼下では……!
「グヒアエウゴヒギイイイイイイイイッッ!!!!」
物凄い雄叫びを上げながら、片翼を失ったサンダードラゴンが自身の制御すら失って、グルグルと錐揉み状態のまま城塞都市のど真ん中へと落ちていく。
その先には────あの立派な尖塔の切っ先が待ち構えている!!
ドシャァァァァンッ!! ズドグシャアァァァッ!!
尖塔目掛けて轟いた、一筋の大雷鳴。
突然の出来事に、城塞都市の住民たちが、悲鳴を上げて身をすくめる。
「グゲッ……!! ゲゲ、グ、ギ……」
弱々しい呻き声、そしてかすかな電撃が、チリチリと尖塔の壁を伝い落ちる。
鉄製の十字架があしらわれた尖塔の切っ先が、サンダードラゴンの胸を貫いていた。
首をもたげて身悶えするサンダードラゴンの目から、ゆっくりと生命の火が消えていく。
やがてサンダードラゴンの目がクルリと白目を剥くと、長い首と大きな翼がダラリと垂れ下がった。
どよめきが、城塞都市の中心部に湧き上がる。
人々が指差す先、サンダードラゴンの貫かれた胸元から、シュワシュワと黒い靄が湧き上がり始めた。
やがて、黒い靄はサンダードラゴンの全身を飲み込んで、音もなく、暗い夜空へと霧散した────。
「『サンダードラゴンを討伐しました。従者試験クエスト、クリアです』」
「……へ? マジかよ」
激しい痺れが去って、ホッと息をついていた時だった。
アナウンスの声が、晴矢の耳に響き渡る。
気づけば、サンダードラゴンの左翼を抱きかかえたままだった。
バトルナイフを握る右手が、まだ微かにプルプルと震えている。
晴矢の頬を、ヒュウと冷たい風が撫で付ける。
見上げると、煌々と輝く月が柔らかな光で優しく見下ろしていた。
「はあ……勝ったんだ、ラッキィ」
そう呟いたあと、なぜだか乾いた笑いが胸の奥から突き上げてきた。
「あはは、はは、はははは……とても、勝ったって気分じゃ、ないけどな……」
ホウとばかりに、夜空に向かって大きく息を吐き出した。
「……っと、
サンダードラゴンの翼を両腕に抱え直すと、ゆっくりと足を動かして、城壁を目指す。
眼下の城塞都市では、人だかりとざわめきの声が、晴矢を見上げていた────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます