【06】ミュリエル
「きゃぁ~~ん♪ ロコアちゃんじゃないのぉ~♪♪♪」
案内されたのは、城壁正門の上だった。
たどり着いた瞬間、
「くすぐったいよ、ミュリエルったら」
かなり小柄で華奢な女性だ。
むしろ、女の子と言うべきか。
ピンク色の髪の毛を、白のリボンでツインテールにまとめ上げている。
服は白いレースのフリルがいっぱいに施されたピンクのドレスだ。
白いハイソックスにピンクの靴。
背中には……クマのように見える白いぬいぐるみを背負っている。
「(……この人が、異世界ウォーカーの先輩?)」
ハートをあたり一杯に撒き散らしながら、ロコアの身体をギュッと抱きしめて、その胸元に頬をすり寄せている姿に、やや呆然とせずにはいられない。
イケメンライバルを想像していただけに、肩透かしを食らったような気分だが、大いに胸を撫で下ろしたのもまた事実だった。
「よく来てくれましたの~~、あぁ~~~ん、うふ~~~ん♪」
「んふふ、ミュリエルってば……確かに久しぶりだけど、大げさすぎない?」
されるがままのロコアだが、さほど嫌そうな感じでもない。
どうやら、2人は超仲良し、といった雰囲気だ。
そんな2人を、サンリッドとスクワイアーも微笑ましそうに見守っている。
「(サンリッドさんが蔦壁の本命……ってことも無さそうか)」
特に根拠は無いが、2人の距離間を見ると、とても親密とは思えない。
知り合い同士、いやそれよりもむしろ、サンリッドの方がかなり腰が低く、ロコアに一目置いて敬っているという感じだ。
スクワイアーも同じだろう。
「もう~、あれからすぐにでも遊びに来てくださいな、って言ってたじゃありませんか」
「ごめんなさい、ちょっと居住世界の方も忙しくて」
「異世界には出ていらっしゃらなかったのですか?」
「うん。あれ以来、かな」
「勉学に励んでおられましたか」
「うん、そんなところ」
「あたくし、ロコアちゃんのために素敵なケーキをご用意差し上げてましたのよ~!」
「ホントに? ごめんね、ミュリエル」
まだしばらく、熱烈な歓迎が続きそうな雰囲気だ。
先ほど、上空にいた白い翼のガーゴイルたちは、城壁に戻ってきている。
どうやら、6体ともすべてミュリエルの使い魔らしい。
城壁の上で膝を抱えるようにして屈み込み、城壁の外を油断なく見据えている。
モンスターの襲来に、静かに目を光らせているといったところか。
城壁の内側は、綺麗に整えられた街並みが広がっている。
ひしめき合うようにして建ち並ぶ西洋風のレンガ造りの建物、碁盤の眼のように縦横に走るよく整備された道。
夕闇が舞い降りた街には、ポツポツと明かりが灯り始めている。
中央部には、教会だろうか?
3つの尖塔を従えた立派な建物が、堂々として佇んでいる。
その中でも真ん中の一際高い尖塔は、天を貫かんばかりに高く細く鋭く、目を引かれる。
その立派な建物の周囲には、市場らしき軒先が建ち並んでいるようだ。
すでに人通りが戻っているようで、賑わいを見せ始めている。
行き交う人々の衣服は、RPGによくある雰囲気の中世のヨーロッパを思わせるデザインだ。
馬車が立てる軽やかな車輪音や、安堵に包まれた人々のざわめきが、城門の上まで響いてきていた。
城壁では、兵士たちが事後処理に追われている。
部隊の人数確認、負傷者の手当、武器の整理、城壁の痛み具合の確認などなど……。
男たちの大きな声が、あちらこちらから響き渡っている。
ロコアから聞いた話では、ここはバグのせいで、いつまたモンスターが襲来するともわからない危険な場所らしい。
皆一様に疲労の色を浮かべているが、モンスター襲撃に対する緊張感が彼らを突き動かしているようだった。
「ったく、相変わらずやることが大雑把だぜ。もっといい防衛方法があんだろーがよ。振り回される兵士の身にもなってみろ、ってんだ」
毒づく声に、思わずドキリとする。
ロコアを熱烈に抱きしめていたピンク頭の少女が、ギロリとばかりに視線を上げた。
そして晴矢の姿を認めた瞬間、綺麗な碧眼が、殺意に満ちた凶悪な光で彩られた。
その突き刺すような眼光に、晴矢の全身に寒気が走る。
小さな身体から湧き上がるように昇り立つ、真っ黒なデスオーラが晴矢の目に映るかのようだ。
「ちょ……! お、俺じゃないよ!」
慌てたように、両手をブンブン振る。
「コイツ、コイツだから!」
いつの間に晴矢の肩に止まっていたか、ロコアの使い魔グスタフを、ビッとばかりに指し示した。
「ホントの事だろーがよ。人使いが荒い、横暴、性格悪い、三拍子そろったブラック異世界ウォーカーさまじゃねーか」
「こーら、グスタフ」
眉を潜めて小さく首を振るロコアが、「また始まった」と言わんばかりに呆れ顔だ。
ピンク頭のミュリエルは、「フンッ」と鼻息をつくと、ツンとばかりに顎を上げた。
「グスタフったら、相変わらずゲスな物言いですこと。ロコアちゃん、あのような
「うっせー。テメーんとこの役立たずどもよりゃ、何百倍もロコアの役に立ってるっての。おい、晴矢。テメーも言ってやれ」
「……へっ? な、なんで俺に振るんだよ……。サンリッドさんもスクワイアーさんも、獅子奮迅で超スゴかったじゃん」
「心にもねーこと言ってんじゃねーよ。『多勢に無勢の脳筋ヤロウどもに、見境なしの大魔法とかア・リ・エ・ネェ~~~www』って笑ってただろ」
「なっ!? 100%言ってねーし!!」
「やめなさい、グスタフ。凪早くんを巻き込まないの。怒るよ」
「……テメーは仲間だと思ったがなー。男同士の友情ってなぁ、もっと堅いモンだと思ってたぜ」
まだ出会ってから数十分ほどの間柄じゃないか……なんて愕然とせずにはいられない。
勝手に友情を押し付けておきながら、グスタフは騒々しくバサバサと羽ばたくと、晴矢の肩から飛び立っていった。
そしてロコアのマントの中へと姿を消す。
「ごめんね、ミュリエル。あとでキツく叱っておくから」
「別にぃ、よろしくってよ。使い魔
そう言ってロコアから一歩離れると、背中に背負っていた白いクマのぬいぐるみをサッと引き寄せて、ギュッとばかりに抱きしめた。
顎をクイッと上げてツンと澄まし顔をしてみせるが、キツく抱きしめられるクマのぬいぐるみのつぶらな瞳が、どこか苦しげだ。
「あ、凪早くん。こちらは、ミュリエル。わたしの先輩にあたる異世界ウォーカーなの」
ロコアの紹介に、ツンと澄まし顔のまま、ミュリエルが軽くお辞儀をしてみせる。
晴矢もヘコヘコと頭を下げた。
「後ろの2人は、ミュリエルの
「それよりロコアちゃん。なんですの、この……見た目の冴えない、無能を絵に描いたような間抜けヅラでいらっしゃいますけど」
言葉遣いは丁寧で淑女っぽいが、声は幼い子供のように甲高く、ペタペタした喋り方だ。
先輩というからにはロコアよりも歳上なのだろうが、なんとも推し量れない。
それに、いきなりの酷い言われよう。
しかも今度は、汚いモノでも見るような目つきで睨みつけてくる。
「ま、間抜けヅラ……って俺のこと?」
「そうですわ。ご自分の顔、鏡でご覧になったことありませんの?」
なんだか妙に、敵視されているような雰囲気だ。
ロコアとサンリッドとスクワイアーの3人が、苦笑を隠せないでいる様子を見ると、どうやらこれはミュリエルの普段からの性格のようだが。
感情の起伏が激しく、歯に衣着せぬ傲慢不遜なところがあるのだろう。
それでも、皆から敬われているっぽい様子を見ると……。
さきほどの大魔法も含めて、異世界ウォーカーとしてよほど優秀なのかもしれない。
「(実は、超絶聖人ってパターンかな?)」
なんてことを思いつつも、晴矢は頭を掻くしか無かった。
「ロコアさま、おいでになられた理由は、彼にありそうですが?」
傍らで控えていた金髪イケメンのサンリッドが、優しい口調でロコアに問いかける。
なかなか上手いタイミングでの合いの手だ。
「うん、そうなの。いきなり現れたバグ玉が、凪早くんに取り憑いちゃって……」
「バグ玉が、人に取り憑いた……?」
ロコアの言葉に、サンリッドとスクワイアーが揃って顔を見合わせた。
ミュリエルにとっても予想外だったらしく、キョトンと目を丸くしている。
「そのようなことが、ありますか?」
「わたしもこんな事は初めてだけど、間違いないわ、サンリッドさん。わたしの目の前で、起きた出来事だから」
「ふ~む、それは面妖ですな……」
「バカみたいにフワフワ漂ってらっしゃるのは、そのせいですの?」
「うん、そうみたい。バグ玉に取り憑かれてから、こうなっちゃったの」
「なるほど。あたくしてっきり、そういう世界の住人なのだと思いましたわ。ほら、『バカと煙は高いところが好き』と申しますでしょう? ご覧なさい、あの目。お調子者が服を着たような、アッパラパーの目ですわ」
「もう、ミュリエルってば……。ごめんね、凪早くん」
晴矢を気遣うロコアの横で、ミュリエルが晴矢に向かってあっかんべーをしてみせる。
その姿に、思わず吹き出しそうになった。
「ああ、いいよ。俺もお世話になる身だしね」
ちょっと大人な対応を気取りながら、ビッと親指を立てて見せる。
ホッとした表情をするロコアの横で、ミュリエルはさも気に入らないとばかりにムスッとむくれ顔だ。
その様子に、サンリッドとスクワイアーは苦笑いを浮かべて、晴矢に向かって小さく頭を下げた。
どうやら、この対応が一番良さそうだ。
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