【04】デスクレイワーム
強烈な光に、視界が
真っ白に染まった世界に、やがて腐臭の入り交じる土埃の臭いと何かの蠢く不気味な音が、ゆっくりと迫ってきた────。
「────ギュエッ、ギュゲッ」
グチュリグチュリという不快な音に混じって、オドロオドロしい呻き声が聴こえる。
「うわっ……くっさ……」
同時に、鼻を突く異臭。
徐々に戻ってくる視界に目を瞬かせながら、晴矢は周囲を見渡した。
「げげっ! な、なんだこれ!?」
思わず声が漏れる。
どうやら、公園の休憩所によくあるような、石造りのガゼボの下に出たらしい。
フワフワ漂う晴矢の足元には、石床に刻まれた魔法陣らしき紋様が白い光を仄かに放っている。
そんなガゼボの周囲で、体長6mはあろうかという巨大なイモムシが、折り重なるようにしてひしめいているのだ。
胴回りの太さは2m以上あるだろうか?
黒と紫が交じり合った毒々しい紋様の表皮。
頭部には、無機質な光を放つ真っ赤な目が左右に4つずつ並んでいる。
下向きについたゴツい顎をギチギチと噛み合わせ、モゴモゴと長い胴体を蠢かせている。
そして、その長い胴体の後方から「フシュー」とばかりに吹き出される黄緑色のガス。
腐臭の原因は、どうやらあのガスのようだ。
「これは、デスクレイワーム! 大群で、城塞都市に押し寄せてるのね……!」
「で、デスクレイ、ワーム?」
「マズいタイミングで来たもんだな、ロコア。あのガスをまともに顔に浴びると、ヤバイぜ。目や鼻、喉の粘膜をやられるからな」
グスタフの言葉に、晴矢は思わず口と鼻を手で塞いだ。
「ど、どうすんだ、この状況……!?」
戸惑いを隠せない晴矢の耳に、どこからか剣戟の音が響いてきた。
「ふんっ! せいっ!」
ザン! ブシャアアアアッ!
「ギシェエエエエエッ!」
「どりゃあああっ!!」
ズンッ! ブギュリッ!
誰かが、デスクレイワームと戦っているようだ。
「この音は……きっと、サンリッドさんとスクワイアーさんね」
「だが、まだ遠いぜ」
「助けてもらえるかも!」と一瞬期待に胸を高鳴らせた晴矢だが、グスタフの言葉にうなだれるしか無い。
その時、すぐ横にいたデスクレイワームの赤い瞳が、キュルキュルと動いてピタリと止まった。
「!? お、俺のこと見てる!」
「いけない、気づかれたわ……!」
俄に、周囲のデスクレイワームたちが色めき立つ。
あちらこちらで、「ブフッ、ブホッ」とガスが一斉に放たれた。
「うへっ!!」
ゾッとするような恐怖が、心の底から突き上げてくる。
我も我もと言わんばかりに押し合いへし合いし始めたデスクレイワームだが、数が多すぎるようだ。
互いに邪魔しあって、ガゼボの中に入り込めないでいる。
「凪早くんは、天井へ逃げてて!」
「おう、やっちまえロコア」
慌てて天井に向かって上昇する晴矢を尻目に、ロコアはバサリとマントを翻すと、錫杖をシャリーンと鳴らして真一文字に構えた。
そして凛とした声で口早に、聞き慣れない言葉を紡ぎ始める。
「暗雲満ちる月 欲念漂う
フワリとマントの端が舞い踊り、錫杖の先端から光が迸る。
シャーンと連環を掻き鳴らし、ロコアは高々と錫杖を振りかざした。
「ギシェエエエエエッ!!」
唸り声を上げて、デスクレイワームの一匹が、群れの間から頭部を突き出してくる!
ロコアの直前で大きく開かれた、凶悪な顎!!
「つ、蔦壁えっ!!!」
晴矢が大声を上げると同時、ロコアはヒラリとマントを翻してデスクレイワームの脇へ回り込んだ。
そして勢い良く、振り上げた錫杖の柄尻を、石床に叩きつけた!
「────
ザンッ! ドゴゥオオオオオオオッ!!!
轟音とともに、ガゼボをグルリと取り囲むようにして、鋭い岩の剣山が突き上げる!
周囲で蠢いていたデスクレイワームたちを、貫いて!
「ギュグエエエエエエエッ!!」
「おおおおっ!」
耳を塞ぎたくなるような断末魔が一斉に湧き上がる中、思わず晴矢も声が出た。
「ブゲッ、ブゲギギ、グェ……」
ガゼボに顔を突っ込んでいたデスクレイワームが情けない声を上げたあと、ピクリとも動かなくなる。
そしてどれほどの間も無く、その不気味な胴体がシュルシュルと音を立てて黒い靄と化し、宙に消えていった。
「また来るぞ、ロコア!」
グスタフの言う通りだ。
岩の剣山の合間から、デスクレイワームたちの怒りに満ちた唸り声が聞こえてくる。
あるモノは岩の剣山を乗り越え、あるモノは間をすり抜けようと、デスクレイワームたちが蠢いているのだ。
「凪早くん、今のうちに外へ! グスタフは、凪早くんの誘導を!」
「わ、わかった!!……って、蔦壁は!?」
「ロコアは平気に決まってんだろ、さっさと行け、間抜けヤロウ」
「凪早くん、早く!」
言うなり、ロコアが再び詠唱を口ずさむ。
「わかった! 無茶すんなよ、蔦壁!!」
晴矢は頷き返すと、クロールのように手足を大きく動かし始めた。
ガゼボと岩の剣山の間を上手くすり抜け、スイーッとばかりに外へと飛び出していく。
「ギュグワッ!!」
ガゼボから飛び出てきた晴矢に、いきなりデスクレイワームの一匹が飛びかかってきた。
「うわおっとぉ!!」
「────
晴矢がすんでのところで避けると同時、ガゼボから閃光が瞬いて、ロコアの声とともに岩の剣山が突き上げた。
付近にいたデスクレイワームたちが無残にも貫かれ、
「今のうちにさっさと上昇しろ!」
「わかってるよ!!……って、なんだこれ!? めちゃくちゃ大群だ!!」
バタバタと忙しく手足を動かしながらも、眼下に広がる光景を眼にして、唖然とするしか無い。
見渡す限りの大地は、デスクレイワームで埋め尽くされていた。
ロコアが仕留めた数など、ほんの一握りにしか過ぎない。
すでに太陽は地平線に沈みかけ、戦場を赤く染めている。
真っ赤な陽射しの中を、空からキラキラと、五色の光が舞い降りていた。
まるで雪でも降るかのようにして。
そして耳に届く、大勢の「わあああああ」という声。
「あれは……城壁だ!」
少し離れた場所で、堂々とそびえる石造りの城壁。
高さは4階建ての建物ほどあるだろうか?
まるで、晴矢を威圧するかのように
ロコアの言っていた”城塞都市”に違いない。
その城壁を取り巻くように、幅10mほどの深い堀。
満面と水を湛えて、真っ赤な陽光を反射している。
跳ね橋が引き上げられた正門の左右には円筒形の監視塔があり、黒く口を開けたアーチ型の窓からは、弓兵が所狭しと弓を構えていた。
その城壁に向かって、デスクレイワームの群れが次々とジャンプ攻撃を繰り出している。
壁を這い付くデスクレイワームの背を別のデスクレイワームたちが這い登り、徐々に城壁の上部へと迫っているようだ。。
城壁からは矢や石つぶて、投げ槍などが雨と降り注いでいるが、デスクレイワームたちに怯む様子は無い。
そして、さらに驚くべき光景が目に飛び込んできた。
デスクレイワームの群れを、切り裂くようにして蹴散らしている2つの人影。
プラチナに輝くフルプレートアーマーを身に纏った重戦士たちだ。
1人は十字槍を猛然と振るい、デスクレイワームを瞬く間に切り裂いている。
もう1人は巨大なハンマーを振るい、手当たり次第にデスクレイワームたちを叩き潰している。
「すっげ、たった2人で……!」
まるで、『指輪の騎士』の一場面に出くわしたかのような感覚だ。
確か、要塞に押し寄せるトロルたちの大軍勢を前に、主人公たちが獅子奮迅の活躍で蹴散らすシーンがあったはずだ。
勇猛果敢にモンスターを蹴散らす勇者────。
重戦士2人の姿は、まさにそれそのものだ。
自分がその場にいながら、何もできずにただ見下ろすしか無いことに、やるせなさを感じないではない。
そんな、歯噛みする思いに囚われていた晴矢の目にふと、正門の上でヒラヒラと舞い踊る何かが映った。
どうやら、ピンク色の頭がチラリチラリと見え隠れしているようだ。
それはキラキラとした五色の光を撒き散らし、どこか華やかな雰囲気さえ伺わせた。
「……正門の上で、誰かが魔法を……?」
「おい、あれは……やべえぞ、ロコア!! ミュリエルがあれをやるつもりだ!!」
グスタフの鬼気迫る声に、ハッとなる。
そしてその視線が見上げる先には……!
「な、なんだあれ!? ガーゴイルか!? それに、でっかい炎の槍!!?」
正門の上空、白い翼を羽ばたかせ、石肌をした6体のガーゴイルが右腕を突き上げて瞳を爛々と光らせていた。
6体の間には、六芒星の魔法陣が5色の光で輝いている。
そしてさらにその遥か上空……!!
真っ赤に燃え盛る無数の巨大な槍が城塞都市の上空を埋め尽くし、デスクレイワームたちが蠢く平原に切っ先を向けているのだ。
「ミュリエルの大魔法、バーニングスピアキャノンだ!! しかも精霊力増幅結界まで展開してやがる! おい、間抜けヤロウ! さっさと逃げやがれ!!」
言うなり、グスタフが晴矢の肩から飛び立った。
「逃げるってどこへ!?」
「あの城壁の上までだ! 四の五の言わず、ついてきやがれ!!!!」
グスタフの鬼気迫る声に、突き動かされるようにして晴矢も宙を泳ぐ。
眼下のガゼボからキラリと閃光が輝いて、ズドンとばかりに鋭い剣山がそそり立つ。
ロコアの、何度目の魔法だろうか。
すでに何匹ものデスクレイワームが岩の剣山に貫かれ、黒い靄と化している。
だが……。
「……あれじゃ、蔦壁の逃げ場が無くないか!?」
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