◆エピローグ
【94】落ち着ける場所
────ある日の土曜日。
「起きなさい、って言ってるでしょー!!」
ボフッ!
「ぐはあああああああっ!!!!」
「お兄ちゃんが『起こしてくれ』っていうから起こしてるのに、なんですぐに起きないのよ!」
「ぶへっぶはっ……もう朝なのか?」
「もう朝なのかぁ~、じゃないわよ! 何時だと思ってるの!?」
「……げげっ! もう11時じゃんか!!!!」
「そうよ! ギリ! ラスト! これで寝たらもう知らないんだから!」
そう言い捨てると、凪早カナエは「ドバン!」と音を立てて部屋を出て行った。
「起こしてくれてサンキュー、我が最愛の妹よ~……って、もういないし!」
そんなひとりボケひとりツッコミをしながら、凪早晴矢はベッドから飛び降りた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おお、結構並んでるな!」
映画館の前。
開演を待つ人の列が映画館の外まで続いていた。
時刻を確認すると、開場5分前だった。
「晴矢くん」
「へ?」
聞き覚えのある声に、晴矢が素っ頓狂な声をあげる。
思わずキョロキョロと辺りを見渡す晴矢の目に、フワリと風に舞う黒髪が目に止まった。
クシャクシャの映画のチケットを見せつけるようにして両手で広げるように持ち、口元にいたずら気な笑みを浮かべている。
トレードマークの濃紺縁の眼鏡。
その奥で、灰色の瞳がニッコリと微笑んだ。
「ろ、ロコア? 転校したんじゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ。でも、映画館に来るのは構わないでしょ?」
「あはは、まあそうだけどさ。クラスのみんな、びっくりしてたよ」
「そう……」
ロコアは視線を逸らすと、少し寂しげな表情をしてみせた。
「一応、友達には一言伝えておきたかったんだけどね……もうこの世界を拠点にするのはやめたから、余計に寂しくなっちゃうと思って」
「そっか」
「それより晴矢くん、10分遅刻よ」
晴矢に視線を戻したかと思うと、ピッとばかりに人差し指を立てた。
「えええっ!? まだ開場前だけど?」
「こういうのは、開場15分前に来なきゃダメ」
「……うそだろ? そういうことは先に言ってくれなきゃ……」
「じゃあ次からは覚えておいてね」
「へーい……」
口を尖らせて不満顔をする晴矢に、ロコアが微笑んだ。
そっと寄り添うように、列の最後尾に2人で並ぶ。
「どうやってこの世界に?」
「んふふ……ミュリエルのネックレス」
「ああ! あれって失くしたと思ってたんだけど!?」
「
「おお、そうだったのか! ちゃんと調べとけばよかったぜ!」
肩をすくめてみせる晴矢に、ロコアが可笑しそうに笑っている。
「でもさ、だったらすぐに会いに来てくれれば良かったのに」
晴矢の言葉に、ロコアがどこか言いにくそうな表情をする。
「……ホントはね……わたしもすぐに会いに来たかったんだけど……ミュリエルとお母さんが、『男はちょっとぐらい焦らしておくぐらいでちょうどいい』って……」
ロコアの言葉に、晴矢はニヤッと笑ってみせた。
「仲良くやってるんだね。みんなと」
晴矢にニッコリ微笑み返すと、ロコアは「うん」と大きく頷いた。
各国要人立ち会いのもと、戴冠式が催されたそうだ。
各国の王侯貴族も、魔人の魔力に魅了されたことを強く恥入り、新たな皇アフマドの下、協調と連携を今一度確かめ合ったという。
ただし、もろもろの権限の削減を徐々に推し進めるという。
まず第一に、ロコア指導のもと、ゴラクモの手によって『
各地の小廟において、個々に雨雲を発生させることができるようにした。
この神具を扱うには、多少の精霊力があれば十分らしい。
誰もが、というわけにはいかないものの、雨巫女に比べればより多くの人が『
これにより、天空城に集権された『雨量の調節』『魔人防備』の権限を分散移譲する、というわけだ。
第二に、雨巫女の任期短縮と、資格適正審査の低減化を図るという。
処女である必要はなく、年齢制限も取り払い、性別も厭わず、広く人材を募集出来るようにする狙いがある。
そうして広く集めた人材から、『雨巫女・雨巫子候補』と『雨乞師』を選出していくそうだ。
また育成段階からコミュニケーションを促進することで、『雨巫女・雨巫子』と『雨乞師』との連携を高める目論見もあるようだ。
第三に『アマノフナイト』を使用しない『天空城』の開発を目指すという。
今回の件は、すべてが『アマノフナイト』の浮遊力に頼っていた面と、その仕組みを理解する人物が限られていたことが、大事に至る原因となったと分析。
再び天空城の仕組みが攻撃された場合に備えて、二重三重に手立てを用意しておくという狙いを含んでいる。
この方針のもと、アフマドが各国を積極的に訪問し、王侯貴族たちの協力を取り付けているのだそうだ。
いずれマヨリンを正式に妃に迎え入れるという話だが、当面はまだまだ単身、各地を飛び回るという。
その後はルナリンが雨巫女の第一候補として上がっている。
さらに退任後には、ウズハとインディラとの婚姻が、決まったという。
ウズハ本人としては、「母として、再び雨巫女を目指したい」と言っているらしい。
先の『雨乞師』の講師就任にも要請があり、結婚後もしばらくは多忙な日々を送るようだ。
「ちゃんと美味しい料理が作れるようになりたい、って言ってたけど、まだまだ後回しになりそう」
「あはは。インディラさんにとっては、そっちの方が大問題だな」
ムサビは軍職を退任し、内政に専念することになった。
もともと、多くの臣民に慕われており、古くからの家臣の間でも信頼が厚いという。
自給自足とまでは言わないものの、今までよりは農業に力を入れ、万が一の際の兵糧確保に努めるという話だ。
魔人から受けた背中の火傷を最後の勲章として、インディラに
二度の魔人討伐を生き抜いた老将は、まだまだ衰えを知らぬようだ。
ゴラクモは、スクワイアーの手により無事に修復されたようだ。
以前の記憶にかなりあやふやな点があるそうだが、それ以外はほぼ元の状態に戻っているという。
そして諸国と連携した対魔人防備の開発部隊を立ち上げることとなり、その開発総指揮に就任した。
スクワイアーから得たエネルギー補充方法や霊鉱石加工技術などを、存分に活かしたいと意欲に燃えているそうだ。
とは言っても、今はたった一人の開発部隊。
人材の確保や必要な霊鉱石の発掘地の探索など、課題は山積だ。
後々は行方不明の妻を探しに旅に出たいそうだが、それはまだ先の話だろう。
インディラの名声は、瞬く間に民衆の間に広がり、老若男女、知らぬ者なしと讃えられている。
なにせ、あの伝説の英雄・
杜乃榎随一と謳われた剣の腕前は、今や世界一と認められ、東方二大国・南方連合・西方諸国のみならず、大陸からも腕に覚えのある猛者たちがインディラを訪ねてやって来るという。
一度剣を交えれば、誰もがその伝聞に偽りなしとひれ伏し、インディラの言葉に耳を傾け心酔し、杜乃榎軍への入隊を希望するのだそうだ。
そのことは、ムサビに代わって取り仕切ることになった杜乃榎軍の軍政にもいい影響を与えているようだ。
インディラは厳しい軍規を課す意向を示しているが、異議を申し立てる者は一人もいないのだとか。
かえって、皇アフマドやゴラクモが、その厳しさを心配するほどらしい。
インディラ曰く、「時に皇より手綱を緩めるようお言葉を頂くぐらいで丁度良いと思うておりまする」とのことだ。
また、魔人から受けた顔の火傷と碧眼となったその右目によって、誰ともなく『
討ち死にした
「インディラさんらしいね!」
「うん。……ミクライが魔人に討たれたわけじゃないってことを知りながら、でも、ミクライの役目が終わったことを理解してくれてるの。とても重圧だと思うけど……」
「インディラさんなら大丈夫さ! ウズハもいるし、アフマドさんやゴラクモさん、ムサビさんもいるからね」
「うん」
サウドだが、その後は行方不明となっている。
シャムダーナの残党も一緒に姿を消しており、連れ立って逃亡したのではないかと噂されている。
東方・南方・西方に於いても、魔人召喚の首謀者として、広く指名手配されている。
アリフとグリサリは存命だが、ミクライ共々、民衆には『死亡』と伝えられている。
記録上では、「アリフは魔人から受けた傷による衰弱により死亡」「グリサリは鬼獣化して討伐」とされている。
ただし、国家反逆罪の汚名を背負いながらも、それ以上の罪は不問とされた。
「今はね、アリフさんとお母さんは、城塞都市に移住したの」
「そうなのか。それなら杜乃榎では死んでるのと同じだね」
「うん。それにね、あそこなら、わたしもいつでも会いにいけるし」
「そっか」
「ミュリエルもね、戦力が増えてちょうどいい、って……」
そう言って、2人顔を見合わせて微笑み合う。
ロコアの屈託のない微笑みに、晴矢の胸がドキリと高なった。
「幸せそうな顔だね」
「うん……ホントに、ありがとう」
晴矢をまっすぐに見つめるロコアの灰色の瞳には、一点の陰りもない。
「アリフさんはまだちょっと精神的に回復しきってなくて、ベッドで過ごすことが多いの。サンリッドさんとスクワイアーさんがいつも見に来てくれて、モンスター狩りの話をすると元気なところも見せるんだけど……」
「大丈夫、きっとよくなるよ! 試しに剣でも渡してみたら? すぐさまベッドから立ち上がって戦いに出て行っちゃうかもよ?」
「うん、いいかも」
ロコアがクスクスと笑う。
そういう雰囲気はあるのだろう。
「グリサリさんとはどう? 何か一緒にしたりする感じ?」
「うん。一緒にご飯を作ったり、掃除をしたり。ミュリエルと、お茶会を開いたり」
「おお、女子会だ! いいね、楽しそうだ!」
「それとね……時々、ギュって抱きしめてくれて……そういう時って、その……すごく安心するの」
ただ、グリサリにも不安定なところがあるという。
ロコアが、少しだけ悲しげな表情になる。
「人間の姿をしてても、いきなり竜の姿に戻ることがあって……。原因不明だから、今のところ対処のしようが無くて。城塞都市の住人は、みんな理解してくれるけど……」
「事情を知らない人が見たら驚くね。冒険者とか、ヤバイかも?」
「うん……」
そんな話をしているうち、開場の時間となり、ざわつきながら列が進んでいく。
「でもね、落ち着ける場所が一つ増えたから……今は、それがとても嬉しいの」
そう言って、晴矢の目をそっと見据える。
その目に、晴矢は大きく頷いてみせた。
「それでね、晴矢くん」
「おおお、なになに?」
「この後、映画を見終わったらなんだけど……」
照れているのか、気兼ねしているのか、少しモジモジした様子でロコアが口ごもる。
そっと上目遣いに晴矢を見上げると、小さく呟くように口を開いた。
「────あのね、
晴矢は、ビッと親指を立てた。
「もちろん! マスターの命ずるがままに!!」
ホッとしたようにロコアが微笑む。
晴矢がそっと手を差し伸べると、その手をギュッと握り返した。
2人手をつなぎ、映画館の中へと姿を消す。
初冬のやわらかな陽射しが、町を優しく、照らし出していた────。
<エピローグ 終>
<『バグ玉に取り憑かれたら城と彼女がついてきた!』 完結>
バグ玉に取り憑かれたら城と彼女がついてきた! みきもり拾二 @mikimori12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます