【92】新たな法則


「では今一度、問おう、少年よ────

 我らがアークに加わるや否や────」


「ええっと!……そ、束縛されても仕方ないさ! 俺はアークに加わり、生きてロコアのところへ帰る!!」


 ゴーンゴーンと響く鐘の音。


「新たなアークの下僕しもべよ、そなたが司る新しき法則を唱えるがよい────」

「ええっと……」


 考えを巡らせる晴矢はれやの目に、竜の姿のグリサリがフワリと映る。

 瞬間、ピーンとばかりに胸の内に言葉が弾けた。


「────奪還器リヴァーサーで鬼獣や鬼人を元に戻せるようにする!!!」


 頭上で黒い渦が渦巻いて、金切り声のような嬌声をあげる。

 「ゴーンゴーンゴーン」と鐘が鳴り響いたあと、フッと周囲が闇に閉ざされた。


「……少年よ、どうやらそれは受け入れられぬようじゃ。すでに存在するアークに、不具合が生じるとな────」

「えええ!? だ、ダメなのか!?」

「そういうことじゃ……。じゃが、ひとつだけ提案を良いかな────?」

「お、なになに?」

「『奪われし霊魂は、奪還器リヴァーサーにより、アークに属する』ではどうであろう────?」

「えーっと……それって……?」

「結果的には、そなたが思い描いている事と同じ現象となろう────」

「……そういうこと? だったらいいんじゃね?」


「では、今一度……

 新たなアークの下僕しもべよ、そなたが司る新しき法則を唱えるがよい────」



「────奪われし霊魂は、奪還器リヴァーサーにより、アークに属する!!」



 晴矢が高らかに宣言すると、頭上の混沌が「ホア~~~ファアアァァァァ~~~」と喜びに満ちた声を上げた。

 周囲は真っ白に光に満ち溢れ、「カランコロンカラン」と華やかな鐘の音が湧き上がる。


 やがて頭上で歓喜の歌を奏でる黒い渦が、スイッと蠢いて、晴矢の背中に取り付いた。

 瞬間、バサリと音を立てて、黒い渦は大きな白翼へと姿を変えた。

 身体のあちこちに浮き出ていた紅瞳玉石レッドアイアダマントの鱗が、すうっと晴矢の体の中へと沈み込んでいく。

 すると真っ赤に染まっていた肌も、見る見るうちに白さを取り戻していった。


 晴矢が真っ白な身体を取り戻したその時、白い雲の間から、白く輝く天使の輪がゆっくりと、晴矢の頭の上に降りてきた。


「な、なにこれ!? まるで天使みたいなんだけど!」

「我らがアークに新たな機能が加わった。少年よ、末永く、そなたの見出した法則とともに歩むがよいぞ────」


 声が徐々に遠ざかる。


「ちょ、ちょっと待って! こ、こんなカッコじゃ家に戻れないよ! 妹に失笑されちゃうし、学校にも行けないじゃん!!」


 慌てた様子の晴矢に、笑い声が上がる。


「右手の紋様により、必要なときは、仮の姿となるがよいぞ────」


 見ると、右手の甲から手首にかけて、青い十字架の紋様が浮かび上がっていた。

 それをタップすると、瞬時に白い翼と天使の輪が消えた。


「おお、サンキュー! 異世界ウォーカーのステータススクリーンみたいだな!」


 ビッと親指を立てる晴矢。

 やがてゆっくりと、晴矢の意識を暗い世界が飲み込んでいった────。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ────遠くに、雨巫女あめみこウズハの声が聴こえる。


「────清らかなりし聖なる泉に湧く水に、あまたの峠を越ゆる力を

 汝、天空に赴きし時は、雨粒となって大地の乾き、心の闇を潤さん────」


 頬にピトリと、冷たい感覚。


「(これって確か……死んだ兵士にウズハがやってた儀式じゃないか?)」


 急激に気怠さが突き上げて、晴矢はれやはムクリと身を起こした。

 そして両腕を思いっきりグーッと伸ばす。


「ふわあああぁぁぁ~~~~~あううぅ~~~……なんだか、よく寝てたみたいだ……」

「ミクライ、さま……?」


 横を向くと、跪く雨巫女あめみこウズハの顔があった。


「やあウズハ! って、みんな揃ってるか!」


 周囲を見渡すと、杜乃榎とのえの面々が揃って晴矢を見つめていた。

 どうやら、あの暗闇の世界で見た映像そのままの様子だった。

 「おお」と驚嘆の声が上がった瞬間、背後から、ロコアが抱きついてきた。


「おっとっと! ロコア、ただいま!」

「……遅いよ、もう……」


 小さく囁くロコアの声が涙に濡れている。

 晴矢をギュッと抱きしめるその手に、そっと手を重ねると、優しく囁きかけた。


「帰り道見つけるのに、ちょっと手間取ってた。ごめんな」

「……絶対、許さない……」


 ロコアの言葉に、思わず苦笑する晴矢。

 その肩に、グスタフが翼をばたつかせて天井から降りてきた。


「マジおせーんだよ、ボケ」

「死んだフリとか、タチの悪い小芝居だぜ、晴矢」

「生首の貴様が何を言うか!」


 笑い声のする方を見ると、棒の先にゴラクモの頭が乗っていた。

 どうやらスクワイアーが修理をしている最中のようだった。


「どうしちゃったの、それ?」

「名誉の負傷ってやつさ。オレのおかげで、インディラは次なる高みへと覚醒したんだぜ?」

「フンッ、単なる偶然よ! 百歩譲って、怪我の功名じゃ!」

「いやいや、オレの捨て身の攻撃があってこその勝利ですよ!」


 ゴラクモの言葉に、顔の右半分を包帯で包まれたインディラがニヤリと笑う。


「相違ござらん。ゴラクモには足を向けて寝られぬ」


 インディラの言葉にゴラクモが得意満面で笑みを浮かべ、ムサビはさも面白く無いといった様子で腕を組んで鼻を鳴らした。


「父上様もミクライ様も、不死身なのです!」

「ルナリンも最強不死身の超絶鋼鉄ボディが欲しいの……」

「これは困りましたな! 可愛らしい娘さんを、無骨な機械仕掛にして差し上げるのは気が引けます!」

「オレの手は、美を生むためにある。任せろ、ルナリン」

「その無駄口を永遠に塞ぐのが先じゃろう!」


 再び、その場が笑いで包まれる。

 晴矢の首筋に抱きついたままのロコアも、小さく笑い声を漏らしていた。


「魔人は討伐したんだよな? 十痣鬼とあざおにも解放された?」


 そっと離れたロコアが「うん」と頷く。


「すべては、ミクライ殿のおかげだ。十痣鬼とあざおにを開放し、魔人を父上から引き剥がしていただいたからこそ、我らの勝利がある」


 車椅子の皇アリフの傍らに立つ皇子アフマドが、恭しく頭を下げる。

 インディラと雨巫女ウズハもそれにならい、ムサビとマヨリンとルナリンも頭を下げた。


「……ああ、そんなのどうでもいいよ。俺は、やるべき役目を果たしただけだから。それに……」


 すぐ横で横たわったままの、竜をチラリと見やる。


「グリサリさんがまだ……」


 言いかけたその時!


 眠っていた竜がカッと目を見開き、身をくねらせて宙に舞い上がる。

 マヨリンとルナリンが悲鳴を上げ、インディラが即座に剣を抜き放った!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る