【82】魔人召喚ノ書


「無いぞ。無い無い」

「『……絶対にあるはず。もっとよく探してみて』」

「棚のモノは、これで全部なんだけどな……」


 床に散乱する書物を眺めながら、晴矢はれやは首を傾げるしか無かった。

 アリフの部屋をひっくり返さんばかりに探し回ったにも関わらず、目当ての物が見つからないのだ。


「『隠し扉とか、無い?』」

「ああ……隠し扉、ね……」


 部屋の壁から天井まで、くまなく触って回る。

 しかしそれらしい手触りは感じられなかった。


「な~い~な~……隠し扉なんて。壁も天井も触ってみてるけどさ」

「『床は?』」

「床? 畳だけど」

「剥がしてみろ、晴矢」

「えええっ、マジで?」


 部屋は8畳。

 晴矢は散乱する書物を端に避けると、渋々ながら、真ん中に並べられた2枚の畳の間に指を突っ込んでみる。


「……お? すっぽり入っちゃうぞ!」


 畳はもっと、キッチリ敷き詰められているものと思っていたようだが、そうではないようだ。


「よいしょっと!」


 真ん中の畳のうちの1枚を持ち上げると、下から現れた床板がまばらに置かれているのが目に入る。


「床下に……何かあるぞ!?」


 床板の隙間から差し込む明かりで、さらに下へと続く石階段のようなものが見て取れた。

 畳を支える晴矢を尻目に、グスタフが床板の隙間から床下に滑り込み、石階段を降りていく。


「……ビンゴだ、ロコア」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「やっぱり、この天使文字アークグリフを用いれば、同じ悪魔が召喚できるみたい」

「ええ、間違いないですわね」


 晴矢が急ぎ持ち帰った『魔人召喚ノ書 -ほむら-』と、地下の部屋にあった石盤のスマホ写真とを見比べていたロコアが、顔を上げてニコッと微笑んだ。


 『魔人召喚ノ書 -焔-』は2枚の羊皮紙を織り込んで、その端を紐で閉じただけの非常に簡素なものだった。

 書の中身は、召喚ゲートに似た魔法陣と天使文字アークグリフが描かれており、あとは説明文らしきものが記載されているだけ。


 それでも、ロコアとミュリエルには十分な情報量のようだ。


「それにしても天使の魔法である精霊魔術で、悪魔召喚の儀式が出来る、ということ自体が意味不明ですわ」


 ロコアの横から覗きこんでいるミュリエルが、不機嫌そうに眉をしかめる。

 抱きしめるクマのぬいぐるみも、冷たい瞳で俯いていた。

 そんなミュリエルに、ロコアが説明文の一箇所を指さしてみせた。


「……『最後に、この世の法則をにえとせよ』。……ねえ、ミュリエル。これって、なぜ必要だと思う?」

「法則が異常停止したなら、天使の防衛システムであるバグ玉が発生しますものね。まるで、あたくしたち異世界ウォーカーをわざわざ呼び寄せているような……」


 怪訝そうな表情のミュリエルが、さらに顔をしかめる。

 そしてポツリ、と呟いた。


「……異世界暗躍人フィクサー……」


 ロコアがチラリとミュリエルに視線を投げかける。


「あたくしですら、今の今まで、悪魔が異世界に現れると法則のひとつが異常停止して、それでバグ玉が発生すると思っていましたけれど……このような書が存在し、精霊魔術によって人為的に法則を異常停止できるということを知った今、誰かの手によって意図的に何かが行われているという陰謀論を肯定せざるを得ない気分で一杯ですわ。だとしたら……彼女の仕業としか考えられませんもの」

「……異世界暗躍人フィクサーなんて……そんな人が、本当にこの世にいるのかな……?」


 『魔人召喚ノ書』に視線を戻しながら、ロコアが小さく囁く。


異世界暗躍人フィクサーは実在いたしますわ。『異世界の狭間はざまべる者』、それが異世界暗躍人フィクサー。……そして、あたくしたち、異世界ウォーカーの原型となられた方ですもの」


 ロコアは『魔人召喚ノ書 -焔-』に視線を落としたままで、押し黙っている。


「────何をしようと企んでおられるのかしら、異世界暗躍人フィクサーは……」


 不意にその場を支配する冷たい空気。

 晴矢はロコアとミュリエルの顔を交互に見比べるしか無かった。


「……その、異世界暗躍人フィクサーって、リリーとかいう人のことだっけ? 『細くて優しくて安心する匂いがお母さん、柔らかくてスベスベでいい匂いがリリー、厚くて硬くて臭いのがマーカス』って口癖と、大きな鎌を持ってる女の人っていう?」

「あら……珍しいですわね、その事をお話になったなんて」


 ミュリエルがプウっと頬を膨らませて不満そうに言い放つ。

 ロコアは小さく苦笑して、首を横に振った。


「でもね、ホントにはっきり覚えていないの。サイスを持ってて、柔らかくていい匂いがすることぐらいで……」

「……まあ、よろしくってよ。今は、それをどうこう言っている場合ではありませんものね」

「うん」


 ロコアが顔を上げて、ミュリエルに微笑みかける。

 ミュリエルはキュッとクマのぬいぐるみを抱きしめると、腰を落として小さく会釈を返した。


「それで? ロコアちゃんは何を悩んでおられますの?」

「……うん、魔人を召喚できそうなのはわかったけど、ちゃんと上手くいくかなぁって」

「んなこたー、呼び出してから考えりゃいいんだよ」

「そうも行かないわ」


 グスタフの言葉に、ロコアが首を横に振る。


「ロコアちゃんのお悩み、お話しいただけますかしら?」

「うん」


 ロコアは頷くと、指を三本立てた。

 どうやら悩みは、3つあるようだ。


 ────1つめは、魔人を召喚する際に捧げる『にえ』はどうしたらいいか?


「魔人を呼び出すには、また1つ、法則を異常停止させなければならないみたいだけど……にえの箇所の天使文字アークグリフを書き換えて、にえを捧げない方法もあるのかな、って」

「それは可能かもしれませんわね」

「うん……でも、それで召喚できるって確証が無いから……。できれば、このやり方をそのままトレースする方が確実だと思うの」


 ────2つめは、魔人が、眠っている十痣鬼とあざおにたちを操ったり、鬼獣化させたりした場合、防ぐ手立てはあるのか?


「魔人をこの地に呼び戻したら、十痣鬼とあざおにたちを起こし、鬼獣にして、戦力にするんじゃないかな、って。天空城も乗っ取られたままだから、『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』は使えないし」

奪還器リヴァーサーも、もうありませんですしね。となれば、悪魔が鬼人を思いのままに操ることを防ぐ手立ては無いもの、と考えるのが妥当でしょうね」

「かといって、別の異世界で魔人を倒してしまうと、吸い取られた霊魂は行き場をなくして消滅するしかなくなっちゃう……。だから、鬼人を起こさせず、鬼獣化させないための事前策があればいいな、って」


 ────最後の3つめは、召喚した魔人が再度、『異世界の狭間はざま』にワープしようとしたらどうするか?


「攻撃を加え続けてワープする隙を与えない、ということぐらいかしらね」

「うん……。十痣鬼とあざおにを解放してしまえば、どこの異世界で討伐しても大丈夫だと思うけど」


 ロコアの3つの悩みを聞き終えた3人の間を、ユルリと風が吹き抜ける。

 連合軍からは、隊列を整える威勢のいい声も聴こえてくる。


 魔人が天空城とともに姿を消してから、間もなく半刻が過ぎようとしていた。


「……『法則をにえとせよ』ってのが、グリサリさんたちの時には天空城の『浮遊力』だったんだよね?」

「うん。天空城は魔人にとっての脅威だから、墜としてしまえば都合が良かったはず」

「どういう言葉を紡いだにせよ、天空城の浮遊する力は失われ、法則が異常停止したことには間違いありませんわね」

「じゃあさ、俺たちも、都合の悪い法則をにえにすればいいんじゃない? 俺たちに有利になるようにさ」


 ボンヤリと呟く晴矢に、ロコアとミュリエルが視線を向ける。


「……そうですわ!」


 突然、ミュリエルが目をキラキラさせて声を上げた。


「『鬼人を操る法則』を捧げてしまえば良いと思いませんこと? そうすれば、鬼人を起こすことも、鬼獣化させることも、一度に防げますもの!」


 ミュリエルの言葉に、ロコアも一瞬目を見開いて「ああ」と呟いた。


「これで悩みの2つが一気に解決されますわ! あたくしって、なんてステキなのかしら!」

「……でも、ワープされちゃうのはどうすんの?」

「させればいいじゃありませんか。何度でも呼び戻すまでですわ! なんでしたら、その次に呼び出す時には、『異世界への移動法則』をにえにしてしまえばいいと思いませんこと?」

「おお、そっか!!」

「その場合、あたくしたちもベースポイントや召喚ポイントに戻って策を練り直すという機会を失いますが、すでに時は迫っておりますもの。それに杜乃榎とのえの人材を見る限り、悪魔を討伐するに戦力は十分な状況ですから、きっと押し切れると思いませんこと?」


 考えを巡らせているロコアが、ミュリエルの言葉に何度も大きく頷いた。


「うん、いいと思う」

「では早速、軍議を開くべきですわね」

「よし!!」


 3人顔を見合わせて頷くと、満面の笑みを浮かべた。





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