【83】最終決戦へ


「魔人を呼び戻す、とな?」


 軍議に参加する一同に、ざわめきが走る。


 今は、防衛ライン城壁の上で軍議中だ。

 インディラ・ムサビ・ゴラクモはもちろん、各国の将も数人が同席している。

 皆、元々の目的である魔人討伐に向けて、参加を申し出てきたのだ。


「そのようなことが可能にござりますか?」

「うん」

「しかし、万が一にも不可能であれば……」

「万が一、呼び戻せない場合は、こちらから天空城に乗り込むことになるわ。それに備えて、ウズハさんには天空城に残ってもらったの。ウズハさんがいてくれれば、召喚ポイントを開くことができるから、わたしたちはそこへ乗り込むことが可能なの」


 そう言うと、ロコアはチラリとスマホに視線を向けた。

 すでに、ウズハからの召喚ポイントは開いている。

 行こうと思えば、今すぐにでも天空城の甲板へ飛べるのだ。


 ただしその場合は、十痣鬼たちはすべて死亡することになるが……。


「魔人との戦いは、たとえどんなに入念な準備を重ねたとしても、生命を賭けた熾烈なものになりますわ。生命の惜しい者は大人しく、そこで見学されていてもよろしくってよ?」


 ミュリエルの冷淡な嘲笑に、その場の空気が張り詰める。


「……魔人がまた、『異世界の狭間はざま』とやらに逃亡したらどうするんです?」

「その可能性はあると思う。でも、何度でも呼び戻すから」

「ほう」

「それにね、たくさんの人数で四方から攻撃を加えれば、魔人といえど死力を尽くす戦いになり、逃げる余裕すら無くなるはず。……ここにいるみんなの力を合わせれば、それが可能だと思うの」


 ロコアの言葉に、各国の将が表情を引き締める。


「波状攻撃じゃな! 確かに、ワシらが力を合わせれば、やれぬことなどあろうはずもないわ!」

「オレの改良した蒼竿砲ブルーロッドバズーカが容赦なく火を噴きますよ!」

「死はもとより覚悟の上!」

「魔人の軍門に下りし汚名、代々にまで残すわけには行かぬのだ!」

「この生命、魔人を討つためにここにある!」


 「そうだそうだ」との声が上がり、士気が高まっていく。


「従者ロコア殿、もはや覚悟を問う必要は無かろう。作戦をお伺いしたい」


 インディラがギンとした眼光をロコアに向ける。

 一刻も早く、天空城を呼び戻してほしいと言わんばかりだ。


 ロコアはその視線にそっと頷き返すと、ゆっくりと口を開いた。


 作戦は単純だ。


 まずは魔人召喚の儀を行う。

 おそらく、天空城ごとこの地に現われるはずだ。

 当の天空城は、魔人によって炎の防護シールドに包まれている。

 まずはその炎の防護シールドを、総力を上げて突き破る必要がある。


 参加を希望する各国将には蒼竿銃ブルーロッドライフル蒼竿砲ブルーロッドバズーカを渡し、ゴラクモの指揮のもと、防護シールドに向けてありったけの弾丸を打ち込んでもらう。

 同時に、単独行動の晴矢とサンリッドとスクワイアーの3人で、防護シールドに攻撃を加えていく。


 ロコアは岩の魔法で、天空城の足止めと、城壁から橋を架けることを試みる。


 ミュリエルはガーゴイルを利用して、精霊力の増幅結界を作り出し、大魔法バーニングスピアキャノンを試みるという。

 また、増幅結界があれば、防護シールドを破ったあとの戦いも有利になるだろう、と。


「拙者は? 拙者は何をすれば良いでござるか?」

「魔人の防護シールドを打ち破り次第、インディラさんには突撃して欲しいの。甲板にいるウズハさんたちを守り、魔人を倒せるのは、あなたの剣技しか無いと思うから」

「うむ、異議なしじゃ! ワシはその護衛をしようて!」

「オレたち蒼竿銃ブルーロッドライフル部隊も、そのあとから甲板に突撃っすね。魔人を蜂の巣にしてやりましょう!」


 ムサビとゴラクモの言葉に、一同が「おう!」と吠える。


「でも、これだけはみんな覚えておいて。十痣鬼とあざおにを解放する前に魔人を倒してしまったら、十痣鬼とあざおには眠り続けたままになるわ。だから晴矢くんが……ミクライが十痣鬼とあざおにを解放するまで、魔人を倒すのは待って欲しいの」


 一同が力強く頷くの確認すると、ロコアはホッとひとつ、息を吐き出した。


「これ以上、時間を無駄にできないわ。全員、持ち場へ」


 将たちが、刀を突き上げ「おおおお!」と吠える。そしてそれぞれの持ち場へと散っていった。


「ミュリエル、魔人召喚はよろしくね」

「お任せなさい! 何があろうとも、ロコアちゃんはあたくしが守って差し上げますわ!」

「それ、俺の仕事だから!」


 晴矢の言葉に、ロコアがクスっと笑う。

 そして真剣な顔つきになると、そっと晴矢の瞳を見つめた。


「晴矢くん、十痣鬼とあざおにの解放には何をしなくちゃいけないか、覚えてる?」

「もちろん! まず魔人の直接攻撃を受ける、そしたら魔人が霊魂接触してくるだろうから、そこをロコアのマスター権限で俺が霊魂状態に!」


 晴矢の言葉に、ロコアが苦笑しながら首を横に振る。


「間違ってないけど……魔人との霊魂接触は、かすり傷を受けるだけでも大丈夫だと思うから、無茶しないでね」

「身の危険に晒された悪魔は、手強い相手を味方に引き入れようと血眼になるものですからね。隙あらば、すぐにでも霊魂接触をしてくるはずですわ」

「オッケイ、了解! なんとかなるさ!」


 ビッと親指を立てる晴矢に合わせて、サンリッドとスクワイアーも親指を立てた。


「グスタフも、よろしくね」

「ああ、任せとけ。コイツが無残に生命を落としたら、すぐにロコアに知らせてやるよ」


 晴矢の肩に止まるグスタフが、ニヤリと目を細める。

 ロコアは小さく首を振って苦笑すると、「シャリーン」と錫杖を鳴らした。


「────行きましょう。これが最後の戦いとなるように」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



皇都おうと最終防衛シールド、屹立!」


 ロコアの声が響き渡ると同時、皇都防衛ラインの城壁に半透明の青い壁が立ち昇る。


 杜乃榎と各国の武将たちは、屹立したその最終防衛シールドの内側に控えている。

 皆それぞれ、蒼竿銃ブルーロッドライフル蒼竿砲ブルーロッドバズーカを携え、片膝を付いていつでも放てる構えだ。

 インディラは彌吼雷刀ミクライブレードを握りしめ、ムサビはその後ろで彌吼雷鉾ミクライスピアを手にしている。


 皇都防衛ラインの城壁から少し離れた荒れ地には、ミュリエルによって描かれた大きな魔法陣。

 サンリッドとスクワイアー、それに晴矢の3人が、その魔法陣を挟んで防衛ラインの城壁に相対するように控えていた。

 白い翼のガーゴイルたちは、ミュリエルによってその身体に天使文字アークグリフが刻まれており、魔法陣の上空で待機している。


 他の連合軍の兵たちは、皇都防衛ラインに構えた陣や皇都城壁の上で、固唾を呑んでこれを見守っている。

 万が一、炎を纏った天空城が皇都防衛ラインを越えてきたなら、それは敗北と死を意味するだろうことを知りながらも、皆、手に手に武器を携えて、いざという時に備えているのだ。


 上空は、雲ひとつ無い青空。

 丸い大きな姿を赤色に染めた夜映やはえが、不気味な雰囲気を醸し出しながら、これを見下ろしていた。


 張り詰めた空気の中、ミュリエルが一歩進み出る。


「行きますわよ」


 ミュリエルはクマのぬいぐるみを高々と差し上げると、声高に詠唱し始めた。



「天なる主宮アークに 揺れたもう


  鮮やかなりし 焔のきわ


 夢 泡沫うたかたなりて 虚ろなり


  我が世と闇を つなぐ道


 えにしとこに 刻みつけん────」



 和歌を詠むが如くの詠唱に、大きな魔法陣が黒い光を放ち始める。

 どこからか「ゴオ~~ン」と響く重い鐘の音。

 晴矢は、心にズシリと重い何かがのしかかって来る気がした。



宵闇よいやみ夜闇よやみ、深き闇、汝を縛る金鎖かなぐさり


 『囚われし霊魂の、鬼獣と化すすべ』を捧げたもう


 はら千切ちぎりて の地にい出よ────!」



 突然、「ズドドドドドド!」と激しく地が唸り、魔法陣の紋様から黒い光が迸る!

 そしてそれは竜の如くうねりながら、舞い踊るかのように立ち昇っていく!



「────降臨! 灼焔魔しゃくえんま!!!」



 狂ったように舞い踊る、幾筋もの黒い光!

 その奥底から、「ギエエエエエエエエエエエエエ!」と気味の悪い叫び声が突き上げてきた!




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