【81】ロコアの案


「それで、どうやって悪魔を連れ戻すおつもりですの? 天空城を乗っ取られておりますし、相当に骨が折れそうですわよ?」


 ミュリエルの言葉に、ロコアは人差し指を立てた。


「ひとつだけ、方法を思いついたの」

「おお、なになに?」

「────ここに、魔人をもう一度、召喚すればいいと思うの。グリサリさんたちがやったようにして」


 ロコアの言葉に、晴矢はれやは首を捻り、ミュリエルは眉を潜めた。

 2人の様子に、ロコアが苦笑いを浮かべる。


「今は急ぎたいから、詳しい説明はあとでいい?」

「ですわね。ロコアちゃんにお任せいたしますわ」


 ロコアは頷くと、耳にかけたヘッドセットに手を当てて呼びかけた。


「グスタフ、グスタフ」


 少しの間を置いて、ヘッドセットから聞き慣れた低いダミ声が聞こえてきた。


「『おう、戻ったか、ロコア。オレに黙ってどこに行ってた? 危うく、ただのブルームーンバットに戻っちまうところだったぜ?』」

「ごめんね、グスタフ。魔人に、天空城ごと『異世界の狭間』へワープさせられてたの」

「『へえ、なるほどな。アイツ、そんなことのために天空城を』」

「うん。転送装置で天空城に来て、すぐに制御システムを乗っ取ったみたい。油断しちゃった……」

「天使のシステムを乗っ取るだなんて、卑怯極まりない手口ですわ!」

「『悪魔にゃ時折やられてるヤツだな。そもそも、乗っ取られるってこと自体、構造からして欠陥品なんじゃねーか?』」

「どこかの異世界で、システム構造が漏れてるのかも……」

「『まあいい。それより、用件を言えよ』」

「うん。あのね、アリフさんの部屋なんだけど」

「『ああ、その件か。ちょうど、そこに辿り着いたところだ。んで、お探しのブツだが……見つからねえ』」

「そう……。じゃあすぐに、晴矢くんにも行ってもらうから」

「『おう、そうしてくれると助かるぜ』」


 「うんうん」と頷きながら、ロコアが晴矢の方に向き直る。


「というわけで、晴矢くん、お願いね」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「『アフマドさんが言ってたでしょ? 今回、魔人召喚の儀式を行ったのはグリサリさんだ、って。グリサリさんの精霊力が必要だから、サウドさんとアリフさんは彼女を引き入れたの』」

「ああ、そうだったね」


 皇都おうとへ急ぎ飛翔しながら、晴矢が頷く。


「『だとしたら、あたくしたちでも召喚可能、というわけですわね?』」

「『うん、そういうこと。昨日の夜にね、西方からサウドさんが得たっていうその「魔人召喚ノ書」がアリフさんの部屋に収められてるって、アフマドさんから聞いてたの』」

「『なるほど、理解いたしましたわ。もしその書に、「特定の悪魔」を呼び出すためのキーワードかIDのようなものの記載があれば……』」

「『もう一度、ここに魔人を呼び出せるんじゃないかって』」

「『さすがあたくしのロコアちゃんですわ!』」


 ヘッドセットの向こうからノイズが響いてくる。

 きっと、ミュリエルがロコアを抱きしめて頬をスリスリしているに違いない。


「だったら、みんなで皇都に行って、そこで召喚した方が早くないか?」

「『ううん、ダメよ。今の魔人は天空城に取り憑いているから、天空城ごと召喚することになると思うの。皇都で召喚なんかしたら、被害が大きくなっちゃう』」

「ああ、そういうことか!!」

「『皇都防衛ラインの外で召喚すれば、万が一、超虹雷砲スーパーグライキャノンを打たれても、皇都最終防衛シールドもあるし』」

「『首尾よく魔人を討伐した暁には、天空城も元に戻って万事解決、というわけですわね』」

「『うん』」

「なるほどね~。ロコアはちゃんと考えてるんだな」

「『あたくしのロコアちゃんに抜かりはありませんもの、オーッホッホッホッ!』」


 そんな会話を交わしながら、皇都城壁を越え、街の上空に差し掛かった時だった。


「ミクライ殿~~!!」

「……ん?」


 聞き慣れた声に呼びかけられて、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

 見ると、町中で十痣鬼とあざおにを搬送する台車に付き従っている様子のインディラだ。


 周囲では、杜乃榎の民たちがせわしなく行き交っている。

 雨戸を締め切り、戸締まりを固くし、少しの手荷物を持って宮中大社きゅうちゅうおおやしろ裏の避難所へと向かうようだ。

 大広場では臨時の炊き出しや救護所も設けられ、各国の兵の重傷者が集められている。


 そんな人々の激しい流れの中で、一人、インディラが堂々と晴矢に向かって手を振っているのだ。


「やあ、インディラさん」

「ミクライ殿、何用で皇都へ? 従者ロコア殿はお戻りになられたでござるか?」

「ああ、うん、ちゃんと戻ってきたよ」

「左様でござったか! う、ウズハどのは!?」

「……あ、え~と……」


 言い淀む晴矢の様子に、インディラの顔色が青ざめる。


「な、何かあったでござろうか?」

「ああ……いや、ちゃんと聞いてないだけなんだ。今、急ぎでさ」

「『どうしたの、晴矢くん?』」


 頭を掻いて誤魔化しながら飛び去ろうとしたが、ロコアの声に呼び止められる格好になった。


「ああ、うん。……今さ、インディラさんと皇都で出会ってさ。ウズハはどうした、って」

「『そう……。詳しいことはあとで話すから、無事だ、とだけ伝えておいて。必ず、魔人討伐の軍議を開くからその場で、ね』」

「了解」

「今は、従者ロコア殿でござるな!? なんと申された!?」

「無事だから心配しないで、だってさ。このあとの軍議で、詳しく教えてくれるって」


 晴矢の言葉に、視線を彷徨わせるインディラだが、グッと目を閉じると一歩引き下がった。


「今はただ、そのお言葉を信じるのみ……」

「大丈夫だって。それよりさ、絶対、魔人を倒そうぜ!」

「無論にござる」


 キリッと眉を引き締め、晴矢を見上げるインディラの目が、爛々と輝いている。

 その瞳の奥には、覚悟を超えた強い意志が見て取れた。

 出会った時から眼光鋭い男だったが、幾つかの戦いを経て、さらにその鋭さが増したように感じられた。


「(……こんな人が敵じゃなくて良かったな……)」


 全身に鳥肌が立つのを感じながら、晴矢もそう思わずにはいられない。

 そんな晴矢にインディラは頭を下げると、台車のあとを追うように走り去っていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「おう、晴矢。速かったな」


 皇都の宮中大社きゅうちゅうおおやしろの上までやってくると、中央の一際大きな屋根の上に、グスタフが佇んでいた。

 人々の声が飛び交う大社周辺に対し、大社の敷地内はひっそりと静まり返っているようだった。

 裏手の方から立ち昇る給仕の匂いに、思わず晴矢のお腹が鳴る。


「腹空かしてる場合じゃねーだろ」


 その肩の上に止まったグスタフの憎まれ口に、晴矢も肩をすくめるしかなかった。


「腹が減っては戦も出来ぬ、っていうじゃん? 大事なことだよ」

「わかったから早く行け」

「……グスタフが案内してくれるんじゃないのか?」

「ナビゲートだけだ。甘えんな」

「マジかよ」


 そんな調子で、グスタフのナビの下、晴矢はアリフの部屋へと向かった────。



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