【77】燃え落ちる城


「な、なんだ?」


 ビクッと身をすくめる晴矢はれやの耳に、遠くから叫ぶような声が聴こえる。


「『……こ!……ろ……へ……じしやがれ!!』」

「『グスタフ? グスタフどうしたの?』」


 ロコアがハッとしたように呼びかける。


「『さっきから呼びかけてるのに、何を無視してやがんだ!?』」


 今度は、はっきりと聞こえてきた。


「無視してたわけじゃないさ、グスタフ。全然、聞こえてなかったんだ」

「『ごめんなさい。晴矢くんの言う通りなの』」

「『マジか、チッ!! こっちは外の状況がわかんねーんだ』」

「『魔人のフレイミングドミネーターの影響で、通信が遮断されていたのかも』」

「『まあいい。それより皇アリフだ! 転送装置の前に来てる! 他の護衛兵はぶっ倒れて寝ちまってるのに、ヤツだけはピンピンしてやがる!!』」


 メインモニターのスピーカーから、遠くで叫ぶ悲鳴のような声が時折聞こえてくる。


「『しかも頭上にクソでけえ混沌だ! ありゃあ鬼人程度じゃ絶対無理なデカさだ! それと、身体に炎のオーラを纏ってやがる!』」

「炎のオーラ……?」

「『……アリフさんに、魔人が取り憑いているのね』」

「『そういうこった、間違いねえ! 転送装置をいじってる! 天空城へワープする気だ!』」

「『ですが、転送装置はわたくしとグリサリにしか使えないはずでございます!』」

「じゃあ一体何を……?」

「『わからないけど、みんな、警戒して。晴矢くん、早く「彌吼雷ミクライの間」へ』」

「オッケイ!」


 すぐに天空城台座から離れる晴矢。

 台座から天空城甲板へ、グルーッと回り込んで向かおうとした、その時だった!


 ────背後から女の絶叫が轟いた。


「ぎぃやあああああああああああああああ!!」

「な、なんですの!?」


 さきほどまで、ミュリエルのすぐ横で眠っていたはずのグリサリが、宙に浮いているのだ!

 苦悶に悶えるグリサリが、何かに抗うかのように天に向かって右腕を突き上げる。


「お、おゆるしを……! うぎいいいいいいいいいィィィ!!!」


 喉を締めあげられるかのような絶叫のあと、グリサリの身体が炎に包まれた!


「フオオオオオオオオオオオオ!!」


 狼の遠吠えのような声をあげ、炎から黒く細長い影が天に向かって這い出てくる!

 四本の細いヒゲに白髪の頭、ギョロリと鋭い眼光の大きな目。

 節くれだった大きな手には鋭い鉤爪、そしてその細長い身体はびっしりと鱗に覆われていた。

 それは竜に似た姿の怪物だった────。


「『あれは……鬼獣化……』」


 ヘッドセットからロコアの呟きが聴こえてくる。

 絶望にも似た暗い響き。

 見る間に、鬼獣化したグリサリは、白髪を振り乱して城門の上に立つミュリエルを見据えた。


「ヤバイ! ミュリエルさんを襲う気か!?」

「『行ってあげて、晴矢くん!!』」


 晴矢が天空城から離れた時!!


「『転送装置の間に混沌反応なのです!!!!』」


 ズドオオオオオオォォォォォォォン!!


 マヨリンの絶叫が響き渡ると同時、轟音が響き渡った!


「ええっ!?」


 驚いて振り返る晴矢の目に映る、炎に包まれた天空城!

 荒々しい炎がゴオゴオと音を立て、地表を真っ赤に染めている!


「ろ、ロコア!?」


 どよめく地表の連合軍。


「ぎゃああああ!!」

「熱い! 熱いい!!!」

「誰か消してくれええええええええええ!」


 直下にいた連合軍の兵の数人が、炎に巻かれて狂ったようにのたうち回る。

 それを嘲笑うかのように、炎に包まれた天空城の天頂に黒い靄が渦巻いて、勝ち誇ったような狂気の叫びを上げた!


「キィヒイィィィィアァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」

「あたくしのセイクリッドレインボーパラダイスの中で悪魔術ラニギロトですって!?」


 ミュリエルの驚きの声と同時、「ゴオオオ!」と一段大きく炎が立ち上る!


「ロコアあああああああああっ!!!!」


 熱風に煽られ、両腕で顔を覆う晴矢が、ロコアの名を叫ぶ。

 その刹那!!!



 ────天空城もろとも炎が掻き消えた────!



 まるでロウソクの炎を吹き消したかのように……。


「……へっ?」


 一瞬、何が起こったのか理解できない晴矢。

 何事もなかったかのように、セイクリッドレインボーパラダイスの爽やかな空気がヒュウとつむじ風となって舞い上がる。


 ざわめく連合軍も、何が起こったのか全く理解できない様子だ。

 そして、晴矢はふと気がついた。


「……か、身体が、フワフワしてる……?」


 それは、バグ玉に取り憑かれたばかりのあの時のように……。

 ハッとして、背中を振り返る。

 そこにあったはずのサンダードラゴンの翼が……無い!


 そして左手の甲の、従者アシスタントの証である青い紋様も、消えていた。


「ど、どういうことだ、これ!?」


 城壁に憮然とした表情で立つミュリエルに視線を投げかける。


「────ロコアちゃんがこの異世界から消えた、ってことに他なりませんわ」


 冷たく響く、ミュリエルの声。


 その頭上を、竜と化したグリサリがグルリと周り、悲しげな声で一声鳴いた────。



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