【71】抗魔誘眠の漣


「なんと……」

「サウドのヤロウ……玉砕覚悟とは、らしくない作戦だ」

「い、今すぐにでも天空城の防護シールドに全エネルギーを回して展開すれば!?」

「この大きな黒い手に掴まれたままでは無駄だと思う……」

「フヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 魔人様の叡智を侮った糞虫共の哀れな末路よ!!!!」


 サウドの勝ち誇った声が響き渡る。


「最初から、すべてを犠牲にしても、わたしたちを亡き者にしようとしていたのね……やっぱり、霊魂から情報を得て……」


 絶望の色を帯びたロコアの呟き。


「ロコア! 俺が出撃するよ!! 今なら間に合う!!!」

「今、晴矢はれやくんがそこを出たら、天空城は混沌に叩き落とされちゃう……」

「そそそ、そっか……! うぶっ! ぉぐおえええええっ!!!」


 晴矢に、言いようのない吐き気が突き上げてくる。

 このままでは、ゴーレムの重力球を食らうまでもなく、天空城が地表に叩きつけられ、一巻の終わりだ……!


「雨巫女よ、皇都防衛ラインの最終防衛シールドは、そこから展開できぬか?」


 皇子アフマドの落ち着いた声に、雨巫女ウズハが首を振る。


「そ、それは……む、無理にございます。あれは城門にございます魔法陣の上に立ち、精霊力を……」


 ふと、メインモニターに視線を向けた雨巫女ウズハが目を見開いた。


「……あれは!!!!」


 雨巫女ウズハが指差す先。

 そこには、防衛ラインの城門に立つ、一人の女の姿があった。


「グリサリ先生なのです!」

「間違いなくグリサリ先生なの……」


 ヒュウヒュウと吹きすさぶ風に、着物がバタバタとはためいている。

 黒くて長い髪をなびかせて、防衛ライン城門の上に堂々と立ちはだかっていた。


「我が名はグリサリ……杜乃榎とのえの第七十二代雨巫女あめみこなり……」


 すっと差し伸べたその両手から、青い光漏れる。


杜乃榎とのえを、雨巫女あめみこを見くびるな────」


 冷たい呟きとともに、凛とした灰色の瞳を煌めかせる。


「コオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 冷徹な響きの雄叫びとともに作り物の眼球が真っ赤に煌めいて、5体のゴーレムから巨大な重力球が「ドンッ!」とばかりに放たれた!


 クォオオオオオオオオオオンンンンッ!


 迫り来る重力球に動じる様子も無く、グリサリは差し伸べた両手を振り上げて、勢い良く地面に叩きつけた。


「────皇都最終防衛シールド、屹立きつりつ!!!!」


 ザンと音を立てて防衛ラインから青い光が昇り立つ!

 巨石兵ゴーレムの放った巨大な重力球が、青い光のシールドにぶち当たる!


 ズゴゴゴゴゴゴゴギュオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


 黒い泡が弾け飛び、時空を捻じ曲げるかの如く耳障りな音が轟いた!


「何をしよるかくっそアマがああああっ!!! 売女の分際でぇっ、魔人様に楯突きおってええええええええぇぇぇっ!!!」

「グリサリ、あなたは魔人に魂を操られながらも、杜乃榎とのえのことを……」

「ウズハさん! 『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』を! チャンスは今しかないわ!!」

「はい!……わたくしの心は今、言い様のないほどに燃え上がっております!」


 雨巫女ウズハに、もはや迷いは一点も無い。

 キリッと眉を引き締め、キッと口を固く結ぶと、神楽鈴を両手に構えた。


 そして小さく揺するようにして「シャンシャン」と鈴の音を掻き鳴らし、ゆっくりと円を描くように動かし始める。



いにしえの 霊山連なる 御霊みたまの地


 鮮やかなりし 紅葉こうようの 山嶺さんれい貫く清流に


 大海渡る 駿風しゅんぷうの 雨滴うてきとなりて


 いざ 導かん────」



 和歌を詠むが如くの詠唱に、神楽鈴かぐらすずの鈴音が木霊する。

 雨巫女ウズハの目の前の水晶球が水色の光を満面と湛え、目禍手衆メガテスの力に軋む操舵室を染め上げた。


「ええいっ! 何をしておる闇海やみうみ塵屑コミクズよ!! 早う天空城を握り潰さぬかあああッ!! ゴーレムどももボヤッとするでない! さっさと二の弾を放て木偶の坊めがああああああああッ!!!」


 サウドの金切り声に、皇都防衛ラインの向こうでは、5体のゴーレムが重力球を放った勢いでのけぞった体勢を立て直し、再び両手を突いて構え始めた。

 目禍手衆メガテスも、「ブモモモモモモモ……」っとくぐもった声を上げると、天空城がビリビリと音を立てて振動し始める。


「くそっ! 天空城を振り回して術を邪魔する気か!!!」


 突き上げてくる吐き気をどうにか押さえこみ、晴矢はグッと目を閉じた。


「……その手首、捻じりとってやるぜ……!!!!」


 激しい怒りが溢れる心の底で、サンダードラゴンの大咆哮が鳴り響いた!


「クゴゴゴゴゴゴゴォォォォ……!!!」


 抗う天空城に、目禍手衆メガテスが苦しげな声を上げる。

 天空城が大きく身を震わせるように戦慄わなないて、防護シールドに「シュキィン!」と青い閃光が迸る!


「これは……! 精霊力エネルギー充填レベルが150%……いえ、200%を超えたなのです!!」

「ルナリン、何もしてない困惑……」

「行けるわ、ウズハさん!!!!」


 沸き立つ操舵室。

 雨巫女ウズハは厳かに、すうっと神楽鈴を前方に突き出した。


「一気に参ります!────古来よりの習わしに従いて、雨巫女あめみこが声に応えよ」


 両目をカッと見開き、凛とした声を響かせて、雨巫女ウズハが神楽鈴を振りかざす!


「第一の波は、しずやかに────!」


 シャーンと神楽鈴を振り下ろす!

 瞬間、天空城の周囲に波紋のように、水色の光輪が幾重にも広がった。

 目禍手衆メガテスの無数の紫色の目が、恐怖に怯えたようにカッと見開かれ、グリグリとあらぬ方向を向き始める!


「寄せて返す第二の波は、力をみなぎらせ────!」


 再び振り下ろされた神楽鈴とともに、一気に収縮する水色の光の輪!


 ザシュバッ、シュババババッ!!


 肉を断つ鈍い音ともに、バラバラに切り裂かれた目禍手衆メガテス


「キイイイイイイヘェエエエエエエエエエ……!」


 泣き叫ぶような悲鳴を上げ、目禍手衆メガテスだった無数の肉塊が、黒い靄となって掻き消える。


「なななん、んぁんとおおおおおおおお!!!」

「や、やったか!? 目眩が一気になくなったぜ!!」

「晴矢くん、一気に降下よ!」

「うっしゃあああああ!! いっくぜええええ!!!」


 一瞬にして目眩の晴れた晴矢!

 バサリとサンダードラゴンウイングをはためかせると、天空城がガクンと大きく揺れて、兵たちが体勢を崩して悲鳴をあげた。


「みんなしっかり掴まってろよおおおおおお!!」


 グンと身体を沈み込める晴矢に同調して、ヒュンと風を切り裂き、まるで弾丸のごとく天空城が一気に急速落下し始める!


「速い! もう高度200を切りましたなのです!」

「マヨリン、ルナリン! 第三波発動の共鳴準備!!!」

「了解なのです!」

「ルナリン、最強全力MAXパワーなの……」


「すべてを飲み込む第三の波よ────」


 目を閉じて、一点の迷いもない澄んだ表情の雨巫女ウズハが、シャンシャンと神楽鈴を響かせて大きな円を描いていく。

 それに同調するように、マヨリンとルナリンが両手を合わせて頭上高くに振り上げる。


「青い青い空の下~~」

「深い深い闇の中~~」


 その横で、精霊力を注入し続けるロコアが、自信に漲る表情で顔を上げた。


「天空城精霊力エネルギー充填レベル300%!」



八百万やおよろず御霊みたまとともに、魔を祓いて深き床に横たえよ────!」



 目禍手衆メガテスを破られて、弾丸のように迫ってくる天空城に、大軍勢がたじろいだ。

 悪魔術ラニギロトを封じられた魔人軍が、混乱をきたして意味不明な怒声が飛びかい始める。


「うおおおおっ! 目標高度、到達うぅぅぅっ!!!!」


 晴矢がグンッと翼を広げた瞬間、天空城がグググッとかしいいで宙でピタリと静止した!


「ひいいいいいいいいいっ!!」


 天空城の真下、恐怖に両目を見開いて腰を抜かすサウドの姿!

 ギンと眼光を光らせた雨巫女ウズハが、神楽鈴を打ち鳴らした!



「────抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ!!」



 振り下ろすと同時、シャーンと神楽鈴が鳴り響き、天空城から水色の光輪が幾重にも広がっていく!


「うぎゃああああああああああああ!!!」


 天空城を中心に冷たい漣が兵たちの足元を駆け抜けて、赤い目をした兵たちが顔を掻きむしりながらのたうち回る。


 水色の光輪は、皇都防衛ラインをすり抜けて、遠く5体のゴーレムの元にも打ち寄せた!

 ゴーレムの口の中に溜め込んだ唸る黒い泡を消し去って、頭上に渦巻く黒い靄を吹き払う!


 冷たいさざなみが打ち寄せる度、十痣鬼とあざおにがバタバタと地面に倒れ伏す。

 頭上すぐ近くで煌々と輝く水色の光輪に、大軍勢は一人残らず圧倒されて、言葉を失った。


 肩で息をする雨巫女ウズハの頬を、幾筋もの汗が伝い落ちる。


「どんな魔であろうと、雨巫女あめみこの前では平伏すのみでございます────」


 雨巫女ウズハの言葉に天空城が歓声で沸き返る。

 マヨリンとルナリンも、大きな耳をピンと立て、「きゃあきゃあ」と歓声を上げながら飛び跳ねた。


「雨巫女の力で、十痣鬼とあざおには深き眠りについた! 魔人軍を掃討するは今ぞ!」


 蒼竿銃ブルーロッドライフルを高々と掲げる皇子アフマド。

 その力強い声は、拡声器に乗って戦場の隅々まで響き渡った────!




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