【70】サウドの妖術


「無知無能なヒヨっこがあああああ! 苦し紛れの戯言は良策無しを示すと知れええええ!!!」


 狂ったように白采配をブゥンブゥンと大きく振るうサウド。

 それに同調するように、周囲の白い靄の中から黒い靄のようなものが沸き立ち始めた。


「地表に混沌こんとん反応なのです! か、数は多数! どんどん増えてますなのです!」

「魔人軍ね」


 見ると、大軍勢のあちらこちらで、ダークシャーマンの頭上に黒い靄が渦となって蠢いていた。

 耳を覆いたくなるような金切り声が次々と上がり、俄に不穏な空気が大軍勢を覆い尽くしていく。


晴矢はれやくん、構わず降下を」

「オッケイ!」

「ルナリンが報告する天空城の精霊力エネルギー充填レベル……ただいま320%を超えてさらに上昇中なの……」

「高度600! 目標高度まであと590mなのです!」


 意に介さないとばかりに降下を続ける天空城。

 大軍勢の頭上に落とす影が、徐々に大きく濃くなっていく。

 その影の下、サウドは張り裂けんばかりにニタリと口角を上げた。


「その余裕が身を滅ぼすと知れ! 撃てえええええええええええいいィィーッ!!」


 サウドが白采配を振り下ろすと同時、無数の黒い靄の渦が火の玉となり、天空城に向けて一斉に放たれた!


「エネルギー反応多数! 敵軍攻撃、来ますなのです!」

「ルナリン、防護シールドを下面に集中展開!」

「了解……防護シールド最強MAXで展開なの……」


 ルナリンの声とともに、晴矢の足元で、青い光の輪が幾重も広がった。

 天空城防護シールドの、力強い煌めきだ!


「総員、衝撃に備えてください!」


 瞬間、無数の火の玉が一斉に天空城にぶち当たった!


 「ドン!ドゴォン!」という爆発音とともに、『彌吼雷ミクライの間』が炎で真っ赤に染まる!

 爆発音が上がるたび、『天空城精霊力エネルギー充填レベル』のバーが少しずつ下がっていくのが見て取れた!


「さ、360度丸見えだから大迫力だぜ……!」

「精霊力エネルギー充填レベル60%低下……防護シールド損傷率10%未満……」

「バランサー正常作動中、降下速度低下、ただいま高度580なのです!」


 霧散する黒煙を切り裂いて、姿を現す天空城。

 皇都防衛ラインで構える大軍勢に、さざ波のように動揺が広がっていく。


「ルナリンの防護シールド、ビクともしないの……最強すぎワロタ……ヒャッハーしたい気分なの……」

「マヨリン、ルナリン、その調子でお願いします」


 最初の弾幕を乗り越えて、操舵室の4人の表情は、やれるという手応えに溢れていた。


「見よ! これが天空城だ! 魔人軍の力など何するものぞ!」

「ヒャはハハハッ! たかが挨拶代わりの弾幕よ! 見るがよいぞ! 我らが魔人様の理力、その本当の素晴らしさをぉぉぉぉぅッ!」


 いつの間にか、その目を真っ赤に光らせたサウドが、誇らしげにバッと白采配を掲げて、横に払う。

 すると、周囲を固めていたシャムダーナの仮面男たちが、一斉に「ホオオオオオオ……」と声を上げ始めた。

 白い靄に霞む中で、赤い光が一斉に広がっていく。

 これに同調するかのように杖を振るい始めるダークシャーマンたち。

 その頭上で蠢く黒い靄が、一斉に金切り声を上げた。


「同じことしたって無駄じゃね?」

「……いいえ、違うわ」

「地表の混沌こんとん反応、どんどん一つになって広がっているなのです!」


 マヨリンの言葉通り、大軍勢の頭上で渦巻く黒い靄がひと繋がりに繋がって、大きな渦を成していく!

 まるでひとつの生き物であるかのように、混沌を生み出しているのだ。


「げげげっ! なんだあのデッカイの!?」

「混沌の共鳴練気きょうめいれんき……! やはり鬼人きじんが多いと、こういう事が起きてしまうのね……」


「ヒャヒィッフハアアアア! ゴミクズどもよ、『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』を狙うておるのであろう? そのような浅知恵、千年前からお見通しよ!! ウッヒャッハアアアッ! 近づかずば意味も無し! 我らが魔人様の理力を思い知るがいいィィィィィィィィッ!!!!」


「高度400通過! 目標高度まであと390なのです!」

「ルナリン、防護シールド全開よ! 晴矢くんは、何が来ても突撃を!」

「了解なの……来るなら来いや、なの……」

「オッケイ!」

「アフマドさん、相手が何をしてくるかわからないから、振り落とされないように衝撃に備えて!」

「心配ない」


 天空城地下の乗降口前で控える兵たちからも、威勢のいい声が上がる。

 天空城に篭もるすべての人が、皆一体となって突撃速度を後押ししているかのようだった。


「空に巣食う糞虫がぁっ! 塵と化して汚泥おでいまみれるが良いぞぉぉっ!!!」


 黒い渦に飲み込まれたサウドの声が木霊する。


「い出よ!! 闇海やみうみに囚われし『嘆きの目禍手衆メガテス』!!!」


 サウドの声とともに、地表から低く重苦しい唸り声が上がる!


 グオオオオオオオオオオオオオ!


 眼下に広がる黒い渦がブワッと盛り上がったかと思うと、黒い巨大な手が、天空城に向かって突き出てきた!

 その巨大な黒い手の表面には、禍々しい紫色の光を放つ無数の目が張り付いている!


「うおおお! な、なんだぁっ!?」


 晴矢の絶叫と同時、目禍手衆メガテスがそのたなごころを一杯に広げ、天空城に「バシンッ!」とぶち当たる!

 防護シールドの青い光が輝いて、その突進を受け止めた!


 青い光が弾ける中、目禍手衆メガテスの五本の指が、天空城を覆うようにして防護シールドごと鷲掴みにする!

 「ドンッ! ガシャーン!」と耳をつんざく激音が轟いて、天空城が大きく揺れた!


 同時に、鼻を突く腐臭に包まれる。


「うおおうおうおうおう!!! ふ、振り回されるうううううう!!」

「踏ん張って、晴矢くん!!!」


 目禍手衆メガテスに掴み上げられて、ミシミシと音を立てる天空城。

 薄く青い光を放つ天空城の防護シールドが、「バキン!バキバキバキ!」と音を立ててひび割れ始める!

 細かな振動が天空城を駆け抜けて、甲板の兵たちも出撃を控える兵たちも、恐怖の声を上げた。


 晴矢はサンダードラゴンウイングを大きく広げて、グッと踏ん張るしか無い!


「防護シールド損傷率40%……さらに充填エネルギー急激低下中……損壊速度が修復速度を上回ってるの……ルナリンの最強シールドが破られるのも時間の問題……」

「バランサーフル回転! それでも振り回されていますなのです!」


 大きな耳をペタンと横にしたマヨリンとルナリンが、泣き出しそうな声をあげる。

 四方八方から防護シールドのひび割れる音が絶え間なく鳴り響き、今にも全壊しそうな勢いだ!


「ヤバイよロコア! 天空城を握りつぶす気だ!!」

「マヨリンとルナリンは損傷箇所の修復に集中! エネルギー充填はわたしに任せて! ウズハさんは、『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』の準備を!」

「はいなのです!」

「ルナリン、がんばるの……」


 必死の形相で頷くマヨリンとルナリン。

 目の前の丸水晶に手をかざすと、天空城の防護シールドに沿って幾重にも青い光の輪が駆け抜けた!

 その度にひび割れが修復されるが、『嘆きの目禍手衆メガテス』の締め付けは揺るがない!


「フモオオオオオオオオオオ……!!!」


 低く尾を引くような唸り声が木霊すると、修復した箇所にみるみるうちにヒビが入っていく!


「このままではイタチごっこ! ロコア様、わたくしも防護シールド修復を致します!」

「ダメよ! ウズハさんは、『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』を早く!」

「し、しかし……!」

「フヒャーハハハハハッ、ハヒィッ!!! 堕ちろ落ちろ墜ちろ堕ちろ!!! 雨巫女もろとも我が手に堕ちるのだああああぁぁぁぁっ!!!!」


 狂喜に満ちたサウドの甲高い声が響いてくる。


「くっそおおおおっ! 離せえええええええっっ!!」


 横倒しにされそうな感覚を振り払うかのように、晴矢はバサバサと翼を羽ばたかせ、グイグイと身を捻る。


 すると、視界一杯に蠢いていた無数の紫色の目が、一斉に晴矢へと視線を向けた!


「うおっ!? お、俺を見てるっ!?」


 その瞬間、晴矢の脳裏に、紫色の光輪のようなものが、ホワホワと浮いては消えて浮いては消えてを繰り返し始める!


「あ……あぐっ! め、目があああ! 目が、回るっ!! おごうえウえええっ!!」

「いけない! 晴矢くんに幻惑魔法が……! ウズハさん、この手を振り払うには『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』しかないわ! 目標高度には遠いけど、今はこの禍々しい巨大な手を振り払わないと!!」

「……で、ですが!」


 雨巫女ウズハが眉を潜めて、胸の前でキュッと両手を握る。


「戸惑っている時じゃないわ! 今こそ、雨巫女の力を示す時よ!」


 ロコアが強い口調で訴えかけたその時だった!


「後方に混沌反応! とても大きいなのです!」


 悲鳴のようなマヨリンの声!


 目眩でくらくらする晴矢が振り向くと、防衛ラインのその向こうに、5つの黒い大きな影が浮かび上がっていた!

 しかもその頭上には大きな黒い靄が渦巻いて、大きく開いた口の中にはドス黒い泡が顔を覗かせている!


「あれは、ゴーレムのメガグラヴィティボム!? 皇都防衛ラインごと、天空城を吹き飛ばす気だわ!!」

「そ、そんな! では『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』を発動しても……?」

「あれを撃たれたら────皇都おうともろとも、消し飛ぶわ……」


 ロコアの言葉に、天空城に乗り込んだすべての人々が凍りついた────。




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